閑話 其は儚き夢
千鶴さんの夢のお話。
こういうことがあったんだと、暖かい目で見守って下さい。
眠る、という行為は誠に不思議なものであると思う。
眠っているあいだはあらゆるストレスを忘れ、暖かな幸福感を味わうことが出来る。
目を閉じゆるいまどろみに身を任せ、朝日と共に目覚める。
これ以上の幸せがあるだろうか。
二度寝とか最高だ。
私はそのために少し早めに目覚まし時計をセットしている位だ。
もしも寝過ごしても、誰にも迷惑をかけないように、だ。
だから、だからさ。
「夜中の3時に起こすのはやめてくれ、我が妹よ……」
目を射るように凶暴な白色LEDの光が、寝起きの私を容赦なく攻撃してくる。
寝起きの目にとっては、うっすらと目を開けただけでも強烈なダメージになる。
「お姉ちゃん、起きて!今日はコミケの日なんだよっ!!」
目の前に夜中の3時にも関わらず、眠気を全く感じさせない、元気な、残念な我が妹の姿があった。白のラフなシャツに黒のパンツ、アクセントに金のベルトを締めて動きやすさを重視した服装で私の上に馬乗りになっている。
大きな目をキラキラさせているその姿は何故だか私に懐かしさをもたらした。泣きたくなるくらいに、妹の姿は懐かしかった。
毎日見ているはずなのに何故だろう。
今の状態に違和感を感じるんだ。
さっきまで見ていた、なんだか妙にリアルな、不思議な夢のせいかな。よく覚えてはいないけれど。
ああ、なんだか起きて早々もやもやする。
自分でもわけのわからない苦しさに思わず目元をごしごしと擦った。
「お姉ちゃん?」
妹が心配そうに眉を寄せて、それでも強引に布団を引っぺがす。
何処か嬉々として姉の私の身支度をしようとする。
「なあ、親愛なる我が妹よ」
つい、私は二段ベッドの天井を見つめながら妹に問いかけていた。
「なあに、あたしの大好きな大好きなお姉ちゃん」
「今、夜中の3時だよな? コミケ行くとしても、ここ本場じゃないからそんなに人はこないだろう。 こんなに早起きする必要を感じないんだが……」
続けようとして、私はしまったと思った。
なぜなら残念系オタクの妹が、ハッとお馬鹿っぽく息を飲んだからだ。
「いや、今のは忘れて……」
「今のは聞き捨てならないよお姉ちゃん!! たとえ地方の小規模なコミケとはいえここだけでしか手に入らない絵師さんのポストカードや同人誌、サイン色紙だってあるんだよ!? 徹夜してでも手に入れたいと思ってる人がいるんだよ!? なのに早起きすらせずにコミケに行こうなんていくらお姉ちゃんちゃんでも許さないからね!!」
お仕置きに今日こそはコスプレさせてやる~!とか、やる気満々だ。やばい。
ちらりと部屋の片隅に目をやると、大きめのダンボール箱が山と積まれているのが見える。
薄いピンクのスカートらしきものが隙間からチラッと覗いている。多分妹のお気に入りのRPGアニメ、〈クロスハート・ラバース~永遠なる楽園~〉の主人公の妹の親戚のアリサの衣装だ。
露出少なめにも関わらず、主人公の恋人、つまりヒロインよりも人気をとった美人系凄腕ガンナーのものだ。
うーん。それだけで分かるって私も大概オタクだな。っていうか、主人公の妹の親戚って結局親戚じゃん。
つか、ちょっと待て。え、あんなの着るの?あんなの着れっていうのか?!
私は確かにオタクだが、あれは、ああいうのはダメなオタクなんだ。
二次元の産物は二次元に限る。三次元に出せるのは限られた人間だけなんだ。
私はクリエイトする方のオタクじゃないんだぁぁぁぁ!!
私の恐怖の感情を読み取ったのか、妹が嗜虐的に口角を吊り上げた。
「ふふふふ、逃げようとしても、無駄だからね。お・ね・え・ち・ゃ・ん?」
含み笑いと共に妹がコームとスプレー缶を持ち襲いかかってくる。
「うわああああ!」
妹よ、やめろ、やめるんだ!
考え直すんだ!まだ間に合う、お母さんが心配してるぞ!
頼む、夢なら、夢なら覚めろおおおっ!!
夢はいつかは覚めるもの。
それがどんなに心地よいものであっても。
みたいに言うんでしょうね、千鶴さんなら。
はい、次からちゃんと書きます。
結局短いですごめんなさい。