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八章 生存の地

     一



 革靴の踵の音が、回廊に鳴り響いた。誰か駆けて来る。後ろ。殺気。咄嗟に振り返り、魔剣を振った。

 剣の重なり合う音。回廊内に反響した。

 顎に何かが当たった。後ろに倒れたが、すぐに起き上がった。その時に、蹴られていたのだと分かった。


「リューク!追い詰めたわよ!」


 明霞だった。藍紫色の髪を振り乱し、細い刺突用の剣を手に持っている。

 約二年ぶりだった。彼女の容姿を見る限り、美貌に曇りなどなく、鮮やかに思えた。変わったのは追跡して来た為、肌が日に焼けていた。

 最悪の再会だった。

 体力は、逃げるだけしか残ってない。しかも、左腕は全く使い物ならず、右手に握られた魔剣など防戦に使うだけでも厳しいだろう。

 だが、この場で魔導が使えない事が幸運だった。左腕が使えない状態でも、相手が魔導師ならば片腕だけでも逃走できる可能性があったからだ。


「魔導が使えないからって、弟と同じだと思わないことね。それに、私はあなたを過小評価しないわ」


 明霞は、剣術や武術も学んだのか、魔導師特有の隙は消えていた。


「弟を殺した罪。償って貰うわ」


 鋭い突きだった。かわすのが精一杯で、反撃の余力は無い。突きが、三連続で来る。

明霞は細い剣を巧みに操り、リュークの左腕が使えないのを最大限に活用していた。

 左からの鋭い蹴り。リュークの頬に入り、床に倒された。


「悪あがきは止しなさい!」


 相手が倒れても、剣を向けている。美しい髪を掻き揚げ、リュークの突飛な行動を警戒して、慎重ににじり寄る。

 明霞は、骨身に沁みて分かっているのだ。リュークの怖さを。剣に、殺気が満ちた。全集中力をリュークに向けている。虚など衝かせる隙は無い。

 明霞は、剣を振り被り叫んだ。

 死を覚悟した時、明霞が床に崩れ落ちた。

 躰の半身を赤く染めたエクバールが立っていた。

 多量の出血をしながらも、エクバールは完全に気配を消していた。明霞の背後から、剣の柄で一撃をくらわせたのだ。

 既に顔は蒼白で、生気は消えかけている。血で染まった場所は、今も見る間に増えている。

 それでも、顔は飄々としている。


「僕との勝負を汚す者は、誰であっても許さないよ。彼は、勝者だ。この城から出る権利がある」


 顔面を蒼白にしながら、消えそうな声で言った。そして、リュークに向き直った。


「さあ、行くんだ…僕を倒した君が、弱い者の手にかかるのは、我慢できそうにない」


 剣を杖にしていたが右足が折れ、膝を着いた。それから、回廊の壁にゆっくりと寄り掛かる。

 リュークも満身創痍だったが、立ち上がった。足元には、明霞の端正な顔があった。


「礼を言う」

「君には、もう興味は無い。早く消えろ…」


 エクバールの座っている床は、血溜りが出来ていた。

 西塔に向って走り出した。その振動で、左腕は不規則に揺れている。痛みは、感じない。だが、腕は内出血で青紫に変色して腫れていた。

 通路を駆ける。

 西塔内部に入った。空気が淀んでいる。城兵が倒れていた。近づいて見ると、顔を正面から突ら抜かれて死んでいた。

 右手に魔剣を持ち、先を進んだ。城兵の死体が、所々に転がっている。

 塔全体に、生者の気配がしない。笑いが込み上げる。


「あいつ、邪魔になる西塔の守備兵を、総て殺していたのか…」


 そこまで闘いを望んでいたと思われれば、笑わずにはいられなかった。

 勝った後は、この大量殺戮は俺がやったことになり、その結果、仕留めたエクバールにはさらなる名声が得られる、という算段だったのだろう。

 だが、エクバールを殺したのは俺だが、この罪も自動的に背負わされるしかなかった。

 どのみち国王を殺した以上、微々たる罪の加算ではあるのだが…。

 そう思っているうちに、西塔の最西端に着いた。窓の下は、水掘がある。ここから水面までの距離は、約七キラテ(メートル)はありそうだ。

 時間は無い。既に半刻(一〇分)は過ぎている。迷う時間すらなかった。

 窓辺に足を掛け、飛び出した。左腕の負担を考え、頭から飛び込む。

 水堀に水柱が上がる。水音が周囲に広がった。

 すぐに、対岸の堀に用意していた縄梯子に登る。西塔城壁の貴族の邸宅の付近に、準備していた馬を確認した。

 西側の居住区を与えられる貴族は地位が低い。低い故に、劣等感と強く出れない弱みがある。だが、貴族には変わりなく、役人から無下に扱われることも無い。

 役人は、貴族所有かもしれない馬をどうすることも出来ない。下級貴族は、上流貴族・上級役人の馬であれば、処分、移動させたりすれば睨まれかねなかった。

 二刻程(四〇分)繋いでおいたが、馬はそこにあった。すぐさま跨り、馬の腹を蹴った。馬は、棹立ちになると全力で駆け出した。

 多くの城兵の姿が見えた。城兵は、城外に追跡、探索の手を広げていた。

 十字路を横切った。


「いたぞ!」


 声が上がった。

 城兵に見つかった。西に向って駆けた。その後ろに馬の足音。振り返った。槍を手にしていた兵が駆けてきた。後ろに三騎。どうやら、三騎一組で動いているようだ。全力で馬を駆けさせるが、引き離せない。

 右から新手、左からも新手が加わる。次々と騎兵が集まり、後方には二〇騎ほどを随えるような格好になっていた。

 騎兵の武器は、槍、弓など様々で、統一性に欠けていた。

 この深手では、戦闘など出来る訳も無い。ただただ、逃げの一手に専念する。右手で、巧みに馬を操り、城下を駆け巡る。

 時は、正午近い。市場に向った。

 駆ける。その振動は、腕の傷に伝わり躰の芯にまで響く。通路に人通りが増えてきた。

 次の角を、左に曲がった。西の市場の主要通路の端に入った。

 市場の大通りの幅は二〇キラテ(メートル)、その道の両端に様々な店が並んでいる。

 昼時であったが、大通りは予想以上の人々で賑っていた。だが、時間帯にも恵まれ、馬が一頭駆けるほどの空間は十分にあった。

 リュークは駆けながら、その場にいる民に有らん限りの声で叫ぶ。


「聞け!皆の者!剣が返った祝いに、陛下からの贈り物だ!!」


 右手で金貨の袋を掴み、口で紐を解く。袋を高く掲げると、それに民の視線が注がれた。


「受け取れ!」


 馬が疾駆する速度を緩めることはない。肩、腕、手に力の波が伝わる。金貨二〇〇枚を空高くバラ撒いた。

 多数の金貨が、陽の光を浴びて黄金の虹を作る。金貨同士が空中で当たり、心地よい金属音を響かせる。その魅惑的な輝きと音は、人々の欲を掻き立てた。

 リュークが駆け抜けた道に、続々と金貨が降り注ぐ。

 その場に出くわした貧しい民は、欲に駆られ、我れ先にと金貨に群がる。

 地にはいつくばり掻き集める者、それを奪う者、人々を押し倒し分け入る者が続々と集まる。

 その光景は、リュークの後に厚い壁が出来るようであった。

 追撃してくる騎馬隊は、一頭の例外もなく民の壁に阻まれた。

 それは、後方を確認するまでもなく、数々の人の悲鳴と馬の嘶きが証明している。

 市場は、狂乱と混乱に場が支配されていた。

 少しだけ、馬の速さを緩めて、城郭の西門に向かって駆けた。



 市場を抜けると、街は静かだった。人の姿も無く、城内での騒ぎなど起こっていないように思えた。

だが、騒ぎの張本人である。隣国に入るまで気は抜けない。

正面に、王都城郭の入り口が見えてきた。城郭の西門は開いていた。まだ、騒ぎは伝わって来ていないらしい。

 門には、形ばかりの兵士が一名立っていた。老兵だ。

 駆け出した。馬の揺れが、今の躰には辛い。だが、実質最後の関門だろう。王都の外に出れば、如何様にでも動ける。

 駆けた。老兵は、両手を広げ止まるように指示を出す。馬に速さを増すように伝えた。馬、少しだけ前傾姿勢になった。

 幅のある門だが、老兵へ向って駆けている。蹴散らす、そう思った時、老兵の右手上を飛び越えていた。

 城壁という境を過ぎると世界が変わった。平原が広がっている。大気が生きている。道が南と西に分かれている。


「ハッ」


 西に向って駆け出した。

 時期に、大規模の追撃部隊を差し向けるだろう。捕まれば、総ての終わりだ。

 その前に、是が非でも隣国に入らねばならない。

 緊張の糸が切れた訳ではなかったが、折れた左腕は全身に響くような激痛を送ってくる。

 王都から四ルヒテ(キロ)西の林に、替えの馬と荷物が用意してある。その中に、医薬品も用意していた。まずは、応急手当てが先だ、などと考えていた。そこに辿り着けば、何とか逃げ切れる。

 隣国国境までは、約七〇ルヒテ(キロ)。そう遠くはない。

 西の林が見えた。

 リュークは、右手で腰の小袋に触れ、胸を触った。


「こんな、割に合わないことになるとは思わなかったな…」


 タムクの眠る墓の方向を見た。

 手に残った物は、宝石数種に魔剣。そして、胸で破けた袋の中に二.三枚の金貨が残っていた。宝石は、折れた左腕の治療とその為の潜伏場所で消えるだろう。

 リュークは馬を乗り換えると、次の国に向かい馬首を翻した。



     二



 燐は、目の前の光景が信じられなかった。

 その光景は、燐にとって現実感が著しく欠落しているものであり。その物を見ても、夢のように思える。

 室内に横たわっているのだ。エクバールの死体が…。

 六人の兵士たちが家まで運んで来て、指揮官のような方が説明をしてくれた。

 良くは覚えていないが、国王陛下を暗殺した刺客が、エクバール様を殺したのだと。

 その説明も現実感が湧かなかった。

 あの『強さ』そのもののような人が、敗北の上の死など想像すら出来ない。

 だが、目の前に横たわっているのは、まごうことなきエクバール本人であった。

 首の傷が致命傷なのだろう。純白な衣装は、濃淡あれど血に染まっている。

 凛々しい顔。逞しい胸。優しい指。それらに愛おしく触れるが、すべてが悲しいほどに冷たかった。

 エクバールの死体を前にした燐は、ただ見つめるしか出来なかった。

 長い間、二人の沈黙の時が流れた。

 燐が呟く。


「エクバール様。なぜ約束を破られたのですか?」


 エクバールは、何も答えない。

 燐は、冷たくなったエクバールの頬を指で優しく撫でる。


「今夜、私を抱いてくださると約束したじゃないですか…」


 エクバールの胸に顔を着けた。燐の横顔に血が付き、頬に触れた時と変わらず、冷たさが伝わる。心音も無く、生前の様に弾力も無い。


「エクバール様…」


 燐は、エクバールを揺さぶっても、何をしても起き上がることは無かった。


「私が悪かったのかも知れない…」


 燐は、これまでの事を振り返っていた。

 エクバール様は、私の為に戦っていた。私を賭けていたのも、その為だったのではないかと帰着した。

 私が、傍に居なかった為に…。私が…。

 エクバールが聞けば、鼻で笑っているだろうが、燐の精神を安定させるには、自身に罪の意識を背負うことしか思い浮かばなかった。

 燐は、エクバールに抱きついた。


「エクバール様。私は、沢山の幸せを頂きました。ですが、私は何一つ好意に報いていません。そのことが罪で、エクバール様の死が罰であるなら、エクバール様を殺した者に仇を討つのが使命でしょう。そして、敵を討った暁には、エクバール様と同じ墓に入りたく思います」


 燐は、エクバールの手をそっと取った。


「結婚は出来ませんでした。ですが、エクバール様に出会えたことが幸運でした」


 燐は、最後の口づけをして、埋葬の準備に取り掛かった。

 翌日、屋敷に副官を始めとする配下の者が数名集まり、簡単な葬儀を行った。配下の者が、屋敷が閑散としていることを不思議に思い、燐に訊ねた。

 燐は仇討ちを打ち明けると、配下たちは驚いた。

 燐は、一日で全財産を清算して、旅立つ準備をしていたのだ。そして、配下の十名が供として同行したい、と言った時は驚いた。

 エクバールは、配下の者と親密に接していた様子など微塵も無かったのだ。だが、この十名は意気込みが違っていた。

 燐は、エクバール様を思っている者は、自分だけではないと知れたことに幸せを感じた。

 皆で、エクバールを埋葬し、墓標の前で誓う。


「リュークの首を、墓前へ」


 エクバールの蓄えた金額は、十名が心配することなく旅が出来るほどだ。この事も、燐はエクバール様の遺志だと信じていた。


(リューク…)


 エクバール様を殺した男の名。魔導師で一流の暗殺者。その男の名を心に刻み付けている。


「燐様」


 副官が呼んだ。

 燐は、様を付けられたことに驚いた。その表情を読まれ、配下たちは言った。


「エクバール様の敵討ちの旗手は、燐様です。ですから私たち十人は、これから燐様を主と致します」


 燐は、予想外のことにうろたえた。

 いつも社会の底辺にいたのだ。それが十名の屈強な兵士の主になれという。とても考えられなかった。

 しかし、天命と思い頷いた。これからエクバール様の遺志で動くことになる。リュークという男の首は、無くなったエクバール様が取らせてくれる。そう思っている。

 試練も苦労も苦渋も、目的の為に必要なのだろう、と考えることにした。


「わかりました。至らないことがあれば、言ってください」


 それから燐は、皆に礼を言った。

 十人は、主を守るように歩き出した。部下の一人が、追手の情報を得ていた。女魔導師は、西に向かうと言っていたらしい。その罪人も西に向かっているのだろう。

 目指すは西の国である。

 燐は、心中でエクバールに、ひと時の別れを告げていた。



     三



 静まり返った室内。蔡伯鈞は、手紙に目を通していた。

 蔡伯鈞の瞳に怒りの炎が燈り、手が震え始めた。

 大きな木製の机に、手紙を掌と共に叩きつけ、怒りをぶちまけた。

 従者が部屋に蒼白な顔で駆け込んできた。

 蔡伯鈞は、従者に伝える。


「八杖慧の()紫安(しあん)を呼べ」

「はっ」


 従者は一礼し、急ぎ退室すると、半刻(五分)後には費紫安が現れた。


「院長。何用でございましょうか」


 費紫安は、高級な気品を辺りに振り撒き現れた。跪き、礼を尽くす。


「そなたにやって貰いたい任務がある」

「何でございましょう?」

「明霞から、報告が入った」


 費紫安は気品を一片も損なうことなく、院長を見ている。


「リュークに逃げられたそうだ」

「ほう、御息女でも、手に余りますかぁ…」

「いや、送った手の者が、勝手に暴走したそうだ」

「それはそれは、御気の毒です」

「手紙には、こう書いてある。送るなら、もう少しマシな奴を送れと」

「それで、私は、その者たちよりは、マシな奴なのですか?」

「そう皮肉を言うな。文句を言えぬほどに、優秀な者を送ろうと思っただけだ」

「なるほど」


 費紫安は納得したようだ。


「そなたを含め、五名を送る。人選は、一任しよう。至急、明霞と合流しリュークの首を刎ねよ」

「了解致しました。一つ、お尋ねしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「指揮権は、御息女に?それとも、この費紫安に?」

「娘の指揮では不満か?」


 院長の目に不快の色が宿った。


「そうではありません。ですが、御息女は標的とは親密でした。それに、お優しゅうございます。非常に効率的な策など、お好きではないかと…」

「そうか。では、全権を与えよう。明霞に情報を貰うといい」

「では、喜んでお引き受け致します」


 費紫安は、貴族のような振る舞いで去っていった。

 蔡伯鈞は、指で目頭を押さえ考えていた。

 あの男には、費紫安のような男が良いのかも知れぬ。

 八杖慧、第五位の費紫安は、目的を達成するためなら、どんなことでもする男だった。身なりは綺麗で、品があり、表面的には非の打ち所が無い。だが、この男の内面は非の塊でもあった。非凡ではあるが、非情であり、非人道的であった。

 親が平民の為、貴族階級のように振舞い、自身は貴族になるものだと思い込んでいる。その為に、この学院に入り結果を出し、実績をもって上流階級の仲間入りをする気でいるようだ。

 上流階級とは、そのような甘い場所ではない、と知らないところからして平民なのだが、それは教えてやる必要も無いのだ。

 蔡伯鈞は、費紫安の過去の実績を見て呟く。


「これならば問題は無いだろう」


 院長は、亡き息子への思いで満たされていた。



 明霞は、王都を背に歩いていた。

 リュークが王城から逃走した二日後のことだ。

 南方特有の強い光を避けるために、外衣を頭から掛け躰を隠していた。美しい外見を隠すことで、虫刺されによる感染症予防と余計な足止めを避ける気なのだろう。

 王城内回廊での事を思い返していた。今思い返すだけでも、悔しさが込み上げてくる。

あの剣士、エクバールさえいなければ討ち果たしていた。

 なぜあの時、リュークだけにしか注意を払わなかったのか…。あの男を味方だと思ったことなど、一瞬たりとも無い。

 あの男は、リュークに負けて死にそうだった。だが、死体ではない。既に、戦闘力は無く、死も避けられない状況だった。

 だが、生きていたなら、わずかでも警戒はするべきだった。リュークが門を崩したとき、甘さ、優しさは全て消し去ったはずだった。だが、自分には、未だ甘さが残っていた。それを突きつけられる。

 リュークを殺すためには、決定的に精神力と思考力が足りていない。リュークが逆の立場なら、あんな失態は晒さないはずだ。

 歯を噛み締め、眉間に皺を寄せて、右拳を握った。

 リュークが西へ向うことなど分かっている。同じ、失敗は繰り返さない。

 決意を新たにして、西への足どりを速めた。

 そのしなやかな背には、妖剣が担がれていた。

 リュークが、握っていたあの剣。異彩を放っていた。あの剣を手にしたリュークを思い浮かべると躰の芯が凍える。あのような剣を、猛者に持たせてはいけないのだ。

 あの剣の情報を集めると。すぐに、対をなすもう一つの剣があることを知った。

 王城の宝物庫にあるのだが、盗み出すのは簡単だった。

 国は、王の死で混乱し、暗殺者を逃がした失態を晒し、臣下の勢力争いに、有力者の権力争いが起こっていた。

 妖剣どころではなったのだ。

 宝物庫に入ると、その剣はあった。蒼冷な美しい剣であり、水中に沈むような怜悧な魅力があった。手に触れた。噂では、妖しく精神を蝕むということだったが、なんとも無かった。

 妖剣は、何かに共鳴するように明霞の精神に響いてきた。

 魔剣を呼んでいるのだろうか…。

 駆け出したく衝動に駆られていた。

 父には手紙を出している。遅くとも二ヶ月後には、人員が到着するだろう。それまでに、次の国で足止めをしておかなければならない。

 リュークの左腕は折れている。そう遠くへは行けないはずだ。あれだけの負傷ならば、左腕はもう使えないだろう。傷が悪化すれば、切断している可能性もある。

 たとえ四肢を断絶していようと、もうリュークに対しては油断はしない。

 外衣に並々ならぬ気迫を閉じ込め、西に向って歩いていく。



 それぞれの思い描く未来に、二本の剣が加わる。

 人は世界を動き、時は無限に積み重なってゆく。




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