まるで
「よーし、皆集まったな。じゃあ、病院に行くぞ」
「はーい」
その日の放課後、瀬戸中の正門の前にはサッカー部キャプテンの如月をはじめとした三年の宮戸、富島、二年の祐也、裕翔、瞬介、涼介がいた。しかし、今日は部活はテスト期間のために休みであり、ほかの部員は帰宅している。彼らも本来であればすでに帰宅し、テストでいい成績を取ることができるように勉強しているはずである。そんな彼らがなぜここにいるかというと、今朝事故にあった愛結美の様子を心配し、見舞いに行くことにしていたのである。
「大丈夫かなぁ、愛結美」
「う~ん……監督からも詳しいことは聞けなかったからなぁ。ていうかさぁ、弥城くんがちょっと眉間にしわ寄せながら巻き舌でゴルァ、教えろやぁ、とか言えば教えてくれたんじゃないの~?」
「そうだな、でもな、俺は不良じゃあねぇし、どっちかっつうと模範生徒だ。さて、涼介。どう料理して欲しい?」
「えっと……す、すいませんでしたぁぁぁぁ!!あと弥城くんは普通に不良だと思いますぅぅぅぅ!!」
「おいコラちょっと待てェェェェ!!全然反省してないよなぁ!!逃げるなっ!あと俺は不良じゃねぇっ!!」
「あ、行っちゃった。もう、先に行くなって言ったのに!!」
「まぁまぁ、祐也。きっとすぐに帰ってくるよ」
そう言って仏のように慈愛に満ちた目で自称模範生徒、見た目は不良のチームメイトに追いかけられる弟を見守る。やがて体力との差で弥城に捕まり涼介が助けを呼ぶが、相変わらずの表情で一言。
「生きて帰って来い」
「嫌だァァァ、まだ死にたくないぃぃぃ!!」
隣にいた祐也は、この兄貴相変わらず見た目だけはいいな、と思うのだった。この非人道的な性格さえ直せばモテるだろうに。
「おーい、それぐらいにしてやれー」
「……チッ、仕方ない。富島先輩に免じて許してやる」
「うわぁぁぁぁぁ、先輩、大好きですぅぅぅ!!」
「よしよし、泣きながら飛びついてくるんじゃない、鼻水で汚れる」
「わぁぁぁぁぁ」
「大変だな、富島」
「ニヤニヤすんな、気持ち悪い」
「悪い悪い」
「思ってないだろ、宮戸」
「うん」
「ったく……」
「ほら、ついたぞ。病院の中で暴れるなよ?」
「はーい」
ガラスの自動ドアが開くと、中にはたくさんの患者で溢れていた。ここは瀬戸瀬戸総合病院、街で一番大きな病院だ。受付で愛結美の部屋の病室を聞くと、375号室だと言われた。病室は三階だが、ここは病院。エレベーターを使えばほかの患者に迷惑がかかるからと全員で階段をぞろぞろと登っていった。
「ここですね」
「ああ。入るぞ、紀谷……」
如月が愛結美に声をかけてドアを開く。だが、出迎えるものは誰も居なかった。あるのは、心臓が動いていることを示す心電図の小さな音とかすかな呼吸音だった。
「やっぱり、目覚めてないんだね……」
ベッドのそばに歩み寄った祐也が、そう小さくつぶやいた。しかし、静まり返った病室では、よく聞こえた。不安そうに瞳がゆらぎ、手を握り締めたその姿は、今までの彼とは真逆で、小さく弱々しかった。ベッドに眠る愛結美はとても白くて、今にも壊れそうで、まるで精巧に作られた人形のようだった。
「ど、どうしたんだ祐也?」
「大丈夫だよ、すぐに愛結美は目覚めるよ!!」
いつもとは違う空気にチームメイトたちは戸惑い、祐也を元気づけようとする。しかし、祐也は何の反応も示さずに何かを必死にこらえている。もう一度瞬介が声をかけようと口を開いたとき、何かに気がついた。次第に彼の顔は青ざめていき、祐也に囁く。
「祐也、後ろ……危ないよ…!」
と、祐也が振り向いた。そして、今まで揺れていた瞳が、何かに驚いたように見開かれた。
「ど、どうしたの弥城……」
「え、ちょっ祐也……!?」
ほかのチームメイトも弥城を見て、多少の差はあるものの皆恐怖に駆られた表情をしていた。なぜなら、裕翔が今までにないぐらい厳しい顔をしていたのだ。眉間に濃い皺がより、普段からつり目がちなで視線が鋭い目がさらに鋭くなり、歯を食いしばっている。この顔を見てみんなが思うのは一つ、弥城裕翔は今までにないほど激怒している。心なしか顔が陰って見える。
「お、おい、弥城……?」
如月が恐る恐る声をかける。すると
「…………紀谷……起きなかったらどうしよう……」
目の淵に少しずつ涙が溜まってゆき、さらに歯を食いしばりながらそう言った。
「……泣くの我慢してただけかよ!!」
と、涼介がツッコム。しかし、そんなことをしたところで何も変わらない。とりあえず泣きそうな弥城と祐也を連れて、病室をあとにした。弥城は病院を出るまで我慢していたが、彼が泣きそうなのを見て祐也が泣き出し、釣られて涙腺が崩壊してしまった。チームメイトたちは事情がわからずただオロオロしていたが、しばらく経つと二人とも泣き止んだのでとりあえずはホッとしたようで、そのあとはいつもと変わらない雰囲気で談笑していた。