息切れ
「では、練習を始める!!各自指定されたメニューをこなすように!」
「はいっ!」
あのあと、涙目の涼介とどこかすっきりした顔の裕翔が帰ってきたので練習を開始した。涼介は瞬介と祐也にあれこれ聞かれていたが、よほど怖かったのだろう、何があったのか話そうとしない。今は同じディフェンダーの富島先輩に泣きついて慰めてもらっている。
「弥城、あんまり涼介を泣かせるなよ」
「先輩に迷惑かけてすいません、これからは泣かない程度にしておきます」
苦笑いしながら頼むぞと言われるが、今度からはどうしよう……などと反省するどころか新たな作戦を考え始める。実際、さっきのことはそれほど怒っているわけではない。ほとんどからかった仕返しにと遊び半分だった。タチが悪い。
「祐也ー、あっちでディフェンスの練習付き合ってよ」
「いいよー、愛結美!フォームのチェックしてもらっていい?」
「うん、フォーム治ってるといいね」
「俺結構一人で研究したからいけると思うよ!」
こちらでは、祐也、瞬介、愛結美の三人がディフェンス練習のついでにフォームチェックを行っていた。以前、祐也はドリブルで相手を抜く際に右足のバランスが大きく崩れていて隙ができていることを指摘された。それから自分の大会のビデオを見たり、一人でボディバランスを上げる練習をしていた。時折愛結美も様子を見に行ったりして練習に付き合っていたので、だいぶよくなっていることは知っていた。
「行くよ、瞬介!」
「オッケー、いつでもいいよ!」
激しいボールの奪い合いが始まる。二人とも実力の差はほとんどない。瞬介がボールを奪おうと隙を狙って足を出すが、祐也がそれを阻む。祐也が抜こうとするが、瞬介が前へ行かせない。愛結美はそんな二人を見ながら、祐也の欠点だった右足のバランスの悪さがなくなっていることに気がついた。おそらく、自分が知らないところでさらに練習を重ねていたのだろう。
「っあ!!」
「やった、瞬介抜いたーーー!!」
「まけたぁ……」
「すごいじゃない、祐也!右足のボディバランスも完璧だったよ!」
「ホント!!俺、毎日頑張って練習した甲斐があったー!」
「おめでとう、祐也っ!ボクも頑張らないと!」
「瞬介くんも前より腕が上がってたよ、これなら瀬戸中も負けなしだね!」
「あはは、そうなったらいいなぁ!」
「なってやればいいんだよ、頑張ろう祐也!」
「そうだね!」
「っ……ごめん、ちょっと休憩してもいいかな、疲れちゃって……」
「え、大丈夫?顔色悪いよ愛結美……」
しばらく忘れていたが、興奮して話していたためかまた息切れを起こしていた。いつもよりも苦しくなってしまったため、愛結美はベンチで休ませてもらうことにした。だが、ベンチで休んでも収まる気配はなく、これでは練習の邪魔になるので早めに家に帰らせてもらった。
「気をつけてね、愛結美」
「大丈夫だよ、祐也じゃないんだから」
「ひどいよっせっかく人が心配してるのにっ」
「ごめんごめん……じゃあ、今日は、帰る……ね」
「ほんとに大丈夫?息できる?」
「できる、大丈夫よ。じゃあね……」
「でも……」
「祐也、それ以上喋らせるな。紀谷はきついんだぞ」
「あ、ごめん……」
「いいよ、気にしない、で……」
「気をつけてな」
「うん」
それから愛結美が家についたのは6時半、いつもの二倍の時間がかかっていた。普段なら30分ほどで変えることができるのに、今日は一時間かかった。家に帰り着いてからも息切れは治らず、夕食も食べずにベッドにいき、倒れるように眠ってしまった。