1 入学式当日
ーー入学式当日。
ああ、何でこうなった。
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
聖ニコラウス学園、高等部1年8組。
私の前世で妹がハマっていた乙女ゲーム、『救いの天使〜マイスイートエンジェル〜』の舞台であるヒロインがやってくるはずの(私にとっての地獄となる)教室だ。
クラス分けの表を見た時の絶望は半端無かった。
何せ私の名前、伊藤千鶴の下にヒロインとなる女子の名前、恋里愛理の名前があったのだから。
ああ本当に学校行きたくない。教室入りたくない。
でも、父に余り心配はかけたくない、という理由もあるのでそんなことも言えない。
この世界の私の父は早くに妻である我が母を亡くし、残った一人娘の私を溺愛している。
そんな父がこの聖ニコラウス学園に(私が嫌がるにも関わらず)入学することを強く望んだ。おそらく何か事情があるのだと思うので逃げ出す訳にもいかない。
……本当に今更だが、聖ニコラウス学園は超金持ち私立学園だ。多額の寄付金が名家のご子息やご令嬢の親から払われ、中身物凄く豪華だ。
赤レンガで作られた清廉な校舎、広すぎる敷地なんかを初めて見た日は絶句した。
ええ、今でこそお嬢様やってますけど前世普通の庶民なんで。驚きもします。
もちろん聖ニコラウス学園には近くの住宅街に住む子供たちも通わない訳ではないが、そもそも偏差値のクソ高いこの学園に入ることができるのはごくわずかなのだ。
と言っても裏口入学の噂とかは年中聞くらしいがな……。名誉のために言っておくが、私は実力で入ったからな。嫌々だったけどな。
いくら出世のためとはいえ、コネをつくるのも大変そうだ。同情を禁じ得ない。
っとまあ、話が逸れた。
要するに、金持ちが集まる学園なんだから誘拐とかのリスクは少なくしてあるよね!という父の計らいだろう、多分。これでも伊藤コーポレーションは明治以前から続く財閥の系譜を踏んでいる。家はかなりの旧家だ。金は本当に腐る程ある。紙幣は腐らないけどね。
全く……、父よ、娘の死亡フラグどうしてくれんだ。
私はまだ死にたかねえぞ。
机に突っ伏したままうーうー言っていると、ガラッと扉を開ける音がしたのでついそちらを向いてしまった。
で、私は固まった。
そこにいたのはこの世の全てを見下したような目をした黒髪の、退廃的な雰囲気の漂う美しい男子。
ーー荒野剋夜。
さらりとした長めの黒髪と夜空のように、どこか神秘性を持った黒い瞳。全身から発散する俺に近づくなオーラ。野生的に整った美貌ながら、官能的な表情をみせる事もある。
悪魔と人間の間に生まれたハーフで、人間嫌いの甚だしい俺様キャラ、……でよかったよな?我が妹よ。
お前が言うにはこいつと関わると私(悪役令嬢)はヒロインを虐め倒してある時ヒロインを傷付けられたことに逆上したこいつに大鎌で斬り殺されるんだったっけ?
なんてことだ!いきなり死亡エンドの可能性が高い攻略対象に会ってしまった。
動揺して早くなった心臓の鼓動を胸の上から押さえつける。
合気道や柔道などの護身術を習った私ではあるが、身体能力の次元が違うらしい攻略対象に真っ向から挑んで勝てるはずが無い。
運悪く攻略対象に出会わないように早く教室に来すぎた為、今教室には私しかいない。
過ぎた警戒心が裏目に出てしまったようだ。
ぎくりと固まった身体をゆっくりと伏せようとする。
あ、やべ。目が合った。
ちょ……待て!何で近付いてくる!?
お前が私に興味を持つのはまだ早いんだぁぁっ!!
ツカツカツカツカと足早に寄ってくる攻略対象ーー荒野剋夜は警戒する私に向かってその指先を伸ばすーー。