4 入学式当日④
千鶴の席は窓際ですよー
出席番号?そんなの気にしません!
学校生活を始めるにあたって、一番緊張するのはいつなのか。
私は自己紹介をする時だと思うのだ。
これから1年間ずっと一緒に艱難辛苦を乗り越えて行く仲間達、すなわちクラスメイトに自分の事を知ってもらう。
これ程大切な事はないと思う。
私は前世でも今の人生でもぼっちになったことはない。
努力したんだ。お嬢様という立場が結構邪魔だったけど。
ぼっちは辛い。妹を見ていてしみじみ思ってたからな。うん、ぼっちは嫌だ。
(妹はゲーム中毒すぎて友達に引かれていた。二次元もいいが、先に三次元の友達を作れよ。もう遅いけど)
それに、友達は多い方が得だとも思うのだ。
広く浅い交友関係は寂しいと言う事もあるが、浅い付き合いでも知り合いは多くいた方がいい。
私の場合、情報は命だ。情報はあるに越したことはないし、本当に命を左右する時もある。
正しい正しくないに関わらず、情報は武器になる。
知り合いは多い方が何かと情報は集まりやすい。
その情報が信用出来るようになるまでには私の目と、情報を流しても大丈夫だと思われるような行動が大切になる。
自己紹介はその最たるものだ。
誰にでもペラペラ喋るようなやつでも、そういう奴だからこそ持つ情報がある。それを逃すのはもったいない。
だから私は自己紹介には細心の注意を払うことにしているのだが……。
長くて済まない。
まあ、とどのつまり私が言いたいのは、第一印象って大切だよねっていうことだ。
「十六夜紅だ。 適当に頼む」
「恋里愛理ですぅ〜♪ よろしくお願いしますぅ〜♡」
無事に終わった入学式。
その後一時間ほどある顔合わせを含めたホームルーム。
今、私の目の前には二人仲良く並んで自己紹介をする見目麗しい男女がいる。
一人は柔らかそうなウェーブがかかった明るい栗色の髪をピンクのリボンで二つに結び、甘ったるく語尾を伸ばす輝かんばかりの笑顔を振りまく可愛らしい少女。小柄な体格と、ツインテールが相まってまるでウサギを思わせる。
言うまでもなく主人公の恋里愛理だな。パッケージに攻略対象と一緒にのってたからすぐ分かった。
私は正直、こういう彼女のようなねっとりとした甘い喋り方は好きじゃないのだが、人の趣味にとやかく言う筋合いはない。
私としても、かなり女子としては喋り方が男っぽいと言われるのだし、何も言うべきでは無いだろう。
で、問題なのはその隣。
長めに整えたサラサラの黒髪を鬱陶しそうにかき上げる、鋭さの際立つ白皙の美貌を持つ長身の男子生徒。
十六夜 紅。
人外な攻略対象の中でも随一の人気と凶暴さを誇り、強大な力を持つ十六夜一族屈指の吸血鬼。
何を隠そう、悪役令嬢を原作で(バッドエンドノーマルエンドハッピーエンドも含め)あの手この手で十回以上も殺しやがる最悪の攻略対象である。
私としては正直一番顔を合わせたくない奴だ。
あと、背、高すぎるんだよ。縮め。
「はあ……」
おっと、思わずひがんでしまったか。今の身体は前世よりは背が高いんだがな。
そこら辺の意識はなかなか変わらないようだ。
それにしても……ああ、とんでもない奴と同じクラスになってしまったものだ。
ため息をつきたい。っていうか、もうついたけど。
まあ主人公がいる時点で想像はできていたことだし、それに文句は言わないさ。
でもなあ?
「あのですね。入学式にも出ずに遅刻してきて、人の自己紹介を邪魔するって、どういう常識をおもちなのでしょう?」
思わず口から零れたのは低い低い声。
自覚は無かったが、結構怒っていたらしい。
「い、伊藤、そんなに怒らなくてもいいんじゃないか……?」
担任の先生になった佐藤先生が、オロオロしながら様子を伺っている。
まーこの程度って思ってるのかも知れませんね。
すみません、ご迷惑かけて。
ヅラが取れたらごめんなさい。もし取れてもうちの会社の製品あげますから。すぐバレるそんなのより優秀ですよ!
でもちょーっと見過ごせないので、先にガツンと言わせて貰います!
「入学式放ったらかして遊びにいった挙句、人が勇気振り絞って自己紹介してる時に邪魔するとかあんたら馬鹿じゃないのか!! 学校の行事を大したこともない用でサボるな! そして、彼女にとっとと謝れ!!」
唖然とする二人。
私が指さした先には涙目になって震えている女の子がいる。
気の弱そうなたれ目の、色白の女の子だ。
三上杏という名前だったはず。
だったはず、というのは彼女が緊張に顔を真っ赤にしながらも自己紹介をしようとした時に馬鹿二人が仲良く教室に入ってきて流れで自己紹介をしやがったからだ。
おそらく彼女は、このクラスに知り合いはいなかったのだろう。
友達を作ろうと必死だったのかも知れない。
言い方は悪いが、私は上流階級の人間だ。
少々やらかしても、誰かは必ず寄ってくる。
けれど三上さんは普通の人間だ。
特待生だとも聞いている。
この学校は上流階級の生徒が多い。残念ながら上流階級のお嬢様、お坊ちゃま方には、小説に出てくるような庶民を見下すような輩もいる。
そういう輩は自分より相手が優れていると、それを認めたくないから、いじめるんだ。
いじめはコンプレックスの裏返し。
人間は同じ人間相手にも、恐ろしく残酷になれる生き物である。
これでもし三上さんに友達ができなかったらどうしてくれる!
……騒いだの私だから恨んでもいいからね?
「ごめんね、余りにも理不尽だったからつい。迷惑だったよね。これで何か問題が起こったら私を恨んでもいいからね?」
私が立ったまま三上さんに笑いかけると、何故か三上さんは真っ赤になって首を振った。
「そ、そんなこと、ないです。あ、ありがとうございます」
うーん、可愛い。手のひらにのるハムスターみたいな可愛さ。
ヒロインよりよっぽどこっちの方が好きだ。
「ぷっ、く、ははははははっ!」
不意に十六夜 紅が吹き出した。クラスメイトたちが驚くのも構わず、腹を抱えて楽しそうに笑う。
綺麗に整った顔立ちの中で、彼の笑った口の中に見える鋭い牙。正真正銘の、吸血鬼の証。
ぞくり、と背筋に冷たい汗が滑り落ちる。
残念ながら、それはこの世界がゲームの世界何かじゃないという私の淡い期待を裏切るものだった。
「ははははっ、は、ははっげほっ、ぇほっ、はぁはぁ……くくっ……。いや、予想外だ。予想外過ぎて楽しい。 話に聞いた伊藤のお嬢様はどんな感じなのかと思って来て見れば、こんな面白い奴だなんて思ってもみなかった。悪かったな、三上さん」
ふるふる震えている三上さんに殊勝に頭を下げる十六夜 紅。確実に私を馬鹿にしているだろう貴様。
……笑っているのが気に食わんが、三上さんにちゃんと謝ったからいいか。
三上さんも、顔をさらに真っ赤にして
「そ、そんな、だ、大丈夫ですっ!」
って、慌てながら言ってるしな。
「礼儀正しく過ごしてくださいね、二人とも?」
私が微笑みながら釘を刺すと、何故か三人ともビクンと肩を震わせて、誤魔化すように笑った。
……私の笑顔って、怖いか……?
ちょっと不安に思って眉をひそめると、慌てたように佐藤先生が割って入る。
「ほらお前達、席につけ! 十六夜と恋里は遅れてきた罰としてプリント配るのを手伝え!」
「ええ〜私達がですかぁ〜?」
「文句を言うな、ほらプリント」
大量のプリントを恋里 愛理と十六夜 紅に押し付け、佐藤先生は私達に目配せをした。
はいはい、座れってことですね。椅子を引くと、三上さんと一瞬目が合って、ちょっと笑ってから一緒に頷いて座った。
笑うと三上さんはとても可愛らしかった。
三上さんとはぜひ友達になりたいものだ。
席に座ると隣の席の女子生徒が、小さく微笑みながら「かっこよかったよ」と言ってくれた。
「ありがとう」、と返したはいいが……うーん、ちょっと複雑だ。
かっこいいと言われて嬉しくないわけではないが……私も女の子なんだけどなぁ。
ともあれ場は収めたのだし、友達になれそうな人も見つけた。
攻略対象とヒロインが同じクラスにいるということを除けば、問題もない。
全力を上げて攻略対象とヒロインを回避しつつ、楽しい学園生活を送る。
無理ゲーかと思っていたが、案外大丈夫そうだ。
安堵のため息をつく。
春の陽射しが差し込む窓の外に目をやり、また教室に戻すと、ヒロイン達が大騒ぎしながらプリントと格闘していた。
全部いっぺんに配ろうとするなよ。
小分けにして配るといいのに。
ーーそういう訳で、入学式は無事終わった。
けれど、ただひとつ気になるのは主人公である恋里 愛理が、最後に私に向けた表情が恐ろしく冷たかったことだろうか。
それだけが私の不安になっている。
今回はわりかし長いです。
これからはできればもう少し長めに話を作って行ければいいなと思ってます。
これからもよろしくお願いします
(´・ω・`)(´-ω-`)) ペコリ