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7 伊藤家の食卓

あの……はい。ご無沙汰してました。

もう少し更新早くできるように頑張ります。

さて、有能な執事である付喪神から渡された聖ニコラウス学園の制服に着替えた私はゆっくりと廊下を歩いて食堂へ向かっていた……。

忙しそうに、しかし生き生きと働くメイドさん達と軽いあいさつを交わしながら私は食堂に到達し……眉をひそめた。

というか、げんなりしていた。

だってなんだかここの空気がどんよりしているんだもの。

もちろんこれは比喩表現であり、実際には空気の淀みなどがある訳では無いのだが、この扉一枚隔てた食堂から漂ってくる重苦しく息苦しい暗ーい雰囲気を表すのにこれ以上の言葉は無いはずだ。

いや、原因は分かっているんだよ。

いつもかいがいしく世話を焼いてくれるメイドさん達が私と目を合わせるなり、呆れたような苦笑いのようななんとも言えない微笑を返してくるのだから、原因はもう決まっている。


「うあー……面倒だ」


原因を想像して思わず天を仰ぐ。


「お嬢様、そうおっしゃらずに」


思わず口から出た言葉を、通りすがったメイドさんがやはり苦笑いをしながらたしなめてくれる。


「だって、なぁ?」


半眼になって木で作られた食堂の扉を睨みつけていれば、困ったように笑ったメイドさんはドアを開けてくれた。

はい、行けってことですね。

うぁー面倒だー!

肩をがっくりと落としながらも、私は食堂に入って行ったのだった。


まぁ、当然と言えば当然なのだが、私、つまり乙女ゲーム『救いの天使〜マイスイートエンジェル〜』に登場する悪役令嬢、【伊藤千鶴いとうちづる】は主人公ヒロインがバッドエンドを迎えさえしなければかなり最後の方まで残るラスボスのような敵キャラであるから、主人公陣と比べてもかなり設定はしっかりしている。

だがしかし、この悪役令嬢いとうちづるは、中身がイレギュラーであるが故にその設定にはかなりの改変が伴っている。

趣味嗜好性格と、私と彼女に似ている部分はほとんど無い。

彼女はアニメオタでは無かったし、私には人を足蹴にして喜ぶ倒錯的な趣味はない。

容姿だけは、顔立ちだけはそっくりというか、瓜二つというか、間違っても他人と間違えられることは無いようにはなっているが、それでも豪奢な金髪縦ロールに黒のゴシックロリータ風の衣装を合わせた鋭い目つきの冷酷で非常なまさに悪女然とした美少女と、伸ばした黒髪をただ束ねただけの小市民的ななんちゃって令嬢は似てるなどとは口が裂けても言えない。

むしろ失礼にあたるとさえ思う。

ていうか髪の毛は染めていたんだろうか。

この世界はゲームのような世界だからなのか、微妙に常識がズレているようなので、よくは分からないのだ。

地毛で青い髪の人もいたからな。

うちのメイドさんの1人なんだが。あれは驚いた。最初見た時は本当の本当に驚いた。

ああ、でも。

ゲームのような世界だからといって全てがゲームのように進行するという訳ではないのだ。

恐らくは、最も顕著なその例が今、目の前にいる。


「……………はぁ」


どんよりと重い空気を纏い、どこか苦しげで、悩ましげな表情をしながら白米をもそもそと口に運んでいる三十代に見える男性。

亜麻色の柔らかな髪はほんの少しの風にもなびき、榛色の大きな瞳は憂いの色を湛えていて、スラリとした長身と西洋彫刻のように整った顔立ちは妙齢の女性達をいとも簡単に虜にするであろうその男性こそ、我が父。

【経済の鬼】、【搦手】、【敵に回すな】の枕詞を冠する大企業、伊藤グループの社長(代表取締役)伊藤成政いとうなりまさである。

傍から見ていれば身内の贔屓目を差し引いてもただ朝食を摂っているだけなのに、非常に絵になる光景だとは思うが、朝からこんなに重いどんよりオーラを出さないでいただきたい。

原因は私にもあるから仕方が無いけれども。

私は死亡フラグが乱立する聖ニコラウス学園に行きたくないが為に、駄々をこねた。その際に珍しく父と大喧嘩をしてしまったのだ。普段は温厚な父も珍しく感情的になり、つい私が「父さんなんて大嫌いだ!」と、言ってしまいそのまま顔すら合わせず二ヶ月が過ぎ、今に至っている。

なんだかんだで父も私も忙しかったのだ。

格好が悪いと笑うなら笑ってくれ。私も死にたくなかったんだ。

今は反省している。


「おはよう、父さん」

「……………はぁ」


挨拶の声をかけてみても、父は重苦しい溜息をつくばかりで全く反応してくれない。

まだ怒っているのだろうかと、顔をのぞき込めば、その目はどこまでも虚ろで、焦点が微妙に合っていない。


「おーい、父さん?父さーん」


いつもの目のハイライトはどうした。


「……お父さん、大嫌い……か」


父がポツリ、と呟いたので色々ツッコミたい事はあるものの、やっと反応してくれたと喜んだのもつかの間。


「そうだよな……娘に嫌われた僕なんか……生きてる意味もないよな……よし、死のう」


アレ?

何を言っているのだ父よ。怒っているのではなかったのか?


「……ねえ、秘書の後藤君呼んでくれる?……遺書書くから」

「父さん?朝から何を言っているんだ!?」


いや、流石に何かおかしい。

特に、誰もいない所に向かって話しかけているところとか!

慌ててガクガクと肩を掴んで揺さぶってみても、父の正気は戻らない。


「ああ、ゆい、ちーちゃんには何不自由ない財産を遺してそっちに逝くから心配しないでね……!」

「戻って来い父さーん!!」


仕方が無いので、結構本気で頬を叩いた。

バチーンといい音がしたが、それでも駄目だ。別の世界にトリップしている。

ちなみに唯とは幼い頃に亡くなった私の母の名前である。

母よ、本気で助けてくれ。父をどうにかしてくれ。

半ば本気で願っても、 ……死人に口無し。出来るはずがないか。

その時、私の脳裏に浮かんだのは起きてすぐの執事の言葉だった。

……お嬢様のことを旦那様が気にしておられましたよ、所の騒ぎじゃないじゃないか!

久しぶりに会ったらコレなのか!!

気にし過ぎてとんでもない事になってるじゃないか!?

まさか仕事中でもこんな感じなのだろうか。だったらものすごく危ない。

こんなのでも社長なのだ。

家庭のイザコザで全体の仕事に支障が出ては、社員の皆様に申し訳が立たない。


「ち、仕方が無い、か」


舌打ちを一つして、私は周りに誰もいないかを確かめる。

やるとするなら……アレだ。

深呼吸を一つして、こほん、と咳払いをする。

ブツブツと何事か呟き続ける、少々怖い父に向き直ると私は、


「ねぇ、パパ。私のお話聞いてくれないの?」


と、上目遣いで。

いつもより高い、甘い声で首を傾げて見せた。


「…………………………………」

「…………………………………」


二人の間に、沈黙のカーテンが降りる。

……うん。何も言うな。恥ずかしいのはわかっているんだ。

コレで駄目ならもう逃げよう、なんて、逃げの思考が頭をよぎった次の瞬間。


「なんだいちーちゃん! 可愛い可愛いちーちゃんのためなら、パパは何でもちーちゃんのお願いを聞いてあげるよ! パパに何でも言ってごらん!! って言うかパパってもう一回言って!!」


父は一気に笑顔になってガバッと身を乗り出してきた。

こ・う・か・は・ば・つ・ぐ・ん・の・よ・う・だ。

なんと言うか……私には一瞬父の周りにキラキラとピンクに輝く幸せエフェクトが見えた気がした。

親バカが災いし、親バカが幸いしたか……。

私は何とも言えない徒労感を感じて、口調と表情を元に戻して後に溜息を吐いた。吐くしかない。


「ちーちゃんは止めてくれ。この歳になって恥ずかしい。あと父さん、喧嘩してごめんなさい。もう私は

気にしていないから、どんよりするのは止めて」

「うん僕こそごめんね。でもちーちゃん……」

「千鶴」

「あ……はい……」


繰り返されそうになるちーちゃん呼びに、思わず親を睨みつけてしまった。

あのな、父よ。貴方には言えないけれども、私は前世を合わせるともう三十路に入るんだよ。そういう風に呼ばれるのは非常に恥ずかしいのだ。

子供の頃は我慢していたが、もう高校生ともなれば我慢する理由がない。

子供らしくない子供だったことは許してください。

私は自分で椅子を引き、父が食事を再開するのを見ながら、自分は席について朝食が運ばれてくるのを待った。

続きます!

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