〇カッチェラの独白
今日は、シャーはまだ来ていない。酒場では、すでにいつもの面々が集まり始めていた。
「いらっしゃい。カッチェラ。何か飲む?」
そういって声をかけてきたのは、この酒場の看板娘でもあるリーフィだ。看板といっても、彼女の場合、見目がきれいなのと、この酒場の女の子の精神的支柱であるから、ということが主な理由といってもいい。意外に肝がすわっているところがあるらしいのだ。
だが、綺麗な顔はともあれ、リーフィには顔に浮かぶ愛嬌というものがほとんどないから、仲間内では、他の子のほうが人気だったりすることも多い。
「ああ、それじゃ、葡萄酒でも」
カッチェラはそんなことを思いながら、そうリーフィに答えた。
酒場は徐々に夜の空気が流れ込む。もう少ししたら、酒の匂いに引き寄せられて、シャーがふらりと舞い込むだろう。そういう時間だ。
「リーフィさあ」
カッチェラは、いつのまにやらぶどう酒をくんできて、彼に渡そうとしていたリーフィに訊いた。
「なあに?」
「リーフィ、最近兄貴と仲いいよな」
カッチェラにいわれて、リーフィは軽く首をかしげる。
「そういわれるとそうかもしれないわね」
「そういわれるとって……」
相変わらず冷たい表情しかしないリーフィである。顔は美人だが、愛嬌というのがほとんどないので、リーフィは勿体ないことをしている気もする。これで、愛想がよかったら、間違いなく高級妓楼で働いていてもおかしくないのだが。
しかし、リーフィは、どうやら文字が読めるらしいし、それなりに学があるらしいので、もしかしたらそういうところの出身なのかもしれない。この時代、学のある女性というのは、大まかに上流階級の一部か、それか芸事にまつわる女性ぐらいしかいないものだ。
ともあれ、そういう美人のリーフィなのだが、顔立ちのわりには、妙に色気に欠けるところがあるので、対するほうも、ちょっとぎこちなくなってしまうことが多い。
のだが、最近シャーときたら、妙に自然とリーフィと会話しているので、カッチェラは常々変だなと思っていたのである。
おまけに、シャーは、普段は、金がないときは、舎弟たちのいそうなところを回るのが普通なのに、最近は、妙にリーフィのいる酒場の周辺をうろつくのだ。結構な頻度で彼女の酒場には顔を出しているような気もする。
「いや、兄貴が、リーフィのところに行きたがるのもあるけどさあ。最近、ちょっと仲いいよなあとおもって」
リーフィは、軽く小首をかしげた。人形的に無表情な彼女の感情を読むのは難しい。こちらを瞬きもせずにじっと見る彼女と向き合っていると、なんとなく心を見透かされたような感じがして、どきりとすることもあるほどだ。もっとも、当のリーフィは、あまりそういうつもりでもないらしいが。
「こういっちゃあなんだけど。リーフィ、兄貴のこと、嫌がってないよな?」
「どうして、シャーのことを嫌がるの?」
「どうしてって……、ほかの子は、結構嫌がってるのもあるぜ。仕方がないとかいって付き合ってくれてるのもいるけどさあ」
カッチェラは肩をすくめた。
「あの人あんなんだし、ちょっとうっとうしいしさ。リーフィも、兄貴のこと、最初嫌いだったろ」
リーフィは、小首をかしげた。
「そうね。最初は、私も、少し不気味な人かしらとは思ったけれど」
「へえ、不気味っていう風にとるんだ。女の子は」
カッチェラにいわれて、リーフィは軽く苦笑した。
「さあ、他の子は、どうかしら。なんとなく、不気味な感じがしたのよ、最初はね。でも、最近はなれてしまったし、私もそれなりにシャーのことがわかってきたから、そんなこともないんだけれどね」
「へえ」
カッチェラは、どこかひとごとのようにいいながらも、少々気にかかるらしい。興味深そうに彼女を見ていた。
「なあ、リーフィ」
カッチェラは、ふと、目を細めた。
「正直、兄貴のこと、どう思ってるんだ?」
そうね、と、リーフィはあごに手をあてた。
「いってみれば、とても信用できる仲間とか。相棒とか親友に近いのかも」
「ええっ! マジなのかよ!」
カッチェラは、意外そうな声を上げた。
「あら、いけない?」
「いや、兄貴を信用できる、と評価した人を見たのは初めてだから」
カッチェラはため息をついた。
「ま、まあ、いいや。ともあれ、俺たちが面倒みきれないとき、兄貴をよろしく」
「面倒みきれないって、まあ。大丈夫よ、シャーもきっとそれなりに考えてくれていると思うわ。あの人、結構気を遣ってるときもあるみたいなのよ」
「……そうかねえ。ちょっと信じられねえけどな」
果たして、リーフィの目は節穴なのかどうなのか。カッチェラは、もしかしたら、リーフィという娘は、見かけによらずかなり変な女の子なのかもしれないと考え出した。
と、入り口のほうでばたんと大きな音が鳴り、ちょっと高い声が響き渡った。
「リーフィちゃん~」
「あら、シャー。いらっしゃい」
見なくてもシャーだということはわかる。カッチェラや仲間たちは、半ば無視していたが、シャーのほうは、そんな彼らに目もくれず、リーフィのほうにふらふらと近寄った。
「きいてきいて。いや、今日、悲惨な目にあったんだよお」
例のごとくといえば例のごとくなのだが、相変わらずなシャーだが、リーフィは、ほんの少し眉をひそめてみたりして、少し気の毒そうな顔になる。
「まあ、大変ね。シャー。とりあえず、このお茶でも飲んで気分を変えてみてね」
「リーフィちゃんは、優しいよね~。ほら、お前らも見習って、オレになにか貢ぎなさい。ちなみに、オレは今日も一銭ももってないからな~っ!」
とたん、非難の声が仲間からあがるが、シャーときたら、リーフィにお茶を入れてもらって、それを飲みながら知らん顔だ。
カッチェラは、その様子を見ながらため息をついた。
「なんかしらねえけど、結構気が合ってるんじゃないか、あの二人」
恋人という風には到底見えないが、ともあれ、シャーの相手を一手に引き受けるのも疲れるし、リーフィと一対一で付き合うのもちょっと苦手なので、二人が楽しく話してくれているなら、彼としてもほっとするからいいかもしれない。