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「ナ、ナんだ!?」

 それは木製の扉が向こうから蹴り飛ばされる音だった。無残なほどに修復不可能な形に強制的に矯正された扉が、蝶番ごと外されて部屋の中に倒れ込んだ。

「んぎゃあ! 痛イ!」

 飯綱にのしかかっていた木下の足を、それが直撃した。軽々吹き飛んだ割には重厚な造りのようだ。じたばたしながら大袈裟に喚く糸目の男と何が起きたのか理解できない角ばった顔の男の前に現れたのは、仁王立ちする目だし帽の小柄な女性。

「……天城お姉さん?」

 花楓はそう判断した。一般的にもきっとそれが正しいのだろうが、しかし身内のはずの飯綱はそこにいるのが姉だとは信じたくなかった。なぜなら彼女から立ち上っているどす黒いオーラが、底冷えするほどの怒りの感情を顕現していたからだ。

 目だし帽でいくら顔を隠そうと、その身の内に秘めたものの大きさまでは隠し切れない。もっとも彼女は隠すつもりなど微塵もなくて、さらには手加減など一切なくそのまま相手にぶつけようとしていたから。

「ナんだてめえは! ソこで何してやが」

 金本は最後まで言葉を発することはできなかった。その場を蹴ってふわりと、だが素早い動きで自身の体を重力から解き放った天城の左足からの上段回し蹴りが、その突き出た頬骨に炸裂したからだ。蹴った勢いで体を一回転させた天城は一瞬だけ地に足をつけると再び飛び上がって、今度は右足による裏回し蹴りでかかとを同じ位置にお見舞いする。最初の一撃で既に戦意どころか意識すら喪失していた金本はさらなる追撃を幸運にも、まるで痛みを感じることなく、意識があったら絶対にできない女の子座りの姿勢で尻と頭部を同時に接地させるという妙技でもって、地面に沈んだ。

「ひいッ! 兄貴イ!」

「脳漿ぶちまけて死ね、クソくせえゴミ虫が。お前に息をする権限はない」

 呆気なく戦闘不能になった兄貴分を見てガタガタ震えだす木下に、天城が冷たく死刑宣告した。その声は、認めたくなかったが間違いなく姉のものであった。しかしその冷たさは、いつまでたっても飯綱の上からどかない木下自身が引き出したものでもあった。

「うおわあアアアアアアア! ちくしょオオオオオオオ」

 それでも必死になって木下は反撃を試みる。野生動物なら本能で逃げ出すところだというのに、彼にはそれすらも欠如しているのかもしれない。必死で立ち上がって、ポケットから飛び出しナイフを取り出して天城に向ける。どこかで見た光景だと思っている間に、ナイフを構えた木下が天城に突進した。

 だが天城はそれを軽くさばいて懐に入り込むと、強烈な膝を相手の腹部へと蹴り込んだ。耐え切れず、ナイフが手から滑り落ちる。

「ぐほっ」

 くの字に曲がった木下から一歩身を引いた天城は今度はそのうなじに向けて、腰のひねりを加えた肘鉄をお見舞いする。木下の口から何かしらの体液があふれ出たようだが、飯綱の位置からではよく見えない。ただ天城はそれでおしまいにすることなく、さらに足払いでいともたやすく男をあおむけに転ばせるとその鼻先にとどめの鉄拳を叩きこんだ。

 木下は声を上げる代わりに血を噴き上げることで白旗を上げることに成功したようで、天城の攻撃をそこで止めるに至った。だがだからといって彼女の怒りが収まっているかというとそうでもないことは、その背に立ち上っているものを見れば一目瞭然だった。

「ふぅぅ……」

 吐いた息すらもまだ暗黒の熱を漂わせていた。呆気にとられているらしく、花楓は一言も言葉を発することができないでいるようだ。つまりここで疑問を呈する役を負うのは、彼女の怒気にいくらか慣れている飯綱しかいないらしいので、仕方なくその運命に甘んじる。

「ねーちゃん……なんでここに?」

「心配だったから」

「いや……うん、えっとそうじゃなくて」

 弟の疑問に答える姉の声からは冷たさが拭われていた。だが心配はまず当然のこととしても、それはここに唐突に表れた理由にはならない。だからといって実の姉に向かってエスパーなのかとは聞けない。いくらきょうだいの絆が強いとはいえ、それはあまりに非現実的すぎた。

「分かったぞ飯綱、天城お姉さんはエスパーなんだ!」

「違うからちょっと黙って、花楓」

 合点したというように自信満々でそう断定する花楓に、同じ考えに至ったことがなぜか恥ずかしくなってそんな風に言ってしまう飯綱を、天城はほほえましげに見ていた。そして二人に近づいてきて、その手に掛けられている手錠を見つけてフリーズする。

「……」

「天城お姉さん? どうしたんです?」

「なぜ、こんなことを……? 目的はいっくんにいたずらをすることのはずなのに、なぜ花楓くんまで逃げられないように……はっ、まさか友人の目の前で見せつけてやるぜ的な」

「ねーちゃん」

 常人には聞き取れないような早口で、誰にも聞かせるつもりのない内容を反芻するかのごとく口の中でぶつぶつとつぶやいていた天城は、弟の鋭い声にはっと我に返る。取り乱してしまったことを恥じるように咳払いをしてしゃがみこむも、花楓は何が起きたのか理解できていないようにぽかんとしている。

「二人とも、大丈夫? ひどい目に遭ったわね。こんなものまでかけられて……これはちょっと私でも千切れないわね。どうしようかしら……」

 とってつけたように常識的なことを言いながら、手錠の鎖部分を持ち上げる。一緒に持ち上げられた手首はぴりっとした痛みを伝えてきて、散々暴れたせいでどうやら内側に擦り傷を作っているらしきことが伺えた。

「ねーちゃんなら、がんばれば千切れそうじゃない?」

「無理よ。だって私は一般人よりちょっと強いだけの女の子だもの……」

「二十二なのに。いたっ」

 歳を言ったらデコピンされた。確かに彼女は彼女基準でちょっと強いだけだが、一般的な範囲で考えた場合の『ちょっと強い』程度で、不意を突いたとしても大の男二人を沈めることができるだろうか。

「天城お姉さんって何者?」

「まあ、恥ずかしいわ」

「空手の有段者だよ……」

 本当は言いたくなかったのだが、目の前であれだけ見せつけられては秘することはできそうにない。花楓相手に何を恥じらうのか口を濁した天城に代わって、飯綱が答える。まさかとは思うが本当の本当に、姉の中で感情の化学変化が起きてやしないだろうか。まあ別に花楓相手ならいいのだけど、それでもいつか災難に変わるのではないかとやっぱりハラハラしてしまう。

「ゆ、有段者?」

「そう。だから素人相手に暴力振るったら駄目なんだよね……ほんとは」

「いいのよ。正当防衛だわ。それにとっくに辞めてるし、後半は空手関係なくただの暴力だったし」

「そういう問題?」

「間違えたわ、ただの正義の暴力」

「そういう問題じゃない」

 それでも家で時々トレーニングしているのを知っている飯綱は、二段保持者にふさわしい能力が未だ健在であることも分かっていた。もっともそれも自らの身を守るための技だ。普通は延髄狙いなどもってのほかだし、顔の中心に向かってとどめを刺したりしない。

 今でこそ辞めているが、まだ道場に通っていた頃ですら彼女はそれを素人相手に繰り出すことにためらいはなかった。ためらっていたら天城は今頃命を落としていただろう。道場の師範は見て見ぬふりをしてくれたが、心苦しくなって天城は二段に達したところで辞めてしまった。

 そうして撃退した中には、相談しに行ったはずの警察で彼女の魅力に取りつかれた男もいた。

 つまり現職の警察官をも沈めていたのだ。以降、警察においそれと頼ることができなくなってしまった。女子高生に沈められたストーカー警察官はそれを明るみにしなかったので、天城がしたことは当事者以外知らないのだが。

「はー、すげえなあ……エスパーで有段者なんて」

「だからそれ違うって。実際はどうなの? どうしてここが分かったの? ていうかここ、どこ?」

 飯綱に言われたからではないだろうが、天城は天城なりにがんばって鎖を千切ろうと努力を重ねていたようだが、諦めてそれから手を放した。技は鋭くとも怪力ではないのだ。支えを失った二つの手がぽてりと地面に落ちる。

「なんてことないわ。花楓くんのアイフォンを追跡したの。アイクラウドで」

 それは携帯電話の現在位置を把握するためのサイトだった。本来は紛失した時に遠隔操作でロックしたりするために使うものなのだが、スマートでない携帯電話すら所持しない飯綱にはまるで想像もつかない世界のことだった。

「えっ、俺の? でもあれってIDとパスワードがいるんじゃ……」

「赤外線で交換したでしょ、アドレス」

「いや、しましたけど、パスワードまではしてないですよね?」

「すぐ分かったわよ。もちろん何度か試したけどね。割と簡単だったから、変えた方がいいかも」

「ええ~……」

 パスワードが簡単に割れたことや、それを強硬手段として使った天城の非人道的な行為などどこ吹く風で、花楓は「めんどくさいよぅ」とつぶやいている。

「ねーちゃん、なんでそんなことしたの?」

 真面目に質問したのに、天城はふいと目をそらした。そしてぼそりと聞き取りづらい声で言う。

「ホテルに行くんじゃないかと思って」

「行かないよ?」

 悪びれもせず答える天城を見ていると、やはり花楓への感情の流れなど皆無なのではと考えを改めざるを得ない。彼女は根っからの腐女子だ。弟を餌に欲するほどの。

「行かなかったわね。でもゲームを買いに行ったはずなのに全然違う方向に行っちゃってずっと止まってるから期待、いえ、心配になって千歳兄に相談したら、治安の悪い危ない地区だって言うから。いっくんがそんなところへ行く理由なんかないもの」

「にーちゃんが?」

 そのとき重戦車が転がり落ちてくるようなすさまじい足音が反響した。地下だから響き易いなどとのんきなことを言う天城の後ろに現れたのは、千歳だった。

「天城! 飯綱! 無事!?」

 走ってきたのか、化粧は汗で乱れ綺麗にセットしたはずの髪もひどい荒れようだった。半分男に戻っていて、化け物のそしりを免れないような姿になっている。

「千歳お兄さん、俺もいます」

「ああ、そうね」

「にーちゃん、同伴デートは?」

 時刻は分からないが、そもそも同伴というからには一緒に店まで行くはずである。だが兄の恰好はどう見ても仕事を終えているとは思えない。

「そんなもの、してられないでしょ。ただでさえ心配で気もそぞろだったって言うのに、いーくんが大変だったんだもの。そしてこれはどういう状況なの? 天城、あんたがやったのね? 危険は脱したの?」

「にーちゃん、これどうにかなる?」

 こくんと頷く天城から、兄は視線を弟に移した。その間に床に倒れ伏している男たちも目に入ったはずだが、ピクリとも動かない彼らに対して妹が過剰防衛働いたとは思わなかったようだ。無視して、手錠を見る。

「あら、これはプロに任せた方がいいわね。警察、呼ぶわよ」

「絶対『またお前か』って顔するわよ……」

「何よぉ、今日はアタシじゃないわよ。天城でしょ」

 通報を終えた千歳は、万が一悪党が目を覚まして反撃したりしないようにと、気絶している男を踏みつけながら手錠に繋がれた弟たちを眺め悩ましげなため息をついた。

「仲いいわねぇ、あんたたち」

「仲良しの証に見えるの? これ」

「え、仲良しは仲良しだろ?」

 筆舌に尽くしがたいほどひどい目に遭っているはずなのに、けろりとしている花楓を睨もうとして、飯綱は諦めた。むしろ何も悪くないのに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。

「むしろ俺は、飯綱がお兄さんお姉さんと仲良しで羨ましいよ」

「やだわ、花楓くん。アタシ『お姉さん』よ」

「にーちゃん、往生際悪い」

「千歳兄は千歳兄よ……」

「もう、あんたたちまで!」

 薄暗く湿った陰気な小部屋が、一瞬で和気あいあいとした雰囲気に包まれた。さっきまで殺伐として、飯綱に至っては変態の手にかかろうとしていたというのに、そんなことはなかったと言わんばかりだ。すぐ側には天城が片づけた悪党だって転がっていて、手錠で擦れた手首はぴりぴりと痛むというのに。

「残念なねーちゃんたちだよ」

 羨ましいと言う花楓に遅れて答えを返した飯綱だったが、花楓はと言えばきょとんとした顔を向けるばかりだ。この状況で逃げたいとも思っていないらしいその肝の座り方を見れば、彼もある意味相当『残念』であるのだけど。



「目だし帽かぶってあそこまで来た天城お姉さんってすごくね?」

 日野本家でレトロゲームに興じながら、花楓はあっけらかんとそんなことを言った。確かに彼女の現実の男性への怯えを知っていればその中を駆けてきたというのは『すごい』に値するが、問題はそこではない。

 あの後警察が駆け付けた瞬間に、天城は千歳の背後に隠れて縮こまってしまった。予想通り「またあんたらか」というお言葉を頂戴したものの、やりすぎという指導を受けたのも千歳で、結局天城は一言も声を発することがなかったのだ。手錠まで使用した悪質な誘拐監禁が先に来ていたので口頭で叱る程度で済んだのだが、どうやら金本と木下には余罪があるのだそうで、千歳を追及するのはお門違いと判断されたようだ。

 その天城は目だし帽を辞めて、マスクとサングラス姿になっていた。

「俺、何か悪いこと言って怒らせたかな……」

「いや、あれ分かりづらいけどねーちゃんなりに気を許してるんだと思う」

 肌の露出部分が増えているのだからきっとそうだろう。人相は分かりにくいままだが。

 それにしても花楓である。あれだけの目に遭ったのだから、PTSDとまでいかなくとももっと何かあってもよさそうなものなのに、何ら変化も見られない。いつも通りで、それはそれで飯綱にはありがたいのだが、こいつの精神はいったいどうなっているのかと不思議に思う。見た目よりずっとハードな人生を歩んできたのかと思えばそうでもなさそうだし。

「花楓くんて、柳みたいよねえ」

「え? なんですかそれ」

 支度を整えた出勤前の千歳が部屋から出てきてそんなことを言った。今日もばっちり決まっている。どこからどう見ても立派なオカマぶりだった。

「いいのよ、気にしないで。ところで確認しておきたいんだけど、花楓くん」

 長身の千歳に覗き込まれたため、花楓は慌ててゲームを中断して正座する。

「あんた、飯綱に特別な感情を持ってたりしないでしょうね?」

「にーちゃん、何言い出すの」

「特別と聞いて」

「ねーちゃんまで」

 千歳は真剣な顔つきだった。天城は違うところに興味をそそられているようだが。問われた意味が分からないのか、花楓は首をかしげている。

「特別と言えば、特別です。俺、こいつ以上に気の合う友達っていないし。親友って言ってもいいぐらいです。あ、俺が勝手に思ってるだけだけど」

 親友と言われて、飯綱の心に恥ずかしいけれど確かな、じんわりとした温かみが広がった。今まで誰ともそれほどまでに深い付き合いをしたことがなかったからだ。あんなひどい体験を経ているのに、それでも離れないでいてくれる。その寛容さに、どれだけ救われているか知れない。

 千歳は厳しげな顔つきを緩めた。

「そうね。あんたなら大丈夫だと思うわ。いーくんのこと、よろしくね。そんな花楓くんだから言っておくんだけど、アタシたちがストーカーに悩まされてきたって言う話は聞いているかしら?」

「はい、飯綱から」

 兄は何を話す気だろう。神妙な口ぶりに、思わず飯綱も注目する。

「いーくんだけは違うと思ってたの。アタシたちと違って、普通の人生を歩める子だってね。でも残念ながらそうじゃなかったみたい。いーくんは……ハイブリッドな究極型、同性を引き寄せちゃうタイプじゃないかってこと」

「え?」

「はあ?」

 訳が分からないと言う顔をする飯綱と花楓を見ながら、天城がぽつんとこぼした。

「あの男たち、家に来たわ。いっくん、ストーキングされてたのよ」

 彼女が言うのは、彼女が叩きのめした男のことだろう。どうやら彼女が追い払った訪問販売員を装っていたのが、彼ららしい。

「でもあれは僕らが何か聞いてたとか言う……」

「最初の目的はそれでも、途中で変わったんじゃないかしら。口封じが目的の拉致監禁なら、どうしてさっさと殺さなかったの? どうしていっくんの上に乗っかってたの……?」

 天城の小柄な体から再び暗黒の炎が立ち上りそうになっていた。花楓と飯綱が仲よくしている分にはいいが、変態が弟に害をなそうとするのは許せないらしい。まあ花楓は、飯綱に害はなさないからだろうけれど。

「今まではなかったけど、きっといっくんが高校生になったこととか、友達ができたことで、質が変わっちゃったんだわ……」

「アタシもそう思うわ。だから花楓くん」

 キュートなネイルを施された千歳の大きくてごつい手が、がっしりと花楓の肩を掴んだ。身動きの一切を封じられた彼は、迫力で圧死させようと目論んでいそうな兄を見上げるしかない。

「くれぐれもよろしく頼むわね?」

「夜路死苦……」

「は、はいっ! 命に代えましても守り抜く所存であります!」

 天城の圧力も加わり、花楓は拳を心臓に打ち付けるポーズで忠誠を示したが、飯綱には何か違う気がしてならなかった。兄姉は、そうなってくれるなと告げながらも、同時に守ってやれと言っているのだ。そこまで弱い存在ではないつもりだ。力は全然ないけれど。

「まあでも案外、制服効果で高校卒業しちゃったらなくなるかもしれないからねぇ」

「どうかしら、油断は禁物よ……」

 言いたいことだけ言って、兄と姉はいなくなった。千歳は出勤、天城は部屋へ籠っただけだから家の中に入るが、急に不可視の圧力から解放されたように、花楓は体中から力を抜いた。

「うおお、責任重大……!」

「いや、そんなに気負わなくていいから。なんでか二回連続でぶち当たったけど」

「俺は大丈夫だ、飯綱。だってお前のが大変だもんな。でも困ったなー。ノーマルの奴が急に目覚めることもあるのかな? でも学校じゃあないしなあ。あ、そうだ、彼女作ればいいんじゃね? 女の子はストーカー化しないんだし」

「そうだね……」

 彼女彼女と花楓は気軽に言うが、今の段階で彼以外に新たな人間関係を構築する気はなかった。打ちのめされていて、気力が湧かないのだ。

 今まで兄や姉を散々残念だと言い続けてきたのは、自分だけはそうではないと思ってきたからだった。が、たった今、それが決壊した。彼にも紛れもなく同じシステムが組み込まれているのだ。それは平凡が取り柄だった今ここにはいない母親ではなく、父親から受け継いだものとしか思えなかった。

「そういえば、飯綱んとこって共働き? 親御さん見ないけど」

「かーさんは出てった。とーさんは海自だから、ほとんど海の上」

「何ソレ、かっけえ」

 目を輝かせる花楓と父親の話をしながら再びゲームに興じていると、残念なことなどどこにもなくて、平和と幸せに囲まれた優しい現実だけがそこにあるような気がして、飯綱の頬には自然と笑みがこぼれてくるのだった。


End


コバルトに投稿するも、出すとこ間違えた感。

結果は察してください。

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