序章 2
私の名前はシャーロット。シャーロット・ジュベルと申します。
幼い時に母を庶民の女に殺され、今はお父様と王都の屋敷ですごしています。
去年15歳になりました。もうじきマティスカバネル学園に入学することになっています。
「シャーロットよ。入学に向けての準備は済んだか?」
「はい、お父様。何も問題ありませんわ」
お父様はボリス・ジュベル。ジュベル公爵家の当主です。今では歳を取りお腹も出ていますが、若いときは婚約の申し込みが引切り無しに来るほどに女性からおもてになったそうです。
「前から言っているが、お前はジュベル公爵家の娘だ。それを肝に銘じ、行動しなさい」
「わかってますわ。ジュベルの名に泥を塗るような真似は致しません」
「ならば言うことはない。明日からしばらく家を空ける。あとのことはギーに任せてあるから、わからないことは彼に聞くように」
ギーというのはお父様に仕える家令のことです。お父様が留守の間、ジュベル公爵家のことは全て彼が仕切ることになっています。
年は60手前で髪は白髪交じりのグレー。物腰が柔らかく有能な男なのですが、時折をお父様の背中ににらむような視線を向けていることがあります。
私にはとてもよくしてくれていますが、お父様とは仲が悪いのでしょうか?
「わたくしにはジルダがいますから、大丈夫ですわ」
ジルダは私就きのメイドです。元はどこぞの男爵の娘だったようですが、家が没落した時に丁度メイドを探していたのもあって拾いあげたのです。
歳は22、元貴族ですから見た目も悪くないですしそろそろ結婚してもいいと思うのですが、私のメイドを辞める気はないそうです。
「シャーロット様、そろそろ出ませんと約束に遅れてしまいます」
「まあ、もうそんな時間ですの?では、お父様これで」
「ああ」
お父様の部屋を後にして屋敷を出ます。ジルダが待たせていた馬車に乗り込むと、馬車は今日の目的である宝飾品のお店へ向かい走り出しました。
「シャーロット様、着いたようです」
「ええ」
ジルダに手を引かれ馬車を降ります。庶民がこちらを遠巻きに見ていますが、当然近寄ってくる者はおりません。
王都は貴族と庶民の住む場所が区切られていないので仕方ないのですが、不躾な視線を浴びせられるのは不快で仕方ありません。区画整理をして欲しいものですが、王はそういった要求を庶民の暮らしの為にと拒否しているようです。
庶民の暮らしなど気にすることは無いと思うのですが……。
「シャーロット様っ!!」
「「きゃあっ!?」」
考え事をしていた私は気づかず誰かにぶつかられてしまったようです。
「シャーロット様、お怪我はありませんか?」
「ありがとう、ジルダ」
「いえ」
ジルダが差し伸べた手を取って立ち上がります。服が汚れてしまいました。明日、職人を呼んで新しい物を注文しなくては。
「あいたたた。ごめんなさい、私の不注意で」
私にぶつかってきたのはみすぼらしい格好をした庶民の女でした。
「いいえ、こんな野良犬もくらすような場所で、気を抜いていたわたくしがいけなかったの。本当に申し訳ないわ」
もちろん嫌味です。私が庶民に謝るなどあるはずがありませんから。
なのに。
それなのに。
庶民の女はなぜか口角を上げると、私にしか聞こえない声で
「そうしていられるのも今のうちだけよ」
といったのです。
その瞬間、私は男運の悪い元社長秘書だった前世のことを思い出しました。
「ジルダ、今日は帰ります」
そうジルダに伝え私は馬車に乗り込みます。
「お店には寄らないのですか?」
「寄りません。すぐに馬車を出して」
走り出す馬車の中で私はここが前世で遊んだ乙女ゲーム
『あなたを支えたい ~レナーク王国 愛と政争の記録~』
の世界だと、そして私がいずれ修道院送りになる悪役だと気づいたのです。
「――ふふふ」
「シャーロット様?」
私はこみ上げてくる笑いが抑えられませんでした。
「くーくっく、あーっはっはっはっ…………」
「シャーロット様!? どうしたのですかシャーロット様!?」
馬車が屋敷に着くまで私は笑い続けました。