そんな装備(パンツ)で大丈夫か。大丈夫だ、問題(ノーパン)です。
学校の昇降口で上靴を取りだしたときに、私は下半身に違和感を覚えた。
「あ、あれ……」
紺色の夏用の薄生地スカートを触って、疑惑は確信に変わった。
「う、うそ……」
パンツが……。
パンツが……ない……。
後ろを振り返った。
しかし、そこにはなにも落ちていなかった。
落ちていたのは、強めの雨粒ぐらいだった。
「ど、どうしよう……。やっぱり、あんな派手な下着つけるんじゃなかった……」
季節はずれの雨続きで、今朝になって、自分の下着がすべて洗濯されているのがわかった。
登校時間のギリギリまで待ってみた。当然、数十分で乾くわけもなく、仕方なく、しぶしぶ代わりにお母さんのを穿いたのだが、これが間違いの始まりなわけで、
『なぜに紐パン!? 普通のショーツないの!? おまけに布面積小さすぎて走りづらいわ。風吹くたび、無駄にビクビクするわ。私、将来絶対あんなパンツ穿かないんだから!』
という愚痴を吐きだしたいけど、グッと堪えてとりあえず教室に向かった。
「思った以上にすぅすぅする……風邪引きそう……」
「おはよう、乙女」
「あ、お、おはよう」
教室に入ると、友達のいろはちゃんが挨拶してくる。いろはちゃんは、名前に似つかず、男勝りなナリをしている。
ちなみに乙女というのは私の名前。
「どした?」
私の暗めの表情を察知して、心配してくれる。
「うん、ちょっとね。そだ、体操服のズボンとか、ない?」
「うーん、ごめんね。今日は持ってきてない。なんで?」
「ちょっと、ね」
「あの日?」
「あ~、少し違うかな。うん。他あたってみるよ」
「そっか。なにか用事があったら、気楽に言ってよ。力になるから」
「うん。ありがと」
そのあと、女子全員に訊いてみたが、体操服を持っている子はいなかった。体育がない日で雨も関係して、持ってきていないのだろう。もちろん、私もだけど。
体操服を諦めて、自分の席に着く。スカート越しとはいえ、ひんやりして気持ち悪い。
「あ……」
そこで気づいた。
「保健室に行けばよかった……」
と。
保健室なら代えの下着などがあるはず。失敗したなぁ。
しかし、今からそこまで行くのが、まずリスクだ。つか、よくここまで来れたね、私!
自分を褒めている場合じゃない。緊急事態なんだから。
目的地の保健室は一階。現在位置は、二階。
と、遠い……。マルコほどじゃないけど、精神的に日本縦断ぐらいありそうだよ。
さらに朝一と休み時間じゃ、人通りが多くなって気づかれる確率がうなぎ昇りする。
そして、なにより、
「おい、乙女。どうした? 深刻な顔して」
こいつ(遼平くん)にだけはバレたくない。
「気安く話しかけないで変態」
あの事件から少しのあいだ遠ざけていたけど、心も休まり、今は一定の距離感を保った仲にしてあげている。決して許したわけではない。いわゆる執行猶予期間だ。
「やけに冷たい反応をするじゃねぇか。なにかあったか?」
「べっつに遼平くんにはまったくもって、これっぽっちも関係のないことだから、ほっといて」
「いったいどうしたんだ。まるで、学校に着いた途端にノーパンであることに気がついたような顔をして」
「――え?」
こいつまさか私が穿いていないのを知っている――いや、ここで確認を取ってしまうのは、とんでもない地雷だ。
私は悟られないよう最高級の笑顔で取り繕った。
「は、はは、そ、そそ、そな、そんなわけないでしょ。の、のぱ、ノーパンで学校に来るなんて、遼平くん以上の変態だけよ」
しまったあああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っっっ!!!
あからさまな反応をしてしまった。
これじゃあ、さすがにいくら遼平くんでも……。
白状する覚悟を決めて、遼平くんの返事をうかがうと、
「そうだよなぁ。乙女はまともで清純な女の子だもんなぁ」
ごまかせたあああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っっっ!
よくわからないけど、うまくいったようです。
「もう遼平くんったら、冗談を言うならもっとおもしろい冗談を言ってほしいな。ははははは」
「めんごめんご。ついな」
「「ははははははははははは」」
二人で息揃って、高笑ったあと遼平くんが私の肩に手を乗せて、
「本当は?」
「……………………」
「ノーパンなんだろ?」
「………………………………」
「俺は乙女のことならなんでもお見通しなんだぜ」
「キモチワル……」
私はボソリと言った。
そうすると遼平くんは、対抗するように腕を組んで呟く。
「桃みたいな丸いおしりだったな、たしか」
「なっ!?」
おもわず遼平くんと目が合う。
すぐにハッとなって、恥ずかしさがにじみでてくる。
「いつ……気づいたのよ……」
「屈んで靴替えるとき。後ろから丸見えだった。でもこれだけは言わせてほしい。見ようと思って見たわけじゃない。本当だ」
こいつ……咄嗟に隠れたのか。
くっ……。
こいつに特別な感情とかないけど、なぜか言いわけされると、ショックだ。なぜだろう。
「変態に見られてた……よりによって泥棒に見られた……なんで性欲男になんかに……」
「言われようのない悪口が聞こえるんだが、気のせいか? それよりもどうすんの。そのまんま一日過ごすわけじゃないんだろ」
「当然じゃない……とりあえず、ホームルームが終わったら保健室に行きたいから、見えないようにアシストして」
「え~、俺このあと用事あるんだよねぇ」
「なに? 私を見放すつもりなの? わかった。私が穿いてないのを言いふらすつもりなんだ。きっとそうだ。そして、みんなで私のスカ――」
「わかったわかった。ちょっとまってろ」
そう言って、遼平くんは自分のカバンからハンドタオルを取りだして、
「ほら」
「な、なに?」
「なにって貸してやるよ。安心してください、使ってないから」
「いや、そういうのじゃなくて」
「それとな。乙女、聞いて驚け。そのハンドタオルなんと! 野球選手のサイン入りなんだぜ。大事に使えよ」
面積を心配したけど、遼平くんが広げて確認したかぎり、代用はできそうだった。
「使ってもいいけど、返さないから」
「え~、報酬でくれよ」
「いやだ。直に密着したのを返すなんて、洗っても御免」
「返してくれないなら、いっそのこと俺が下着をもらいに行くわ」
遼平くんが後ずさりで、私からハンドタオルを抱えこんだまま距離を取りだす。
「それはまじでやめ」
瞬間、なにを思ったのだろう。私は勢いよく立ちあがった。
「て」
と口に出した刹那。
ここ一番の風が教室の窓から吹き荒れた、結果、私のスカートは重力に逆らえず豪快に中身を晒す。
「くっ……」
一瞬、呆気に取られるがすぐさまスカートを押さえる。と、同時にあたりを見回した。幸いなことに別段変わった様子はない。
しかし、一人だけ例外がいる。前方に立ち尽くす男だ。私は、そいつを睨みつけ、
「み、見た?」
小さな声で訊く。
あろうことかその男は、親指を天に向けてこう言ったのだ。
「グッド」
「最悪……」
「ありがとう。お前、薄いんだな。俺の好みです」
「ブッコロス」
その後、ハンドタオルを無事もらい、保健室に赴いた私は、下着を借りてことなきを得た。
それと結局、お母さんの紐パンは玄関に落ちていたそうです。私って自分で思っていたより、鈍いのかな……。
おしまい。
率直な感想、評価、指摘、おまちしております。
少し雑談を。
今年最後の投稿になります。少しエッチなネタになってしまい、申しわけありません。
それと終盤は急ぎになっております。今後、ちょくちょく手直しをと。
では皆さん、よいお年を。
友城にい