16 少女と、励ましとお説教。
フルール君は、当たり前ながら私の言葉にすぐには返事をしなかった。彼には彼の考えがあるのだし、当然だ。
誰だって玉砕する可能性がある事を率先してやりたくはない。私だって、そりゃ面倒事なら早く片付くのに越したことはないが、だからと言って今まで良好に築いていた関係を、もしかしたらもうその関係に戻れなくなってしまうリスクを背負ってまで変えたくない。自分が苦しむだけなら、片思いのままで居るだろう。
とは言え、私はまだ恋をした事ないし、これから恋をするか分からないのだけど。
「…アンタ、何が言いたいんだ。…です。」
「言っただろう、部外者って。私は君が敬意を払うに値するかもわからない存在だ。君が私の言葉を真に受ける道理はない。だけど、言わせてほしい。私は、君が羨ましいよ。」
「…羨ましい?」
私の言葉に、フルール君が怪訝そうな目を向ける。その事に、私の心臓は緊張で早鐘を打ち始めた。頭の一部が逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
それでも、私は手を握り締めて口を開く。
伝えないといけないと思った。頭の中を整理しながら言葉を口に出していくのは、上手く言葉が思い付かないで焦って、たどたどしくなるが、それをどうにか抑えて口にする。
考えるより先に行動してしまう、そんな…リーディア先輩もだけれど、そんな素直な事が出来るのは、確かに短所でもあるだろうが、同じくらい素晴らしい才能だと思う。色々と考えすぎて身動き取れなくなるより、手を出す事に臆病になって関わらないようにするより。
私にも割りと考えなしな所はあるけど、でも多分、私とリーディア先輩やフルール君とでは、何かが違うんだと思う。私はあんなに真っ直ぐな気持ちで全力で頑張れない。自分の気持ちに素直に向き合えない。
「私は、君が羨ましい。そうやって全力になれるその姿が、羨ましいよ。私はいつも、立ち止まってしまうから。諦めてしまうから。…だから、羨ましい。後輩とか、今回の事とか置いておくとして…ね。」
前半が思った以上に回りくどい表現になったけど、後半に私の思いを出来るだけダイレクトな表現で言葉にした。…しかし、当たり前ながらダイレクトな表現と言うのはかなり恥ずかしい。
言葉にした後、全身から熱が吹き出す様な感覚に襲われる。声には出てないだろうが、見る人が見たら顔は赤くなってるだろうし、現に私は喉がカラカラに渇いて気持ち悪い。
一応思ってる事は言えたと思うけど、ちゃんとした意味でフルール君に伝わったかどうか…ああ、喉はカラカラだと言うのに、何か背中に変な汗出てきた。その水分を喉に持ってこいよ、私の体。
「…何自分で言って照れてるんだ、泉。」
焦りでフリーズ寸前の私の頭に時雨の言葉が鎮静剤の様に静かに染み入って、少しだけ思考力が戻る感覚がする。…うん、少し落ち着いたかもしれない。
「仕方ないだろ、慣れない事をしたんだから。」
「はぁ…。」
…何か、そうあからさまに溜め息吐かれると腹が立つな。人がこんなに一生懸命になりながら真面目な話をしたと言うのに。
溜め息吐きたいのはこっちだと言いたいが、これ以上私が喋るのは憚れて、その代わりにギリッと時雨を睨み付ける。余り意味はないが、抗議の気持ちは伝わるだろう。
「くくっ…まぁ、なんだ。我々はまだまだ子供なんだ。間違い、迷い、悩むのが仕事みたいなモノさ。」
意味はないと分かっていても、懲りずにギリギリと時雨を睨み付けていたら、それまで沈黙を守っていた生徒会長が、何やら愉快なものを見た様な雰囲気でフォローをしてくれた。…うん、有り難いけど何故に笑ったのだろう。そんなに見てられなかったのだろうか。私の言葉が面白かったのだろうか。
「間違い、悩み、迷った事で何かを得たのなら、間違うのも、迷うのも、悩むのも、そう悪くないだろう?まぁ何も得れなかったとしても、将来何の役に立たなかったとしても、今はまだ…少なくとも今回の様な問題は、間違えてもそれ程痛くはないさ。運が良い事に…ね。」
確かに…今回はたまたま上手くいったけど、今思えばあの戦いは、どちらも流血沙汰になっても可笑しくない状況だった。
多分相当な事がない限りやらないだろうが、時雨がその気になれば文字通りフルール君を再起不能にだって出来ただろうし、ドワーフ種の力で繰り出された一撃がもし時雨に当たっていたとしたら…考えるだけで恐ろしい。
「俺、俺は……。」
「先程汐田君は羨ましいと言ったけど、それでもやっぱり考えなしだったのは否めないよ。君達の基準で物事を計るんじゃあない。人の言葉に耳を傾けたまえ。私達のフォローにも限界がある。何かがあってからじゃ、遅いんだ。」
フルール君の言葉を遮って、生徒会長は言葉を続ける。穏やかな口調だったが、その言葉には確かに叱責の重さがあった。
それは流石上級生とも言えたし、教師さながらとも言えた。そして、もしかしたら親…それ以上の人が掛ける重さだったかもしれない。その言葉には確かに、時間ではない重みがあった。…過去に何かあったのだろうかと、思わず詮索しそうになる程度には。
まぁ何にせよ…凄いなぁ、生徒会長。来期この人の代わりを務める人に早くも同情してしまうくらい、今私達の目の前に立っている人は『生徒会長』という役職にピッタリに思えた。この人みたいに人の上に立てて、引っ張れて、渡り合える人材は、そうは居ないだろう。…もしくは、エルフという種族は皆こうも早熟なのだろうか。
「何と言うか、先輩はなるべくして生徒会長になったって感じがします。」
時雨の言葉に、私は頷きで同調する。そうとしか思えなかったから。
「ありがとう、面と向かってそう言われると嬉しいよ。…っと、私達が余り長居をしてもいけないね。また何か島津君に話したい事があったら、今度は生徒会室に来ると良い。歓迎するよ。」
何やら良い匂いのする髪の毛を翻しながら、生徒会長は保健室の扉へ向かう。慌てて私と時雨も後ろへ続く。
「あっ、そうだフルール君に島津君。先生曰く、反省文五枚で手を打つとの事だ。」
その言葉にフルール君も時雨もそろって苦虫を噛んだみたいな顔で「うげっ。」と声を上げて、そんな示し合わせた様な状況に、私と生徒会長は思わず吹き出してしまった。




