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壱章 巡会の地

     一


 リュークは、山中をただ歩き回っていた。

 無数にある傷のうち、数ヶ所が腫れ、熱を持ち始めたが毒の感覚は無い。すでに大半は、瘡かさ蓋ぶたになっているのだが、再び山泉で洗いたかった。

 獣道をかなり歩いて来た。鬱葱と茂っている森林を駆け、藪を抜けた場所は、予想外に開けていた。

 視線を感じる。

 その方向を向くと、六キラテ(六メートル)先に少年がいた。少年の抱えているものに目がいく。黒色に金の装飾を施された美しい剣。それは、少年には不釣合いな程に美しく立派な剣であった。

 少年は、こちらをじっと見ている。

 警戒している。

 当然だ。目の前に、得体の知れぬ傷だらけの男が立っているのだ。それも、人と出会うはずもない山奥で。警戒するなと云う方が、どうかしている。

 数瞬の間ができた。そこを風が優しく過ぎ去った。

 少年は、何か納得したようだ。近付いてきた。


「傷だらけじゃないか、誰かに追われているのか?」


 少年は、一二~四歳位に見えた。

 日に焼けた肌、髪は乱れ、痩せ細り、長い間荒れた生活を送っている事が分かる。何より、すぐに追われていると考えるところが、同一事態の経験があり、慣れていることを証明していた。

 リュークは、コトの次第を説明する。


「追われていたが、もう心配ない。傷の手当てをしたい。水のある場所はないか?」


 少年は、こっちへ来いと言わんばかりの態度で、背を向けて獣道を歩き出した。

 半刻(一〇分)歩いた所だった。藪を抜けると、目の前に洞穴があった。横穴は、木々で補われ、風雨を防げるようにしてあった。少年の家と言えばいいのだろうか、粗末な棲家になっていた。

 少年は、剣を洞穴の入り口に掛け置くと、リュークを入り口の前に座らせ、傷の手当を始める。汲んであった水を使い、傷口を洗い砂や塵を落としてくれた。

 慣れている。その手際は、鮮やかだった。


「助かった」


 手当てを終えて礼を言うが、少年は礼などには興味が無いようだ。せめてもと、代わりに金貨を一枚、少年に握らせた。

 金貨一枚あれば、一〇日は贅沢に暮らせる。だが、少年は金貨を見ても反応は無かった。


「少年。手当ての礼と、数日世話になる」


 形式的に、そう伝えた。


「少年じゃなく、タムクだ」


 一呼吸置いて、少年は続ける。


「僕には、金貨なんか役に立たない。どうせなら、市場で物を買ってきて欲しい」


 やはり…、と思った。

 思ったことを悟られたのか、タムクは落ち着いて、思っていた質問を声に出した。


「あんた罪人だろう?だから、追われてるんだろ…」


 見れば判る、そんな顔をして言った。

 リュークの服装では、旅人にしか見えない。それ以前に、肌の色も顔立ちも違っていた。この国の人間ではない。簡単に、そう結論が出る。そして、躰の傷。鋭い眼光。

 追われる者、特有の雰囲気を発していた。それを、お互いが感じ取ったのだ。

 特別驚く事は何も無い。

 リュークは、タムクが街に行けない理由を尋ねた。

 タムクは剣を見つめる。その瞳には、悔しさが滲んでいた。


「街に買出しに行けば分かるさ」


 その言葉には、恨めしさが篭もっている。

 そして事情を語ること無く、「西の市場で買い物を頼むよ」とだけ付け加えた。

 辺りに人の気配はなく、生い茂った木々と獣に虫だけが生気を発していた。


     二


 翌朝、リュークは、タムクの潜伏する山を下った。

 巨大な城郭が見えてきた。高さ六キラテ(六メートル)の城壁の中央に、門が見えた。そこから、城街に入る。

 ここが玄雲げんうん国の王都。玄雲国の王ラック・ディンが治めている。玄雲国は、東の超大国聯れんの南に位置する河水の国である。民は、肌の色は濃く、経済基盤の通貨は聯国の貨幣を輸入している。この国は、海上交易で莫大な富を蓄積している。

 一歩中に入ると、緑と水。並ぶ家々、多くの店、大きな屋敷が見える。

 様々な店で、様々な料理が並び、数種の香草を使った料理などが鼻腔をくすぐる。

 これまでの城郭まちよりも大きく、人も多い。なにより、華やかだった。

 さすが王の住む都と云うべきか。城壁の中には巨大な二つの街があり、賑っている。

 多くの買い物客、威勢の良い商人、踊り子、兵士、娼婦、ゴロツキなど、様々な人と物で活気に満ちている。

 何気なく街中を歩くと、至る所に少年の手配書が掲げられている。なによりも、その量に驚かされた。

 門前、飲食店の壁、居住区の各所で見ることが出来た。そして、人目につきにくい裏路地にまで、掲げられているのだ。手配書の掲げられた食堂の主人に聞いてみると、広場に詳しい手配書が上がっていると教えてくれた。

 礼を言い、その店を後にする。

 すぐさま広場に行き、詳細が記載されている手配書に視線を移した。



 この者は、王の剣を盗んだ者である。

  捕縛に役立つ情報を知らせた者に、金貨一〇枚。

   剣だけを持って来た者には、金貨二〇〇枚。

 剣と共に、この者の首を持って来た者には、

  謁見を許され金貨三〇〇枚と宝石数種を賜る。


          と記され、似顔絵も掲げられていた。



 リュークは、微かに笑みをこぼした。


「なるほど。魅力的だな…」


 タムクの言ったことが、あまりに正しかった。その為に、納得するように微笑んでいた。

 王都は大きく分けて、二つの地域に分けられる。諸侯と云われる貴族、豪商、聖職者、上流戦士などの富裕層と、その他の下層階級の暮らす地区である。

 上層階級者は城を基点に東から高位者が占め、下層階級の民が住む地域が、最西の地域だった。

 その両域を統べるように、中央には麗容な王城がそびえ建っている。

 その王城は、中央に主城。その主城を守るように、東西に塔が造られ、塔と城壁が結合している。

 美しい城だ。城壁の外側には深い堀が巡らされている、外からの防御力の高さは瞬時に理解できた。あまりに堅固な城郭と警備配置は、敵兵だけでなく卓越した侵入者すら寄せ付けぬ様相であった。


「堅固だな」


 王城の前に立つとそう呟かずにはいられなかった。そして城の概観の美しさは圧倒するようであった。

 それは、石と木の調和の城であった。

 城に近づく。正門が見えてくると、城門の前に門兵が二人立っていた。門兵は猛者ではなさそうだが、よく訓練されているようで、警備に気を抜くこと無く、周囲に気を張っていた。

 その門兵を刺激することを避けて、距離をとり王城を眺めていた。

 様々な視点から見ていると、城内から飄々と歩いてくる男に目が引きつけられた。

 門兵は、男に緊張気味に挨拶をする。


「エクバール様。御苦労様です」

「ご苦労さま~。今日は、良いモノを見たな。しかし、あの雌狐はいったい何を狙っているのかね~」


 その飄々とした男は、門兵には解らぬ事を言ったのだろう。兵士は、困惑顔で生返事をした。

 エクバールと呼ばれる男。身長は一八〇サラテ(センチ)程で、筋量の均整の取れた体形に、濃い茶色の髪が肩まで伸びて揺れている。切れ長の目、細く高い鼻、その顔は、美形で、嫌味な自信を全身に漲らせている。嫌味な自信を漲らせていたが、全体として与える印象は飄々とした男だと受け取られるだろう。

 男は、堅苦しい衣装を優雅に着崩し、腰には如何にも使い込まれた剣が下げられている。それは、よく手入れが行き届いているように思えた。

 門兵は、そのエクバールという男へ、さらなる愛想笑いで城から送り出した。

 一人の門兵が、エクバールの意を悟ったのか、もう一人の門兵に耳打ちをした。今朝、なかなか見ることすら出来ない程の美女を見かけたのだ。

 エクバールが、謁見の間で会った女。それは、恐ろしく妖艶な女であった。淑やかに振舞ってはいたが、何かを企んでいるとひと目で見抜けた。


「蔡明霞と云うあの雌狐…。何を考えて現れたのやら…」


 その女のことを、不快そうに思案しながら城門をくぐった。

 リュークが、手配書を眺めていると門をくぐり出てきた男と目が合った。

 こちらに向ってくる。


「君も仕官しに来たのかい?」

「違う」


 そう答えると、男は意外そうな表情を浮かべた。


「違うのかい?腕が立ちそうなのに残念だ」


 端正な顎を撫でながら、エクバールは続ける。


「それなら、お金に困ったら来ればいい」


 そう平然と言う男に、リュークは無関心であった。


「エクバールさま」


 後ろから、女性の声がした。リュークは、そちらに向いて歩き出したエクバールを目で追い、彼の向かった先を見る。そこには、声の主らしき女性が立っていた。真黒という表現が似合う黒髪の女性。胸の中程まで達する髪をなびかせ、見目麗しく、淑やかに立っていた。

 エクバールは、リュークのことは既に忘却の彼方へと流し、その女に声をかけていた。

 リュークは、もう一度城を見て、その場を離れた。

 タムクから頼まれたモノを買う為に、西の市場に足早に向かった。

 西の市場は、東の市場と雲泥の差だった。貧しい者たちが使用する様に、何もかも造られていた。東の街の造りとは違い、華やかさは無いが、それでも十分に人々で賑わっていた。

 市場の大通りの幅は二〇キラテ(メートル)もあり、大抵の物は揃っていた。

 市場で買い物を終え、帰り道にある古びた砦門が、妙に印象的だった。


     三


 リュークは、食料を始め、日用品から衣料品、何より山中で生きる為に必要な道具など、背負う程の荷物をタムクに持って帰っていた。

 それら総て含めても、金貨一枚にすら達することはなかった。

 棲家へ近付いた時、違和感を覚えた。見えるものでは、木の枝が折れている。ただそれだけだったが、十分過ぎた。潜伏しているタムクが、人の気配のする行動を取るとは思えない。

 警戒しながら、棲家に接近してゆく。

 棲家の入り口から五サラテ(五メートル)まで近づいた。人の気配を感じる。

 荷を置き、戦闘態勢をとった。魔力を溜めながら、炸ザ毀フィ(凝縮系爆発魔攻)を放てる状態で徐々に近づく。


(追手か?)


 最悪の展開を思い浮かべ、最大限の警戒をしながら近づいてゆく。

 複数の気配。さらに近づく。人影、視認した。

 そこには王都警備兵三人が、家捜しを行っていた。

 三人の男は、七〇サラテ(センチ)程の長さの半曲刀を手にしていた。


「あの女性の言った通りですな」


 太った男が、刀を振り回しながら言う。


「しかし、汚ねぇ所だ」


 長身で野卑面の男だ。刀の先で、古びた鍋をひっくり返す。三人は、剣を探しているようだ。

 その様子から、タムクは居ないと分かった。

 警備兵など放って置いて、タムクを探そうとした時、「こっちだ、いたぞ!」と叫ぶ声が山中に響き渡った。

 家捜しをしていた警備兵が、声のする方へ一斉に走り出す。

 リュークは、腰に下げている刀を抜き、音も立てず移動した。太った警備兵の後ろに回りこみ、首を刎ね飛ばす。飛んだ首が藪に落ち、茂みの葉が擦れる音がすると、長身の男が振り返った。


「何やってんだ?さっさと来い」


 男が振り返る直前に、リュークの手から魔攻が発動した。

 男の首の皮膚が盛り上がると、次の瞬間には破裂した。微量の魔力を的確な場所で発動させることによって、爆破魔攻にも関わらず恐ろしく、小音量だった。

 そのまま、すぐに走り出す。前方を走っていた三人目の警備兵を捉える。

 兵の後ろから、刀を突き下ろした。頭頂部から顎までを刀で刺し貫いた。

 リュークは三人を倒し、声のする方へ辿り着くと、剣を抱えたタムクが立っていた。警備兵に追い込まれて。

 タムクは、驚いた表情でこちらを見た。その仕草に、警備兵は振り向いた。


「きさま、何者だ?お尋ね者の仲間か?」

「仲間などではない」


 云い終えると、魔攻を唱え始めた。

 その行動に、兵士は即座に反応した。リュークが魔導師だと分かった対応だった。刀を抜き、飛び掛かる。


「良い判断だ。だが、甘い」


 リュークは魔攻を中止し、腰に下げている細い刀を抜く。

 兵卒とは思えないほどの素早い踏み込みで斬りかかってくる。強い斬撃を受け流し、反す刀で腕を斬り落とし戦闘力を奪った。

 その上で、近付いていく。訊き出す事がたくさんあった。

 突然、タムクが抱えていた剣を抜き男の胸に突き刺した。


「父さんと母さんの仇!」


 何度も繰り返し突き刺すタムクは、男が死んでも未だ狂ったように剣を振るっていた。剣は、黒褐色の刀身に紫の波紋。一振りするたびに鈍い黒紫色の輝きが見えた。


「もう気が済んだだろう」


 タムクの肩を叩く。


<殺気!>


 タムクは、獣のようにリュークに襲い掛かる。それは剣技ではなかった。生存への渇望に近い攻撃だった。

 狂気さは異常だった。だが、腕は未熟だった。容易くタムクの背後に回りこみ、首に手刀を振り下ろした。

 タムクは、糸が切れた操り人形のように、地に倒れた。

 剣に触れると、何かに心を引っ張られる感じがした。眉をひそめ、剣を鞘に入れる。

 タムクの頬を叩き、声を掛け起こす。


「ああぁっ…」


 タムクは、息を吐くように声を出した。

 リュークがタムクの肩に手をやり落ち着かせた。タムクの足元には、巨大な肉塊が転がっていた。

 それにしても、タムクの剣は異様な雰囲気を発している。その剣を少年に返し、リュークは少年の躰を気にかけた。

 その言葉に、タムクは困惑する。 


「あんた、俺を売ったんじゃないのか?」

「俺も追われているからな。売るには危険すぎる」


 タムクは、納得したようだ。


「そうだな…。それにしても、あんた魔導師だったのか」


 緊張から開放された安堵感から、地面にへたり込んだ。


「ありがとう」


 思い出したように、少年から礼を言われた。

 タムクは、少しは信用してくれたように見えた。わずかな時間だが放心状態のようになり、次の瞬間には立ち上がった。


「すぐに移動しないと…」


 その発言で、頭は正常に機能しているようだと判断できた。

 二人は急ぎ棲家を離れ、さらに山奥の洞穴に移る。

 夜も深け、月が高く昇った頃、その場所に到着した。

 新しい洞窟は、前回の棲家より居住環境は劣悪だった。しかし、当面はどうにもならないだろう。チラッと少年を見たが、まだ興奮が冷めていないように見えた。

 お互いに緊張が途切れずに、焚き火を間に向き合っている。

 リュークは、疑問に思った事を問いかけた。


「王は、なぜその剣を奪おうとする?」


 焚き火のパチパチという音だけが闇に溶け込んでいる。

 タムクは、剣を見た。


「この剣は、王の物なんだ」


 意外な答えに、リュークは興味をそそられた。


「盗んだのか?」

「僕は、こんなものなんて欲しくない。だが、親の遺志を継いだから…」


 語尾が強くなった。まるで、これまでの思いが、堰を切って、溢れ出したように思えた。

 タムクは、落ち着いた口調で剣の事を話し始めた。

 ここまで読んで頂きありがとうございます。


御意見、御感想、誤字脱字の指摘、なんでも大歓迎です。

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