パニック寸前
「祐也、どうしたの?目が腫れてるよー」
「えっ、き、気のせいだよ、な、弥城!」
「……そーだな」
「えぇ~?」
翌朝、祐也は目を冷やすことを忘れていたため目を腫らしたまま登校してしまった。瞬介に聞かれて一瞬しまったという顔をしたが、ヘタな嘘でごまかしておいた。瞬介はだいたいわかっているけれどもそれ以上問い詰めなかったので本人はバレていないと思っているらしい。
「そういえば愛結美は?いつもこの時間だともうマネジの仕事始めてるよね?」
「あ、ホントだ。涼介の言うとおりだね。寝坊かな?」
「紀谷はそんなこと市内。お前じゃないんだしな」
「え、ひどいよ!俺だってちゃんと遅刻せずに朝練きてるじゃないか!!」
「朝練ないときは?」
「えと、その……来てません」
「はぁ……」
「祐也君ってホントおバカさんだよね~」
「何か言った、涼介?」
「い、いえ……」
と、そこへ何やら深刻な顔をしたキャプテンが近づいてきた。気のせいか少し目の淵が光っている。後ろの方で同じ三年の宮戸が心配そうに見ている。
「皆……聞いてくれ」
「どうかしたんですか?」
三年生二人のただならぬ様子に気づき、部室に散らばっていた部員たちが集まってくる。その中にはすでに話を聞いているのか、暗い表情をしている者もいた。
「……紀谷が、倒れて病院に搬送されたそうだ」
「えっ……?」
「登校中に道路で倒れたのを見つけてくれた人がいて、すぐに救急車を呼んでくれたそうだ。命に別状はなかったようだが、目は覚めていない。監督が言うには心配するほどではないって」
「なんで愛結美は道路なんかで倒れてたんですか!?」
「わからないけれど、最近体調が良くなかったから、おそらくそのせいだな……」
「大丈夫か、如月……」
「大丈夫だ……紀谷が事故にあったりしたわけじゃないしな。そのうち目も覚めるだろうと医師が言っていたらしいしな」
「そうか」
「心配かけてごめんな、宮戸」
「別にいいさ、何年一緒にいると思ってんだ」
「……そうだな」
宮戸とキャプテンの如月は、あのことを知らされてはいない。周りのノンキな雰囲気が、今の祐也にとっては腹立たしかった。なぜそんなに楽観視できるんだ、なんでそんな風にゆっくりしていられるんだ、と思う一方で彼らは愛結美のことを知らされていないのだから当然の反応だと冷静に考えられる自分がいて、それがさらに祐也の感情を刺激した。愛結美が目を覚まさないと聞いて気が気じゃない祐也が今にもパニックを起こしそうになったとき、肩に置かれた手の感触に一瞬で高ぶっていた感情がなりを潜めた。
「落ち着け、ここで騒いだって仕方ない、後で見舞いにでも行けばいいだろ?」
「そ、そうだね。ちょっと危なかった……」
「深呼吸しとけよ」
「うん」
しかし、そう言う裕翔も、自分の持っている感情の行き場に困っていた。一見冷静に対応しているように見えるが、実は彼は何か予想外のことが起こるとパニックに陥りやすく、思考がついて行かなくなり動かなくなる。周りの人たちは何も話さない裕翔を見て、冷静に物事を考えているのだなどと勘違いするだけなのだ。さっきのことも、最初の方にすでにパニックになっており、話が終わる頃にやっと立ち直っただけだった。
「後でお見舞いいかないと」
「俺も行く、監督に話も聞かないといけないしな」
「みんなも行く?」
「あ、行く!!何か持っていったほうがいいのかな?」
「う~ん、紀谷さん目覚ましてないらしいから……何もいらないんじゃない?てか兄ちゃんお金持ってないじゃん」
「もちろん涼介のだよ」
「え!?」
「じゃあ俺も行こうかな。宮戸も行くか?」
「ああ。如月が行くなら」
「あ、じゃあ俺も行くわ」
「富島先輩も行くんですか?」
「もちろん。可愛い後輩が病院に運ばれたんだぞ?先輩としてほうっておけないな!!」
「とか言って寝顔見たいだけのくせに」
「そ、そんなこと言ってないぞ!?涼介、俺はそんなやましいこと思ってないからな!!」
「じゃあ、放課後に部室の前に集合しよう!弥城、一人で行ったら俺怒るからな!!」
「へいへい」
「そうしようか。じゃあ、今日の朝練は時間がないから終わりにしよう。済まなかった、じゃあ解散だ!!」
部員たちと会話しているあいだに祐也のパニックも完全に収まったようだった。裕翔は彼を見て、少し安心したようにため息をついた。