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弐章 経緯の地

     一


 遡ること、三年前の話だ。ある日、狩人が王に献上品を納めに上がった。

 石造りの謁見の間で、王は椅子に座っていた。

 ラック・ディン王は、小心な男として有名だった。四〇代を過ぎた王は、小太りの体形に弛んだ顔の肉。極端から極端へ走る性格は、王の資質を欠いていた。なにより、小心さを隠す為に尊大な態度をとっているのだ。

 ある日。そんな王の前に、みすぼらしい風体の男が片膝を立てていた。両手ですくう様に持っている赤褐色の珠。魅了されるほどに、怪しく輝いていた。


「ラック・ディン陛下。こちらを献上したく存じます」


 二〇サラテ(センチ)程の大きさの珠を差し出した。


「それは何だ?説明せよ」


 王の脇に立つ、痩せ細ったチャン・ゾアン宰相が聞いた。

 狩人は、自慢気に答える。


有翼獅子(ケーニヒス)の珠でございます」


 チャン・ゾアン宰相が、感心したように一声あげると口を挟む。


「陛下。北にある岩高崖の地には、有翼獅子ケーニヒスがいると聞いたことがございます」


 宰相の説明に、狩人が割ってはいる。


「その通りでございます。私は、その岩高崖に鹿を追い入ったところ、有翼獅子(ケーニヒス)と遭遇致しました。襲い来る有翼獅子ケーニヒスに、矢の雨を浴びせました。しかし、有翼獅子は巧みにかわします。矢数も尽き、残りの一矢を渾身の力で放ちました。渾身の力で放った矢は、稲妻のように空を駆け抜け、有翼獅子の額に刺さり、絶命させたのでございます」


 王も宰相も、感嘆の声を上げた。


「そして、獣の腹が異様に膨れておりましたので、気になり腹を裂いてみますと、この赤褐色の珠が出てきたのでございます」


 狩人の手にあるケーニヒスの珠は、一同を魅了する輝きを放っていた。

 王は黙して受け取った。

 換わりに宰相から、金貨一〇〇枚入りの小袋が与えられたのだった。

 王の手の中で、珠は怪しい輝きを放っていた。王は、それを手にした瞬間、目つきが変化した。息が激しくなり、言動が粗野になった。


 その日の夜、王妃に変調が起こり始めた。王妃の腹が膨れだしたのだ。

 王妃の白く細い体躯では、変調ははっきりと分かる。

 皆、始めは懐妊と思ったが、それを上回る早さで子宮が膨れあがっているのだ。

 なによりここ数ヶ月、王妃に夜伽を命じて無い。その王妃の体の変調は、医術師に見せても原因は分からなかった。

 王太后は、王と宰相が話している場に現れた。


「妃は、魔物に憑かれています」


 信心深く、占い、呪まじないの類に憑かれている王太后の発言に、チャン・ゾアン宰相は辟易している。強欲な王だけですら持て余しているのだ。その上に、王太后は呪術の吉凶で、隣国への対外方針から軍事行動まで決めてしまう。普段から、発言が感情的で直情的な上に、知や理を軽んじ、呪術、占術にばかり耽っていた。

 占いに関しては、狂信的であったのだ。

 しかし、チャン・ゾアンはそれでも両者を巧みに操っていた。両者を嗜め、必要とあれば、呪いにイカサマをして、少しでも良い方向に向わせてきたのだ。

 王太后が前に出る。


「王、あれは不吉な現象です。すぐさま死を命じなさい」


 異常な興奮状態で、死を口にする王太后を宰相は宥める。


「王太后様。まずは、王妃をお救いする手立てを講じねばなりませぬ。それが我ら臣下の努めでございます」


 冷静な口調は、王太后を幾分落ち着かせたようだ。王も、その意を受け入れた。



 翌日、王太后の召出しで、見るからに怪しい男が現れた。男の名は、ラムアン。骨と皮しかないような体をしている。外見から判断すると、五〇を過ぎた風貌だが、実年齢は三〇代半ばだと知らされた。

 呪術・魔導研究士と名乗るその男は、知的さよりも如何わしさを強く感じさせる。

 皺の多い顔が動き、声を発した。


「陛下、魔学士のわたくしめの知識を、どうぞお役立てください」


 その発言と振る舞いが、ひどく芝居がかっていて王太后以外の者に不快感を与えた。

 王妃の寝室に、ラムアンが入る。通常、王家お抱え医師以外は入れぬが、王太后の命では王といえども、止められなかった。

 王妃の腹は膨れ始めてまだ一ヶ月だと云うのに、まるで妊娠七ヶ月目のように膨れていた。

 王妃は、王を見つめていた。


「陛下。来てくださったのですね」


 王妃の言葉には、王を慕う思いが滲み出ている。それ以上に、表情は嬉々としていた。

 王妃の腹は、急激な膨張で太い妊娠線が無数に出来ていた。

 ラック・ディン王は、そんな妃に声を掛けることはない。


「ラムアンとやら、何が原因なのだ?」


 ラムアンは、王妃を全裸にした。眼、首、乳房、腹、女陰から膣の内部、肛門に至るまで隅々を見て、触診もした。

 王妃にとっては、不快の極みにあったが、陛下の『助けたい』という声に、嫌々納得したのだった。

 王妃の診察が終わると、王と王太后に向き直った。そして、視線を扉に移して移動を促した。

 王太后は、この場では話せない内容だと察すると、一同は王妃をその場に残し、部屋を移った。

 王太后は、腕を組んで尊大な態度で、どうなのかと言わんばかりであった。

 チャン・ゾアン宰相も室内に入ってくると、ラムアン魔学士は診察結果を話し始めた。


「原因は、いまは分かりませぬが、…これは呪いだと思われます…」

「呪いだと?」


 王の言葉だった。王太后は、やはりという顔をしている。


「呪いを解く方法は無いのか?」


 王は、安易な声色で口にした。その感じが、ラムアンの説明意欲を刺激してしまったようだ。


「呪いとは、簡単なモノではありませぬ。呪術とは大きく分けても、呪い、禁厭に分かれます。呪のろいにも多種にあります、呪のろいとは、『怨みある者に禍を負わせること、深くひたすらに念おもひつめてものする所為わざ』のことでございます。これは、念者を始末しない限り解決致しませぬ。もう一つは呪まじないで、『物もの実ざねを構へて、それにまじこり肖にせしめむと、のろいてする術』のことでございます。この場合は、物もの実ざね(呪物)を回収せねばなりませぬ」

「まじこり肖にせしめむとは?」


 王太后が尋ねた。


「まじこりの『まじ』とは『蠱』という意味で、毒虫百種を一器に閉じ込め、共食いさせ最後に残った一匹を、怨む相手に食べさせるのです。その場合は、体内の呪素を中和せねばなりませぬ。それも、この例えは代表的なものでございますので、別のモノかも知れませぬ…」

「では、王家の内部に協力者がいるかも知れぬのですか?」


 王太后の声だ。

 高尚に講じる低俗な呪い談義は、チャン・ゾアン宰相をうんざりさせていた。王の顔も同様の色を浮かべていた。


「して、どうすれば元に戻るのだ」

「今のところは、なんとも言えませぬ…」


 その対応は、誠意に欠けているように思われた。だが、王妃はなるべくなら助けたい。

 魔学士の嗤っている様な顔に、不快さを感じながらも、しばらく解決策を模索させる必要はあった。

 ラムアンは、王太后から大金を受け取り、王城を出て行った。

 王妃は、陛下の名を呼び続けている。その声に、王太后の険しい視線は、王妃の部屋の扉に向けられていた。


     二


 ラムアンといういかがわしい呪術師が登城して、既にひと月が経過していた。

 王妃の症状は、快癒するどころか悪化の一途を辿っていた。今では、膨れた腹は胎動し、脈打っている。下腹部の膨張は、妊婦の臨月の大きさを二周りは超えていた。

 腹が膨らみ始めてから二ヶ月後には、王妃はまるで蟻のような異様な体形になっていた。

 腹の皮は膨張の速さに耐え切れず、無数の大きな裂け目があり、その傷は盛り上がっていて、もはや人智の及ぶ事象だとは思えなかった。

 王太后はというと、信頼する呪術師の力を以ってしても、未だ不気味に膨れ上がる王妃の腹を不吉がった。そして、しきりに王国の危機だと騒ぎ立てているのだ。

 王太后は、肥大した体の肉を揺らして王の前に来る。


「陛下、決断なさい。あれは不吉な出来事です」


 王は、献上された赤褐色の珠を持ち、未だ飽くことなく眺めている。もはや王妃のことになど、興味どころか微量の記憶すらなくなっていた。

 気の無い王に、王太后はさらに続ける。


「ラムアンも、あれは良くない状態だと申しています。死を申し付けなさい」


 王太后は、しきりに王妃殺害を提案している。

 そして、王は煩わしそうに思いを巡らせた。

 王妃の子宮は、極限まで膨れ上がっていた。腹の皮膚は裂け、傷が治り、また裂ける。そうして傷跡がどんどん隆起していくのだ。

 既に、その姿は人ではないと思わせる程に変化していた。ある者は怯え、ある者はあの体内で、何を育っているのか気になった。当に、妊婦の腹の大きさを遥かに超えている。しかし、未だに膨れ上がっているのだ。

 妃の腹の膨れ同様。皆の感じる不気味さ、不安さも同様に増しているのだ。皆、そのことしか考えていない。

 煮えきらぬ王に、王太后が凄まじい剣幕で迫った。


「陛下。あれは善からぬモノが育っているのです。魔物に違いありません。今すぐ殺すのです」


 それはまるで、王太后こそ何かに取り憑かれたかのような形相だった。

 王妃の腹が膨れる。傷が裂ける。叫び苦しむ。そして、わずかな安息の日。その繰り返しだ。数日に一度は、大きく膨れ、強烈な痛みがあるのだろう。金切り声が、城内に響いている。

 王は、宰相に命じた。


「死を命じよ」


 王妃の苦しみを憂慮したわけではなかった。ラムアンも匙を投げ、医師も役には立たなかった。その末、王太后の意を汲み取り、許可を出したに過ぎなかった。

 翌日、王太后と宰相が協議し、毒薬による安楽死が決定した。すぐさまその日の飲み物に、王家に伝わる劇薬を混ぜて与えたのだ。

 毒殺には意味があった。

 万が一、子宮内で成長しているものが生物だった場合、首を刎ねると腹を破り出る恐れがあった。魔物ならば、それは危険と判断し、子宮内の生き物をも確実に仕留めるように過剰に劇薬を飲ませることにした。

 侍女が、笑顔で薬湯を運んできた。


「陛下が、諸侯に命じて治癒の薬草をお持ちくださいました」


 それを手に、王妃は涙を浮かべている。


「陛下よりの薬湯。ありがたい。ありがたい。これまで贈られた宝石は数々あった。だが、この薬湯よりも心に染み入る物は無い」


 そう云い、大粒の涙を流し感激した。

 侍女から、薬湯を手に取った。


「私のことを思って、この薬湯を…。わらわは、幸せものだ」


 王妃は、濃い緑黄色の薬湯に涙を零しながら、感極まっていた。

 数ヶ月前から、陛下は会いに来てくれなかった。陛下の心が、離れていくのが怖かった。捨てられることを恐れていた。しかし、杞憂だったと薬湯が語っている。

 緑黄色の薬湯に、また涙を二粒こぼし、一気に飲み干した。

 すぐに強烈な睡魔に襲われる。そして、痙攣が始まり半刻(一〇分)後には、死に至った。

 王妃の肌の色は、紫色に変色していた。腹部の胎動は、止まっている。

 侍従医が死亡を確認すると、王太后、宰相などが居室に入ってきた。

 室内の中央に、王妃の全裸死体が置かれている。毒物と体液の異臭が漂い始めている。

 王妃の死に、王太后は安堵感を表している。


「腹を裂きなさい」


 強く命じた。その言葉に医師たちが膨れ上がった下腹部に刃物を当てた。突き刺す。切り裂く。大量の血液と濃黄色の液体が溢れ出た。

 悪臭。臭いは、鼻から脳を貫いた。

 医師が、腹に両手を突っ込んだ。皆、息を呑み注視している。

 王妃は何を育んでいたのか、それは誰もが気になったことだった。

 医師が何かを掴んだ。ゆっくり引き抜いた。珠。両手には、直径三〇サラテ(センチ)の蒼銀色の珠があった。

 血液と体液にまみれた珠は、妖しい輝きを放っていた。



 王は、奥の居室にいた。華美な椅子に腰掛け、有翼獅子から出た珠に魅惑されていた。四六時中手に持ち、飽くことなく眺めている。

 そこに妃の子宮から取り出された物が届けられた。

 王が、興味なさそうに目をやった。蒼銀色の珠が厚く柔らかな布上に置かれていた。


「それは?」


 ラック・ディン王は、蒼銀色の珠に釘付けにされた。


「妃の胎内より、取り出された物でございます」


 王は、蒼銀の珠の美しさに魅了されていた。


「美しい」


 感歎を含んだ感想を口にした。

 獣の珠は、赤褐色に見事な球形だが荒々しく輝いている。まるで、生に執着するような強い意思のようなものを放っている。しかし、妃の珠はそれとは違っていた。静かな輝きだった。まるで意識を吸い取るような穏やかな輝きだ。

 王は、その美しさにも魅了された。

 何気なく、手にしている赤褐色の珠を横に並べた。両珠は、共鳴しているような高低音が脳に響いた。

 不思議な協和音に、ラック・ディンは臣下に視線を送ったが、臣下は無表情で直立不動のままであった。


「聞こえぬのか?」


 その問いの意味すら理解できていない様子から、それは、王自らの精神に直接響いているようだ。

 同じ環境下にありながら、二つの珠はまったく異なっていた。

 蒼銀珠は冷たく、周りの空気を張り詰める雰囲気だ。赤褐珠は温かく、波打つような鼓動の雰囲気を漂わせている。 


「素晴らしい。どのような宝石でも、これほどの光沢と幻想的な色はない」


 王は、両珠の不思議さと喩えられぬ魅力の虜となっていた。

 その後、この珠を調べるために、再びラムアンが呼び出された。

 数日後、報告が届く。研究の結果、この珠は石でも宝石でもなく、むしろ性質は金属に近い、と報告を受けた。

 そして、この珠は鉄よりも硬く、粘度もあり剣に向いている、と結論着けられていた。

 最後はこう締め括られていた。理由は定かではないが、珠によって属性が見受けられる。それは、まるで魔力が込められているような石である、と。

 以上のことから、『魔石』と呼ぶように致します、とあった。


「剣か…」


 国王ラック・ディンは、二つの珠を並べ見て、チャン・ゾアンを呼びつけた。

 チャン・ゾアン宰相は、深々と頭を下げている。


「王国一の鍛冶屋を呼べ」


 王は、この珠で剣を作ることを決めたのだった。

 両珠は、怪しい共鳴音を王の脳に響かせていた。


     三


 王妃の盛大な葬儀を終え、王都が普段の落ち着きを取り戻した頃。タムクは、母から言いつけられた使いを終えたところだった。

 太陽は、大地を容赦なく照り付けている。大地から、熱気が上がり、タムクの嫌気を増大させていた。

 暑さから逃れるように、急ぎ家に帰ると、玄関先には馬車が止まっている。その馬車に衛兵が乗り込んでいた。

 馬の鳴く声がすると、その馬車は走り出した。

 タムクは、訝しげに馬車を見送ると、慌てて家に駆け込んだ。

 居間に入る。両親が向かい合って座っている。机の上には、上質の木箱があり、それを見る両親の視線は暗かった。

 決して裕福とは言えない家庭だが、こんな消沈している日など一日も無かった。この家は、絶えず明るさが部屋の隅々にまで行き渡っている家なのだ。

 タムクは、幼心に強烈な不安に襲われた。

 いつも鉄のような意志を漲らせている父が、落ち着きが無い様に見えた。それだけでも、自分には異様な光景だ。

 父は、木箱を開けると巨大な玉を取り出した。紅玉ルビーと青玉サファイアのように思えた。しかし、知っている宝石よりも色彩が異なっている。宝石ではないのだろうが、他に例えることなど思い浮かばなかった。

 母親が、その珠を目にすると、不安を隠すことなく言葉にした。それは、王宮での出来事と、それに関する噂が民にまで聞こえてくるからなのだろう。

 王妃が奇病に罹ったとか、王の性格が急激に変わったとか、警備兵にすらその影響が出て、治安が悪化したなど。

 取り巻く状況から、その不安は父親には分かったようで、王城であった話を細かく口にし始めた。


「国王陛下に、この金属に似た珠で剣を作るよう命じられた。三ヶ月でだ…」

「大丈夫なの?危ない仕事ではないの?」

「大丈夫だ。いつも通りに剣を二振り作ればいい。問題はない」

「しかし、王妃様は亡くなり、陛下は変わられたと云うではありませぬか。わたくしは、心配でなりません…」


 タムクにも、母親の不安は伝播した。無骨で言葉の少ない父親にしては、自身の出来る限りの言葉を尽くしたが、母親を安心させるには十分とはいえなかった。


「どの道、王命であれば断ることなど出来るはずもない」


 父の口調は、これ以上は言うな、と言っていた。母も、王の申し付けを断れるとは思っていない。それでも、安心するための作業をしたかったのだ。

 父は、美し過ぎる珠を手に持ち仕事場に入っていった。

 幼い僕は、仕事場には入れなかったが、父の躰を見ると仕事の難しさはよく分かった。

 珠は想像以上に硬く、扱いが困難だった。現状では、三ヶ月後の期日には間に合わず、仕方なく、再度謁見を願い出ると、半年先まで期日延長を許された。

 いつも剣を作るとき、父は人格が変わる。厳格に、こだわりを貫く感じだったが、この時は普段と違って、何かに憑かれたようだった。

 たまに、やつれて出てくる父は、恐怖を浮かべていた。疲れきった表情で、家族に呟いた。


「あれは、危険だ。触れると囚われる。王の性格が変わられたのは、珠の所為かも知れぬ…」


 曖昧な表現であったが、父は確信している口ぶりだった。蒼銀の珠を持つと精神作用があり、魅入られる。赤褐の珠を持つと、殺意が無限に湧き出した。

 父が、か細い声で言ったことだ。

 珠を受け取って、五ヶ月が過ぎようとしていた。

 既に、二振りの剣が出来上がっていた。王妃の腹から出た蒼銀の珠から作られた剣は、冷麗な美しさを剣身に表している。淡く蒼白に輝く剣は、女性的な美しさで誰もが見惚れる程に惹きつけられる。手に取ると離したくなくなり、そして何故か他者を寄せ付けなくなり、剣の美しさに魅入られてしまう。

 一方、有翼獅子の赤褐色の珠から制作された剣は、禍々しさと怪しさを放っていた。赤褐色の色は、火入れをして鎚で打ち付けると黒紫色に変わり、名人が打った剣に恥じぬ秀逸な出来であった。その剣を手にすると、強烈な焦燥に似た不安からくる殺意に襲われる。それは何故なのかは、わからなかった。だが、試し斬りをすると、怖ろしい程の斬力を見せた。だが、その斬れ味に比例して、命が削れたように体力が奪われた。

 意識をしないで槌を振るい製作した。だが、二振りの剣は、まるで双剣のように強く共鳴している。その光景を前にして呟いた。


「まさに、聖剣と魔剣だな。否、妖剣と魔剣と云うところか…」


 二本の剣を持つと、どうなるか予測できない。試してみようという好奇心すら出ない程に剣の引力は、珠の時よりも強烈であった。

 この剣を、王に渡すべきが迷っていた。ここ数日、催促の使者の来る回数も増え、謁見しておく必要性はあるだろう。

 覚悟を決め、王へ蒼銀の妖剣だけを渡しに出向いた。

 王は、剣の出来を見ると終始上機嫌であった。褒美の金貨も多めに戴いた。


「もう片方の剣の出来も期待しておる。急いで完成させよ」

「御意」


 礼を尽くし、急ぎ家に帰ると家族を集めた。


「陛下の性格が変わられた原因が分かった」


 父の唐突な言葉に、母も僕も何がなんだか理解出来ていない。それでも、父の言葉が続く。


「預かった珠だ。あの珠が、王の心を乱していたのだ。剣にすると、さらに力が強くなっている。剣を渡して確信した」


 母親は、父親が早口で説明する様子に、何か嫌なモノを感じていた。


「すぐに家を捨て、他国に逃げるぞ」


 父は、二本の剣が同一の人物に有される事を危惧していたのだ。

 そういえば父は、この剣を手にすると、人を殺したくなる、と口にしていた。それも一人や二人ではなく殺戮と呼ばれるような行動を…。この剣を王が持てば、国内で殺戮が繰り広げられるか、他国に攻め込むかのどちらかだろう。

 父のその予測は、王に妖剣を収めた翌日に予言となり的中した。正しく、現実になっていた。

 王宮では、王は剣に魅入り、幻を見ているような言動をしていると噂になっていた。

 父は、もう迷わなかった。あの強烈な殺意を湧かせる剣を手に、隣国への亡命を計画した。

 数年前から父は、鍛冶屋として数ヶ国に名が響く名匠であった。その腕を欲しがり、他国から誘いを受けていた。これを機に乗ったのだ。

 しかしいまは、王家の警備という名の監視が付いている。そう易々とはいかない。

 だが、隣国の間諜が、手筈を整え誘い出してくれたのだ。一家は、最小限の荷物を持ち、家を捨てた。

 ただちに追手がかかった。王都警備兵、国王直轄軍が即座に動いたのだ。

 ただただ北東へ走った。隣国まで約三五〇ルヒテ(キロメートル)。夫婦だけなら逃げ切れたかもしれない。しかし、タムクは当時九歳。走破するには、到底無理な距離だった。それでも、昼は隠れ夜間の移動を繰り返していた。

 間諜の目的は、父親だけだったのだろう。だからこそ、子供には無理な計画を立てたのかしれない。今のタムクは、当時を振り返るとそう思えてならなかった。

 それでも逃亡十二日目には、国境付近の町にまでたどり着いた。

 家族三人と隣国の間諜は、疲労感に包まれていた。間者の予想を大きく上回る多数の追手を掛けられたのだ。間者は、焦っていた。よもや王の珠から剣を造り、それを盗み出していることなど知りようも無かった。

 翌日、一行は渓谷から国境を抜ける経路を進んでいた。

 国境を抜ける谷への入り口に立った時、王国兵に見つかった。

 兵数は、十人以上いたと思う。その中央に、純白の衣装をまとった茶髪の男が、落ち着き払って立っていた。

 その男へ、全意識が向いた。


「こっちだ」


 間諜の声だった。

 その声で、全力で逃げる。しかし、すぐに追い込まれる。

 護衛を兼ねた隣国の間諜が、携帯している細刀を抜き、立ち塞がった。襲い掛かる六名の兵卒。間諜は、予想以上に強かった。

 瞬時に、一人の首を刎ねると二人の腕を斬りつけ、戦闘能力を完全に奪った。その強さは、王国の兵を硬直させた。

 お互いに、動きが止まった。


「何を遊んでるんだい?」

「これは、エクバール様…」


 動かない兵を掻き分けるように、茶髪の男が現れた。

 エクバールと呼ばれる男は、目の前の惨状を確認すると手を叩いた。


「いや~。立派、立派。隣国の間諜は優秀だ」


 剣を鞘に入れたまま手に持つと、顔には笑みを浮かべた。


「私を斬れれば、逃げていいよ。否賢王の剣士として仕えて半年だ。何もやることが無くて暇だったんだ。さぁ、どこからでも掛かって来たまえ」


 緩い笑みを浮かべたエクバールは、戦闘体勢とは思えない体勢をとった。剣の鞘は着けたまま。構えなど無く、自然に立っているだけだ。

 護衛の間者が細刀で襲い掛かった。振り下ろす。会心の一撃に思えた。しかし、その素早い一撃は、空を斬っていた。 


「残念」


 エクバールは、数ルリテ(ミリ)を見計らったようにかわし、笑みを浮かべていた。

 間者は、一度距離を置くため離れた。


「おや?連撃だと思ったが。がっかりだな~」


 そう言うと、手にしている剣の鞘を抜いた。

 間者は正面から、威力は劣るがさらに速く斬りかかった。

 雄叫び。飛び込む間者。すれ違った。血飛沫が四散する。間者の頭が額から割れていた。


「つまらないな…」


 崩れ落ちる間者の遺骸に、一度も視線を向けることなく配下に指示を出す。


「あとは、君らに任せる。王からは、主だけは必ず捕らえよとの事だ」


 それだけ言うと、興味が失せた様に、その場を去った。



 一家は、追われていた。この森を抜ければ隣国の警戒網に入る。タムクも必死に走っていた。後方から、追手の声が聞こえる。母が木の根に躓き、地面に倒れた。


「あなた、先に行って」


 父は、咄嗟にそう云う母に駆け寄ると、タムクも戻ってきた。父は母を気遣うと、タムクに向かい叫ぶ。


「お前は、これを持って逃げろ。そして、これが権力者に渡らぬよう、海でも谷でも沼でもいいから捨てるんだ。いいな」


 不安そうに布に包まれた剣を投げるように渡される。何か言おうとする息子を、笑顔で遮り諭した。


「心配するな。父さんも、母さんとすぐに向かう。先に行ってるんだ」


 黒紫の剣をタムクに持たせ走らせた。父の指示通りに逃げ道を走る。一〇〇キラテ(メートル)進んだ所で、叫び声がした。それは、もっとも聞きたくない、父と母の捕らえられる喧騒であった。

 足が止まり、引き帰そうとした時、武装した男達の姿が見えた。

 『剣を捨てろ』その言葉が脳裏をよぎった。追手に見つかった少年は、棘で覆われた林の中へ潜り込んだ。そこは、棘の付いた蔓の森海だった。足元に、子供一人が通れる穴があり、棘に刺さらぬよう、絡められぬように這って進んで行く。

 追手も棘蔓の中に潜って行こうとしたが、体中に棘が食い込み追跡を諦めた。


     四


 少年は、焚き火の揺れる炎をじっと見つめていた。焼かれる枯れ木が、不定期に音を立てている。


「隣国には、行かなかった。両親が捕まり、母は見せしめに処刑された。そして父親は、拷問の末に獄死した。と風の便りで聞いた」

「なぜ隣国へ逃げなかった?」


 リュークが訊いた。


「両親が心配だった。なんとか助けたかった。その時は、それだけで精一杯だった」


 タムクは総てを話していない。だが、その行動を取ったことが、今まで延命出来たの理由だと感じた。隣国に行けば、元名匠の子といえども浮浪児であり、名剣を差し出したところで奪われて、放り出されるだろう。

 今となって、判断の正しさを証明したのかもしれない。それから、王城の近くの山に潜伏したのだろう。

 タムクは、揺れる炎を見つめている。その視線は、炎にではなく過去と自身の心に向いている。

 わずかな間、沈黙が時を支配した。

 揺れる炎を見つめながら、タムクが独り言を呟くように言う。


「王を殺す。仇を討ちたい」


 少年は、魔剣を抱える手に力を込めた。リュークに眼球だけを動かし、視線と送る。


「あんた手助けしてくれないか?それだけの腕があれば、王を仕留められるだろう?」


 その問い掛けに、リュークは無表情だった。

 リュークは、タムクの思いを計っている。


「報酬はいくらだ?」


 タムクは、剣の布をほどき、見せるように黒紫色の剣を突き出した。


「これでどうだろう?これなら、金貨が最低でも五〇〇枚。やりようによっては、一〇〇〇枚は超えるだろう」


 どうだと、言わんばかりの態度だった。苦労をした少年ではあったが、視野は未だ狭く、リュークの満足いくものではなった。

 タムクは、剣の達人である魔導師の顔を見つめている。


「とても足りないな。だが、引き受けてもいい。一つ条件を満たせば…」


 意外な答えに、タムクは多少思考した上で尋ねた。


「金銭以外の条件で…か、何だ?」

「お前の首だ」


 冷静な声色、表情にも変化すらなく言ってのけた。少年は、その理由説明を求めた。


「契約としては、その剣では足りない。足りない金額分は、褒美で賄う。あと、あの王城の外観を見たところ、要塞化している。王城という政務を行なう場所にしては、常軌を逸した警備だった。一目で、侵入することすら困難だと判る。首を持っていけば、褒美として王に会える。侵入を気に掛ける城は、脱出になど気に掛けぬものだ。だからこそ、王の首を刎ねた後、脱出の可能性が高い」


「そう云うものなのか?」

「兵が効率的に移動し、守備できなければ城の意味が無い」

「僕の命と引き換えに、自身の安全を図るってことか…」


 タムクは、嫌味を込めて言ったが、リュークは平然としている。


「当然だ。お前の為に、俺が命を懸ける理由が無い。だが、その条件でなら引き受けてもいいと言っているんだ」


 タムクは、無言になるが、リュークは続ける。


「お前が成長して、王を討てる可能性は無いだろう。まして、この状況だ。大人になるまで捕まらない可能性があるとは思えない。万が一、成長したとして王を討ち取れるのか?」


 常識的な判断だと、タムク自身そう感じている。

 そしてこうも言った。成長すれば、敵討ちなど考えなくなるかも知れぬと。己の命を代償にしても目的を果たす覚悟が無いなら、恨みを全て忘れて生きるんだなと。

 その言葉は、タムクの感情を強く叩いた。何も言い返せなかった。ただ、自分が甘かったことを悟らされた気がした。

 辺りが、少し明るくなっていた。東の空が白みを帯びていた。

 リュークは立ち上がり、座っているタムクに言った。


「今夜まで、返事は待とう。自力で何とかするならば、俺はすぐにでもこの国を発つ」


 リュークに、感情の乱れは微塵も無かった。タムクをその場に残し、自分の剣だけを身に着けると山を下りていった。


「お前の首と引き換えだ」


 この言葉が、タムクの心へ強烈に焼きついた。

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