第一話
「期限付きの花嫁」も途中ですが、つい書いてしまいました。
「期限付き~」を優先されるので、こちらは不定期更新になりますが、よろしくお願いします。そちらが終われば本格的にこちらに取り掛かります。
「花嫁」シリーズ第2弾スタートです!!
「誰だ、お前?」
着ている方が恥ずかしくなるような薄っぺらい寝着を身につけ、緊張と寒さとで胃がしくしくする中、ベッドの上で正座して待っていた初夜。
本日、旦那様となった人から二言目に言われた言葉がそれでした。
ある日突然、私の嫁ぎ先が決まった。
本来嫁ぐ気などなかったからものすごく驚いた。教会で働いていたから、このままシスターになって一生を神にささげるものだと思っていたし、司祭さまに結婚のことを言われたときは嘘だと思った。冗談とイタズラ好きの好々爺のような司祭さまのことだから、また私をからかって遊んでるんでしょって思っていた。
それが結婚を告げられた次の日にはえらく顏の整った若い男性が迎えにやって来て「花嫁様、婚儀の為、旦那様の屋敷に来ていただきます。」と言われ、司祭さまや村の人とろくに別れの挨拶もできずに遠く離れた都市までやってきた。
知らない街、知らない屋敷、知らない人たちに囲まれ、婚儀までの日々はあっという間に過ぎていったのだ。旦那様となる人と一度も会うことなく。
私の旦那様となる人は、城の近衛をしているらしく、帰ってくる日も時間もまちまち。遠征などではざらに1ヶ月以上帰らないこともあるとか。つまり忙しくて全く会えていない。おまけに婚儀のあと2、3日の休暇をとるため、日が出ている時間に休む間も無いくらい根をつめて働いているらしい。
そして、ろくに顏を合わせないまま終えた婚儀のあと、それぞれで色んな準備を終え(旦那様は仕事をしていたそうだけど)、私は屋敷の人に言われたとおり、寝室のベッドでおとなしく待っていたのだ。
あぁ、そうそう、ちなみに旦那様と初めて交わした言葉は、神父さまの「妻を一生愛することを誓いますか」という言葉に対する「はい誓います。」だ。あれ?これってもしかしたら会話になっていないのかしら。
男の人なんて、司祭さまと、教会で世話をしている子どもたちと、村のおじさんたちしか知らない。小さな村だから若い人なんて子どもくらいで、あとはみんなおじいさんやおばあさんばかり。
たまに街の人が教会に来て寄付だとか、子どもたちと遊んだりするだけ。その時だって来るのは女性ばかりで、そのお付きの人は男性が多かったけれど、遠くで見守っているだけで会話などほとんどしたことがない。
だから私を迎えに来てくれた若い男性と二人きりで馬車に乗るとなったとき、何を話したらいいのかわからなくてとても困ったことを覚えている。幸い、その男性はおしゃべり好きなのか、私の旦那様となる人のことを色々と話してくれたから道中気まずくなることはなかったけれど。
そして相手の顏を見ずに迎えた初夜。冒頭に戻る。
「えっと、リーヤと申します。」
誰だと問われ、私はとりあえず名乗ってみる。結婚する相手というか、妻になった私の名前を知らないなんて、お貴族様の間ではアリなのかしらと不思議に思う。
「は?リーヤ?お前が?エール村の教会で働いていたのはお前か?」
「はい。そうですけど。」
「他には?女がいただろう!?ほら、髪が長くて、きれいなはちみつ色で、ええと、それから日に焼けていない、真っ白な透けるような肌に、同じく白いワンピースを身に纏って、優しい微笑で子どもに接してた!」
「・・・。たまに教会に寄付しに来ていたご令嬢でしょうか。」
「名前は!?」
「確か、リディア様と。」
「リディア?しかし、教会の子どもに聞いたときには“リーヤ”と。」
「あぁ、それでしたら、まだ言葉が上手く話せないコがいましたねぇ。“ディ”が発音できないらしくて、いつも私の名前と間違えて・・・・あ。」
「・・・・・最悪。」
顏を合わせて、初めて交わす会話がようやく途切れた。今日、婚儀を終えて初夜を過ごす二人がベッドに正座し(旦那様はあぐらをかいているけど)、神妙な顏でうつむいている。
と、突然旦那様がベッドにつっぷし、こぶしに思いの丈をぶつけた。まぁ、ベッドの上だもの。勢いは殺され、情けない音がしベッドのスプリングがボヨンと弾んだだけだけど。
「くそっ!!間違えた。この1ヶ月、仕事頑張ったのに!お前じゃないんだよ!やっと運命の人を見つけたと思ったのに!一目ぼれだったのに!結構無理言って婚儀までこぎつけたのに!意味ねぇじゃねぇかっ!」
ボヨン、ボヨン、ボヨーン。
旦那様がベッドにこぶしを打ちつけるたびに弾む。薄暗い寝室で初顔合わせしたときには、なんて凛々しくてかっこいいお方なのかしらと思ったけれど、今目の前で愚痴を吐き出している姿を見ると、案外子どもっぽいのかもと思ってしまう。
たしか城の近衛って言ってたと思うけど、こんなんでいいんだ。と失礼ながら思ってしまった。
「あ、あの。なんか。すみません。」
「謝って済む問題じゃねぇだろ~!?あー、もう最悪だ。」
旦那様はベッドの弾みで勢いよく起き上がり、イラつきを抑えようとしているのか、がしがしと後頭部をかいている。こちらに背を向けてベッドに腰掛けた旦那様の足元は小刻みに揺れていて、それが非常に旦那様の端正なお顔に似合わない。
「最悪。」
再び旦那様が口にした言葉にツキンと胸が痛む。
最初は、司祭さまの冗談じゃないかって思っていた。でも、確かにお迎えは来て、婚儀が終わって、館のメイドに世話をしてもらい、初夜を目前にして。あぁ、夢じゃないんだ。私は嫁いできたんだ。覚悟しなきゃ。旦那様を、家族となるひとを愛さなきゃ。妻として、旦那様のために頑張ろう、そう決意して。
「・・・私がそんなに簡単に幸せになれるわけないじゃない。」
「あ?なんか言ったか?」
頭を抱えていた旦那様がこちらを振り返った。だけど「あー」だの、「うー」だの唸っていた旦那様の耳に私のつぶやきは届かなかったようだ。
「いえ。あの、ご迷惑をおかけしました。私が知っている、村の教会によく顏を出していた若い女性は、リディア様というお方です。どこか良家のご令嬢、ということだけしかわかりません。たまに教会にご寄付をくださっておりました。その際に子どもたちと遊んでくださることもありましたので、旦那様はその姿を見られたのだと思います。あまり、お役に立てなくて申し訳ありません。では、私はこれで・・・。」
一息で言い切ると、旦那様と反対側からベッドを降りソファにかけていたストールを持って部屋を後にした
。部屋を出てすぐに「今日からこの部屋が貴女と我が主、つまりあなたの夫の部屋です。」と言われていたのを思い出した。あぁ、私には帰る部屋もないのか。
春先とはいえ肌寒い夜をを過ごす場所を求めて、未だよく覚えてもいない屋敷の中を、ストールの端を握りしめながら歩き出した。