5 夢の後と跡
うわあああ!?
更新忘れてたごめんなさい!
ぱちり、と目を覚ませば、そこにあるのはこの十何年間見慣れた天井。
そんな現実は私を落ち着かせもし、少しばかりの憂鬱をもたらした。
ここは紛れもなく私、伊藤千鶴の部屋。
伊藤千鶴は、乙女ゲーム『救いの天使〜マイスイートエンジェル〜』の悪役令嬢であり、学校生活でヒロインや攻略対象と関われば破滅か、もしくは惨殺の運命が待っている、私から言わせれば作品を作った人間の性格の悪さのにじみ出るキャラクターだ。
妹の話によると、36のエンディングのうち死なないエンディングが3つ、行方不明で終わるのが2つ、あとは全て死ぬエンドだというふざけたキャラクター。
今現在進行形で、私はそんなキャラクターに転生し、暮らしているのだ。
私は、作者に、一言、言いたい。
勧善懲悪がそんなに好きか、コノヤロー!
私は好きだが、自分の身に降りかかると考えたら嫌いになったよ!
むしろ悪役バンザイだ!正義の味方は青空の彼方にバイバイキンしてろっ!
ゼイゼイハアハア。
などなどと、自分の境遇に毒を吐いても仕方のないこと。
私はため息をついて仰向けの体勢から身を起こした。
「……随分と、懐かしい夢だったな……」
先程まで見ていた夢に思いを馳せる。
あれは間違いなく妹とバカやらかしまくっていた生前の、前世の記憶だ。
しかも、コミケ前に髪を無理矢理セットされるあの記憶……。
私が死ぬ日の記憶だな。
入学式の次の日にこんな夢を見るなんて……。
……幸先が悪いにも程があるだろう。
ああ。私は無事に生き残り、高校をきちんと卒業できるのだろうか。
これでも私には夢があるんだからな!?
まあ、悲嘆に暮れていても仕方がない。
着替えて学校に行く準備でもするか。
春とはいえ朝方の早い時間はまだ少し冷える。
私は柔らかい毛布の誘惑をはねのけベッドから出て、毛足の長いふわふわのスリッパを履く。と、ちょうどそこで部屋のドアが控えめにノックされた。
「……お嬢様、起きていらっしゃいますか」
若い男の声。まあ聞き慣れているものであるから大丈夫だ。
「ああ、入ってくれ。今起きたばかりだ。」
私がドアの向こうに向かって声をかけると、ガチャッ、とこれまた控えめにドアが開かれる。
「おはようございます、千鶴お嬢様。今日も麗しくていらっしゃいますね」
「嫌味か、それは」
胸に手を当て、完璧な一礼をして入って来たのは、黒の執事服を完璧に着こなした青年。
そう、透き通ったスミレ色の切れ長の瞳を持ち、艶のある黒髪をオールバックにしたいかにも仕事の出来るインテリ上司タイプのしかし、執事服を着た見目麗しくかつ背の高い青年だ。
もうお分かりだろう。こんな見た目が整ってるなんて人間なはずないだろう?
こいつは所謂隠しキャラ、悪役令嬢の敏腕執事にして立派な人外。
我が伊藤家に代々伝わる紫水晶のカメオ。それの付喪神、輝石紫貴。
それがこの完璧系執事の名前である。
美形かつどこか胡散臭い気配を漂わせる執事は私の姿を見るなり、どこか悲しげに顔を曇らせて、
「お嬢様がずいぶんと学校に行かれることを嫌がっていらっしゃいましたので、旦那様が悲しんでおられましたよ?」
なんて、殊勝な顔して、さらりと言う。
うおい、執事よ。朝からキツイ話題を投げかけてくるな、全く。これでも結構私だって気にしてるんだから。
とりあえず受け答えはしてやる。
「もう行くと決めたから大丈夫だ。父には今度謝っておく」
「お嬢様……かなり前から思っていたのですが、お嬢様のその喋り方、なんとかならないものですか?まるで粗暴な男子生徒のようです」
「ほっといてくれ……。どうしても治らないんだから……」
嘆息と共に呟く執事に、私は少々むくれざるをえなかった。
だから、自分でも気にしてることを言うか、普通。
前世からのもので、なかなか治らないんだこのしゃべり方。自分でもよくわからんが、治らないんだよ。
「で、何をしに来たんだ紫貴。今日の担当は曽根崎さんじゃなかったか?」
「ええ、そうなのですが。曽根崎殿はぎっくり腰を発症してしまいしばらく仕事が出来ないとの事で、私が代わりに、という訳です」
曽根崎さんとは私の世話をしてくれている人のことだ。今の私がまだ赤ん坊の頃から世話を焼いてくれている、白髪まじりのかわいいお婆ちゃんだ。
私はこっそりばあやと呼んでいる。だってぴったりだから。
「ん?それだと紫貴の仕事が増えてるだけじゃないか?曽根崎さんは私の世話をほとんど毎日してくれてるんだから、過労で倒れるぞ?」
「ご心配なく。私が人ならざる身であることはお嬢様もご存知でしょう」
「あ」
ニッコリと妖艶に微笑む執事。それに私はうっかりしていたことを思い知らされた。
そういえばそうだった。
こいつは人間じゃなく妖怪の類だったんだっけ。
こいつが人間じゃなく、妖怪なんだと知らされたのは何歳の時のことだったと思う?
人間じゃない別の存在だという割とショッキングな事実を知らされたのは私がたったの、たったの五歳半の時なんだぞ!
あれは祖母の誕生日に祖父の屋敷に行った時のこと。
当時五歳半(精神年齢21歳)の私は、祖母から「これを貴女に」と、なんか綺麗な紫色の宝石のはまったブローチのようなペンダントのような何かを渡された。
色から紫水晶かな?と、予想はついたものの高価なものだというのは一目で分かった。
「こんなの受け取れない!!」と恐縮しすぎてむしろ心配されてしまったのもよく覚えている。
で、問題は次の日だ。
祖父母の家に仕えていた美形の執事が我が家にやってきたのだ。
色々と不審な点はあったものの、父が許したならという事で私に異存はなかった。
しかし、私の世話係になった紫貴は、自己紹介のときにさらっと、
「あ、お嬢様」
「なに、しき?」
「実は私、人間ではありませんので」
「……え」
「先日、お嬢様が遷宮奥様から引き継がれた紫水晶のアクセサリーがありましたでしょう?私、その紫水晶に宿る精霊、所謂、付喪神というヤツでございます」
衝撃の事実をニッコリと微笑みながら告げたのだ。
あはは言っちゃった☆みたいな、その程度のノリだった。
私はその時までこの世界が乙女ゲームの世界だなんて思ってもみなかった。けれども、そのせいで色々分かってしまったんだ!
隠しキャラだって妹が自慢げにスチルを見せてたことをその瞬間思い出したんだよ。
全てのルートを攻略し終わった後にだけ起きる、主人公と悪役令嬢の執事のイベント。思い出さなきゃ良かったと何度後悔したことか。
そのイベントにも例によって悪役令嬢には悲しい結末が待っているのだが……、少しこちらは趣向が違う。
そのイベントでは悪役令嬢は肉親の愛を受けられず、孤独に喘ぐただの少女だった。
使用人も彼女の烈しい気性を嫌い、近付こうとせず、彼女のそばには付喪神である彼女の執事しかいなかった。
彼女は明るく、陽気で、(人外ではあるが)たくさんの人の愛を苦もなく得る主人公に嫉妬する。
しかし、味方であるはずの執事でさえいつの間にか主人公に心を奪われ、彼女のそばを離れていく……。
悪役令嬢は最後の最後で、自分が悪かった、自分のそばにいて欲しいと、素直に告白するのだ。
しかし時すでに遅く、悪役令嬢の執事だった男は主人公の手を取り、さめざめと泣く悪役令嬢を残して秘密を共有するように微笑み合いながら去っていく。
バックに膝から崩れ落ち、呆然とする悪役令嬢を写して、だ。
死にはしないが、本人としては嫌なエンドだと思う。
妹は「ざまぁww」と高笑いしてたがな。
……いや、待てよ。これはむしろ思い出した事で命を救われたのだと考えるべきなのか?
あの時気付かされなかったら私はあっさり死んでいたかも知れないのか……?
私はこいつに感謝すべきなのか……?
……いや、考え込んでも仕方がない。
それに、紫貴以外の攻略対象を回避し続けていけば私は死なないはずだ。
悪くなっても、死にはしないのだから。
死んでなんか、たまるか。
私の二度目の青春は、友達と本と数学とパソコンにつぎ込むんだ。
もう途中でドロップアウトなどしてやるものか。
今度こそ寿命を全うするために、まずは学校に行く準備をするとしよう。