12 少年と、少女の何気ない行動。
泉が保健室へ向かって暫くして、制服のポケットに入れていた俺のスマホが、短く、でもたしかに一回振動した。
電話かもしれない…と、本能的にそう思ってしまった俺は、大体ワンコールぐらいの間でスマホを取りだし、我ながら誉めたいぐらい素早くスマホを確認したら、電話ではなく泉からメッセージが入っていて…保健の先生居たから来れば?って旨が書いてあった。
急いで伝えようとしているらしく、予測変換をバリバリ活用した、いつもより丁寧なメッセージ…なんかそれが泉らしくて、ちょっとクスリと笑ってしまった。
と言うか、どうして俺が、泉からの連絡を電話を連想してしまったか。基本的に泉は、親しい人達には文章のやり取りよりは電話を好む傾向に、もっと言えば、身近な人なら会って話す傾向にあるから。俺とか、お隣さんだしね。
にしても…メッセージの内容自体が面白い訳でもないし、そもそも別に笑う場面でもないし、泉も笑わせる気なんて更々ないだろうけど…でも、何て言うのかな。この簡潔な、勝手知ったる間に送るには大分丁寧な文を読んでいると、心の奥が暖かくなって、くすぐったいけど、笑顔が自然と溢れてくるなぁ…。何か、今まで無意識に張り詰めていたモノがなくなって、いつもの自分に戻れた気がする。
何か肩の荷が軽くなる、手抜きだけど暖かい気持ちになる泉からのメッセージも来たことだし、一つ深く呼吸をして、ドワーフの彼を保健室まで運ぼうか。
…お姫様だっことか、俵担ぎとか、運ばれる側が恥ずかしくなったり、運んでる時に、運ばれている相手が気分悪くなったりするのはしません。さっき殴ってしまった手前、これ以上は彼にダメージを与えたくない。…倒したい相手に保健室まで運ばれるって言うのも中々くるものがあるけど、今は緊急事態だから。
もしこの状況を目撃したドワーフ君の友人が、ドワーフ君にこの事を言ったとしたら…ホントお願いだから、運んだ事は多目に見てほしい。
君は俺に負けたけど、君の両足や脇の下に腕を引っ掻けて、君を引きずる訳にはいかないよ。俺そこまで人でなしじゃない…って、何で誰も聞いてないし、聞こえていない言い訳を今してるんだろう。…この言い訳を言うかもしれないのは、後日だろうに。
謎の恥ずかしさと脱力感を無視して、一人でちょっと大変だったけど…どうにかドワーフ君を背負って、俺は保健室へ向かう事にした。
…少し気になったのだが、誰も俺に手助けをしてくれないのは、戦闘直後でそこまで気が回らないからだろうか…だとしたら、寧ろあの状態でまともに動けた泉の方が可笑しいのか?
泉本人に言ったら、かなり怒られそうだし、実際有り難かったから言わないけど。でも、出来れば手助けしてくれたら嬉しいなぁ、って思わなくもない訳で…女々しいかな、俺。
ああ…今度、今日のお礼に、たとえ泉が嫌がったりしても、泉の好きなご飯奢ろうかな。それぐらいに、俺の手助けをしてくれたのは有り難かった。
でも、俺の予想に反して、保健室へ向かう時の泉の時と同じく、俺が通ろうとしたら人混みがサッと引くのは何なんだろう?俺、そんなにさっき怖かったのかな…そうだとしたら、ちょっとショックかもしれない。いや、確かに端から見たら弱い者イジメにみえなくもないし、顎に一発喰らわせるのは怖いかもしれないけどさ。
「ち、ちょっと、島津君!?」
「へ?…ああ、安永先生。どうかしましたか?」
今日の審判…とか、諸々の役割があるらしいソレをしてくれた安永先生が、何でか慌てて俺を呼び止めた。…勝負内容があんなんだし、決着直後に動けたのが泉だったりと、周りの野次馬にバッチリ溶け込んでいて、審判らしい事はしていなかった気がするのは言わない方が良いだろうな。多分、俺も安永先生と同じ立場になったらああなるだろうし。
「どうしたって言うか…まず、彼をどこに?」
「いや、さっきの戦いで顎に軽く…いや、普通に一発入れたんで、念の為に保健室へ向かおうかと…何か問題あります?」
「い、いやっ!!決して問題とかそんなんではないのだが…その、何か……すまん、ちょっと島津君を疑ってしまった自分が居たんだ。」
どう疑ったかは聞かないけど…流石に俺、意識ない相手を隠れてさらにボコボコにする趣味ないんですが安永先生…。と言うか、安永先生の中での俺って、そう言う事をするイメージなのか?普段はそんなにアグレッシブではないと思うんだけど…それを思っているのは本人だけとか、そんな悲しいパターン?
…もしくは、さっきの戦いから変に想像してしまったのかな?でも俺、戦闘しても性格入れ替わったりしませんよ?至って正常、二重人格って訳でもありませんし…って、今伝えても無意味か。何だか、例え本当の事でも、どうやっても言い訳みたいに聞こえてしまう。
「…取り敢えず、安永先生。俺は彼を保健室まで運びます。そりゃもう、責任もって丁寧に運びますので、失礼します。」
「あ、は、はい…気を付けて行ってらっしゃい。」
怯えたような、驚いたような安永先生の反応に、何だか寂しい気持ちになりつつも…俺は彼をおぶって保健室へ向かった。ここからドワーフ君の靴も変えなきゃいけないのかな?でも、おんぶしたままだと上手い事いかないかもしれないなぁ…どうしよう?
「お、やっぱり下駄箱で考え込んでいたみたいだな、時雨。」
「あ、泉…なぁ、このドワーフ君の靴どうしよう?」
俺がジワジワと『困った』と言う考えに支配されていたら、さっきから俺を助けてくれている人の声が聞こえて、男な上に、この年にもなって恥ずかしいが、とても安心してしまった。
「普通に、私が彼の靴を脱がせれば良くないか?私達はこのドワーフ君の名前を知らないから、必然的に靴箱も分からない。…えっと、運動靴自体は私が責任もって管理するとして…上履きは、来客用のスリッパでも渡しとくか。確か使えた筈だし。」
「おお、その手があったとは…。」
困った時の神頼みならぬ、困った時の泉頼りだ…俺には考えつかなかったアイデアを思い付くのだら、やっぱり泉は凄い。
「時雨がテンパっていなかったら、普通に思い付くだろう。…本当、妙な所で慌てるんだから。」
「仕方ないだろ?こう言う決闘とかケンカとかに慣れていないんだから。…それに、俺一人じゃ靴を履き替えさせるのだって一苦労だ。」
「ああ、言われてみたら確かにな。」
そう言われて何気なく泉の方を向けば、何か泉と目が合ってしまい…気恥ずかしいやら、妙に可笑しいやらで、互いにクスクスと笑った。そんな、炭酸水の気泡の様に気軽い泉とのやり取りをしながら、俺達は保健室へ向かった。




