心配、不安……
「じゃあね~」
「また明日!
「気をつけて帰れよ~」
愛結美が帰ってから一時間ほどして練習が終わった。結局、祐也は愛結美のことが心配で練習に集中することが出来ずに何度もほかのメンバーから注意を受けてしまった。瞬介は大丈夫だと言っていたが、なんだかただの息切れにしては様子がおかしかった気がしてならなかったのだ。
「祐也、裕翔。ちょっといいか?」
「はい、今いきます!」
「はい。」
帰り際に監督に呼ばれて裕翔と共にミーティング室に向かった。裕翔はわからないけれど練習中に集中しきれていなかったことで怒られるかもしれない……と思っていたが、いつもより暗い顔をした監督が長い沈黙の末に語りだしたのは、全く違うことだった……
「あのな、祐也、裕翔。これからいうことはとても重要なことだ。教師にしか知らされていないことだから、ほかの部員には黙っていてくれ」
「え……?なんでそんな大事なことを俺たちに……?」
「お前たちにとても関係があり、二人にとって大事なことだからだ」
「俺たち……?ということは、この部の関係者かなにかですか?」
「そうだ。とりあえず、これからいうことを心して聞いてくれ」
それから10分。監督の話をまとめると、
愛結美が7歳のころ、彼女は親に捨てられた。理由は愛結美の父親が愛結美に手を出そうとしたから。家で母親が買い物に言っているあいだ、父親と二人きりで留守番していた時だ。しかし、その時母親が家に帰ってきた。父親は罪を逃れるために幼い愛結美のせいにし、母親は愛結美を恨み、殺そうとした。彼女はなんとか逃げ出し、街をさまよい歩くうちに孤児院の園長と名乗る男に引き取られた。しかしそこは孤児院などではなく、幼い子供を連れ込んでは新しいクスリや凶器の効果を確かめるために実験をしているヤクザの集団だった。しかし、そんなこと愛結美にはわからない。彼女も連れて行かれ、部屋に閉じ込められてはクスリの実験台にされていた。随分と長いあいだ閉じ込められていたが、数年たったある日、ずっと警察が探していたヤクザの拠点が見つかった。警察によると、そのヤクザの拠点にはたくさんの子供たちが幽閉されていたそうだ。子供たちの中には、ほとんど動くことすらできなくなっている子がいた。その子の名前は望月愛結美――――そう、今の紀谷愛結美だった。新しいクスリは、中毒性を引き起こす物だけでなく、意識を奪うものや体の自由を奪うものなどもある。そんなものをずっと吸わされ続けていた愛結美は、ほとんど瀕死状態だったそうだ。そのままいそいで病院に運ばれたが意識不明の状態が続いた。が、なんとか一命はとりとめ、その後本当の孤児院に送られたが引き取られ、今に至る。
ということらしい。その事件については二人とも知っていた。けれど、にわかには信じられない。だって、彼女は今までそんな素振り一度も見せなかった。しかし、監督の話には続きがあった。
「どうやら、彼女はその時のことを覚えていないらしい。親から逃げた時から孤児院に送られるまでの記憶がない」
「そんな、じゃあなんで自分が孤児院にいたのかとか、なぜ違う親と暮らしているのかとか、いろいろ混乱しちゃうんじゃ……」
「それが、なぜか愛結美はそのことについて疑問を持っていないようなんだ」
「どういうことです、なぜ不思議に思わないんだ……?」
「それはわからない……おそらくクスリが何らかの影響を与えたんだろうな」
きっと、何年間も吸わされていたクスリの影響というのは、計り知れないものなんだろう。数年分の記憶が飛んでしまうくらいだ、どんな効果があるかわからない。
「……そうだ、今は!?クスリの効果はもうないんですか!?」
「そのことだが、最近幽閉されていた子供たちに異変が起きているそうだ」
「異変?」
「そうだ。クスリを吸わされた子供たちのうち、数人が突然眠ってしまったんだ。それも、ただの眠りじゃない、心臓が……止まってる」
「し、心臓が……」
「止まっている……!?」
「ああ。心臓が止まっている。血も流れていないし、その子達は息もしていないそうだ。でも、なぜか脳は働いている。眠りについてから二日後にそういう状態になるらしい」
「息もしていないのに、脳だけが動いている……」
「ちょっと待ってください、確か愛結美はクスリを吸わされ続けていたって……!!」
「……ああ。幸いにもまだ愛結美にはその症状は出ていない。だけど、おそらくこれから出てくる可能性は高い」
「そんな……」
「だから、愛結美がもしそうなったとき、お前たちに傍に居てやって欲しい。あいつが眠った時にお前たちがそばにいて目覚めさせてやって欲しい。これは、俺からの頼みだ」
「「……はい!!」」