6 少年と少女と、部活の部長。
八つ当たりも兼ねて泉に向かって色々と文句を言いたかったが…その泉から貰ったお菓子を食べたら、少し落ち着いた。人間、お腹が空いていたり疲れていたりすると、カリカリしやすくなるのだなぁ…と、改めて再確認した。
「さぁ、時雨。まだまだお悩み相談はあるからな…時雨の現実逃避がてら、頑張るぞ。」
「一言二言余計だが…まぁ、同意せんでもない。頑張るか。」
頑張るぞ…っと言った手前から、生徒からお悩みが書かれた用紙を、適当に一枚取る。…現実逃避がてらって泉も言ったし、最初か最後のを見るのも芸がないと思ったので…取り敢えず、くじ引きみたいに適当に真ん中の方から取った。…今だけ、この用紙が十枚以上あって助かったと思った事はないだろうな…。
「えっと、何々?…『女の子が女の子を好きになった場合「こちらではお答えしかねる問題でしたので、他を当たってくださいってお手紙書くか。」まだ言い掛けてるのに被せてくるとか…想像以上に、反応が早かったな?」
「逆に聞くが…時雨は、私が被せなかったらどんな気分になっていた?」
「それは、多分泉が思っている様な感じだと思うが…それにしては、やけに容赦ない回答だな。同じ恋愛系でも、多少は丁寧に答えるのに。」
「…次の悩みに行くぞ、次。」
泉にしては、珍しく強制的に会話を切り上げたな…まぁ確かに、俺もこれ以上この話題に触れたい訳ではなかったが…現実逃避するには、ちょっとテーマが俺の手には負えないな。
「ふぅむ…デートに着ていく服、Aが良いかBが良いか…どっちが良いでしょうだと。どっちも自分的には好きで、どっちにしても彼氏の私服にも合うと思うのだが、だか尚更、どっちを着て行ったら良いか分からず悩んでいるらしい。因みに、デートは遊園地。」
おお!!これは確かに、泉より男である俺が答えた方が良いかもな。少なくとも女子より、客観的な一般的な男子高校生の意見は必要だろう。
どうやら、用紙に服の写真も付いていたらしく…泉が二枚の写真を、俺の前に出してきた。
「ん〜…Aの方は、可愛らしい白いワンピースに、ウェストの所に明るい茶色のベルト着けて、上は春らしいパステルグリーンのカーディガンか…で、Bは暗めな色のシフォン素材のブラウスに、白のショートパンツ…ん〜、どっちもシンプルだけど、十分女の子らしくて可愛いと思うけどなぁ。」
少なくとも、今俺と一緒に悩み相談をしている幼馴染みの私服より、大分マシだと思う。…泉、私服じゃあまり肌出した服やスカートの類いを着ないからなぁ…元の素材良いから、絶対似合うと思うのに。
「強いていうなら、前者の方がいざと言う天候の変化にも対応出来るって所か。」
「ああ、そういうのも考えないといけないんだっけ…女の子って、大変だよなぁ。」
「私も相談者と同じ性別だから、一概にはそうとも言えないんだが…確かに、オシャレに気を使う女子は大変だな。じゃあ、私達はAをオススメするか。」
…軽く皮肉を込めて言ったつもりなのに、泉にキレイに返されてしまった。…全く、そう言うなら泉もこの相談者さんを見習って、オシャレをすれば良いのに。まぁ、無理にとは言わないが。
もう一言ぐらい皮肉を言ってやろうかと、俺が口を開こうとした時…今度は、ドアが壊れるんじゃないかって程強い勢いではないものの、大きな音が出るぐらいには勢い良く部室のドアが開いた。
「ごめーんっ、現地でお悩み解決してたら、遅くなっちゃった!!…って、今来てるのは二人だけなの!?もー、確かに今日は全体集合の日ではないにしても、しー君やいずっちゃんを見習って、ちゃんと集まるべきだよね!!ってな訳で、二人にはゴホービとして、私特製のカップケーキとハーブティーを贈呈しまーすっ!!」
開いてすぐに出てきた小柄な少女…その体躯に似合わない活発なエネルギーを言葉として炸裂させながら、俺らの前に、可愛らしいビニールの袋に入ったカップケーキと、紙コップに入ったハーブティーが出されていた。
…因みに『しー君』が俺で、『いずっちゃん』が泉の事である。…この人は、部員を――しかも下の名前を捩ったアダ名を考え、呼ぶのだ。俺らの他にもまだ、このボランティア部の部員は居るのだが…この人は、その部員全員にアダ名を付けている。
入部当初は恥ずかしいと思ったが、ここまで来たら慣れてきた…諦めたと言うのが、本音だ。
「もう、部長…人助けをするのは一向に構いませんが、そんなに力一杯ドアを開かれてはドアが壊れてしまいますよ?」
「大丈夫だって〜。私みたいな非力な女の子が、ドアを壊すなんて無理無理〜。…でも、本当にガタガタしてきたね…修理屋さん呼ぶべきかなしー君?」
「そうですね…壊れてからでは遅いですから、早めに先生に言った方が言いかもしれませんね。」
先程のドワーフの少年のせいか、もともとガタがきていたのもあるからか、部長が開いた時には、部室のドアの立て付けが随分悪くなっていた。
…この、一見すれば中等部の生徒と見間違えてしまう程小柄で幼い印象を受けるのが、彼女は紛う事なき我がボランティア部の部長で、国立国際魔法学園高等部三年生の、リディア・テイラーなのである。…去年、入部してすぐの初対面の時に、自分より一つ上の先輩知らずに中等部に案内しそうになったのは、俺にしても部長にしても良い思い出になりつつある。
部長曰く、『私がこれ程幼くて小柄なのは、私がフェアリーだからだよ!!ほら、髪の毛で隠れちゃってるけど、耳だって尖ってるでしょ?』だそうだが…言動から察するに、精神的にも少し幼い様に思えるのは…部長に言わない方が良いのだろう。
「そうだねぇ…じゃあ、私が後で顧問の先生に伝えておくよ。っと…おおっ、二人とも真面目にお悩み相談に精を出してるねっ!!」
「部室に来ても、これしかやることありませんから…それに、この部活でする事は人のお役に立つ仕事なので、やりがいありますし。」
「もう…しー君は生徒会もあるのに、頑張るね。偉いぞー!!私内部受験組だけど、しー君見習って勉強もお悩み相談も頑張ろっ!!」
…年下にしか見えない部長に誉められても、嬉しいより微笑ましい気持ちになってしまうのだが、これを素直に口にしない。部長がヘソを曲げてしまったら、困るのは俺ら平部員なのだ。
「…部長って、内部受験組なんですか?」
「ん?いずっちゃんに言ってなかったっけ?私が大学卒業してから、本国に帰るか決めようかと思って。両親も、それで納得してくれたよ?…あっ、そうだそうだ、そうだった!!今日も今日で、部室に籠っていないで現地に赴いてお悩み解決しにいくよ!!」
そう言うと、部長は俺と泉の手首を掴んでニッコリ笑った。…この笑顔をする時は、本当の本当に都合が悪い時以外だと断れない事を、俺も泉も知っているので…溜め息を吐きそうになるのを堪え、部長にせめてもの抵抗で苦笑いを向ける。こんなんで自分の考えが鈍る程、甘い人ではないのは知っているが…それでも、俺も泉も苦笑いせずにはいられなかった。
…妹が居たらこんな感じなのかと、頭の片隅で少し考えた。俺も泉も下に妹も弟も居ないから、分からないのだが…漠然と、これと近い感じなのかと思った。相手は、年下にしか見えないが年上だと言うのに。
「…カップケーキとハーブティーを食した後じゃ、いけませんか?」
「あっ!!…むぅ、分かった。五分…いや、十分待ってあげる。」
部長が自ら配ったお菓子とお茶に目を着けた泉のファインプレーにより、部長に引っ張られながら馬車馬のように働くのは、今から十分後になった。…五分から増えたのは、多少部長にも思う所があったのだろう。