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8 伊藤家の食卓②

続きです。

よろしくお願いします。

伊藤成政いとうなりまさ

それは乙女ゲーム『救いの天使〜マイスイートエンジェル〜』に登場するキャラクター悪役令嬢、伊藤千鶴の父親である。

ゲーム内では、娘とは別に自身の会社の為に情け容赦のない手練手管を駆使して主人公ヒロインや攻略対象たちの妨害をしてくる事もあり、悉く好感度アップのイベントを潰してくることもあるという、ある意味悪役令嬢である伊藤千鶴を相手にするよりも対処に苦労するのだとか。

悪役より悪役とはこれ如何に?

一応記しておくが、攻略対象たちの実家は基本旧家でお金持ちだったり、大企業だったりする。

彼等はそもそも人間ではなく、身体能力を始めとした各種能力も高いのだから当たり前と言えば当たり前なのかも知れない。

財界などにも多大な影響力を持つ攻略対象たちとの結びつきを強めて利益を狙う、そのために娘を道具として使う。

利益の為に後暗い事も平気でやる。

自分にも他人にも厳しい冷血で冷徹な仕事の鬼、それが彼。

伊藤成政という男だ。


とはいえ。


今、ここにいる父は、伊藤成政は、今の私にとってはただのちょっと変わったいい父親である。

知っている範囲で後暗い事をしている様子はないし、妹から聞いた話とは全く違って娘を蔑ろにせず、むしろ鬱陶しいほど構ってくる。

どこをどう間違ったのか重度の親バカだ。

冷徹設定どこいった。

ーー本当にどうしてだろう。どうしてこうなった。

私はさっきまでとは違い、生き生きと朝ごはんを食べる父親を見やった。

すっかりあのどんよりとした雰囲気は消えて、普段の水滴り、香り立つほどの美男っぷりを取り戻しているようである。

食事をしているだけでもそこはかとない品が漂うのはもはや反則に近い。


「ちーちゃん、今日のご飯は旬の鰆なんだけどさ、これすっごく美味しいよ。僕が食べさせてあげようか!ほらこっち向いてちーちゃん、あーんしてあーん」

「黙って、父さん」

「ひどい!」


調子が戻ったばかりの父には悪いが、睨んで黙らせる。

こんなところが無ければかっこいいのに……。どこまでも残念な人である。

再び落ち込んだ父はとりあえず放っておこう。そのうち復活するさ。

それにしても……今日の朝ごはんのは鰆の西京焼きか……。確かにほくりとした香ばしい香りが漂ってくるな。

いい匂い。

お腹空いたな。

朝ごはんまだかな。

テーブルに頰杖をついた途端に


「お腹空いたー、なんて顔をされておりますね。お嬢様?」


と、耳に触れる程の距離で囁かれる女性の声。

いつものことなのでもう驚くことはないし、心情としてもお腹の具合としてもまさしくその通りではあるのだが、やはり心臓に悪いと思うのだ。


「いきなり声掛けるのやめてくれないかな川鵜さん……あと、心読まないで」

「だってお嬢様は、わかりやすくて、面白いんですもの、仕方ありませんわ。ほら、ご朝食をお持ちしましたよ、ね、お嬢様」


ふわり。

まるで朝露に濡れる露草の鮮やかな青色の髪を揺らして微笑むのは、朝ごはんを持ってきてくれたと思しきメイドさん。

白と黒のシンプルなデザインのメイド服と、ホワイトプリムが何故か抜群に似合う三十代後半のおっとりとした印象の女性だ。

彼女は言うまでもなく、この家で働いてもらっているメイドの川鵜さんである。

フルネームは川鵜翠かわうみどり。優しい旦那さんと可愛い二人の子供もいるというのは父の談である。

川鵜さんはワゴンに乗せた朝食をてきぱきと並べながら、独特の歌うような調子で話を続けていく。


「やっと仲直りをされたようで、良かったです。旦那様が落ち込まれているのは、私達としても、喜ばしいことではありませんので」

「いや……好きで喧嘩したわけじゃないんだが」


思わず苦言を呈すと、やれやれといった顔で肩をすくめられた。


「お嬢様も、旦那様も、強情っぱりですものね」

「……強情で悪かったな」

「拗ねないで下さいな、お嬢様」


はあ。川鵜さんと話していると自分の至らなさを思い知らされるようで辛いな。

私は箸をとり、まずは汁物に手をつける。

しっかりと出汁の味がする蛤の吸い物も、菜の花の胡麻和えも、甘めのだし巻き玉子も、メインの鰆の西京焼きも、どれも絶品だった。


「ごちそうさまでした……美味しかったよって伝えててくれ」

「はい、承りました♪」


椅子から立ち上がった私に川鵜さんは笑顔で頷いて椅子を引いてくれた。


「じゃあ行ってくる、父さん」


こうやって挨拶をするのも久しぶりだ。


「いってらしゃい、千鶴。テスト頑張ってね」

「うん………」


手を振って出て行こうとした私に掛けられた声は暖かい。

表情も柔らかくて、優しい。

それだけで、少し嬉しくなって自分は単純だなぁ、と呆れてしまう。

さて、今日も1日戦争だ。どんな手を使ってでも、どんな風になったって、生き残ってやろうじゃないか。




















アレ?

ていうか、さっき父さんテストって言ってたよな?

テスト………テスト………テスト。

つまりは試験?

……。

………。

…………………………あっ。












今日、テストじゃん。
















さあノー勉だよどうする千鶴!

学生の本分は勉強だぞ!

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