禁じられた木の実
この小説は創世記の内容に批判的な考えによって作られていますが、
特定の宗教を批判、推進するような意図は一切ございません。
神さまはご自分にかたどって、人をお作りになりました。
そして、地のモノも海のモノも、自由にとって食べることを許されました。
ただ一つ。
とある木の実を除いて。
広い屋敷がある。
いつも光が満ち溢れる、古い洋館には主人と一人の使用人が、ひっそりと暮らしていた。
主人は背の高い青年であった。
すらりと伸びた体躯と言えば聞こえがいいが、いささか痩せすぎている。頬骨が出て不健康そうであることから、神経質そうな印象を受ける。
一方の使用人は、美しい少女であった。
日の光を跳ね返し波打つ金の髪。白磁の肌、硝子玉のように透き通る蒼い瞳。
だが、主人以外に誰もこの少女の容姿を知るものはいない。
少女はこの屋敷で生まれ、この屋敷で育った。
広い屋敷、そして広大な庭。
少女はこの主人の敷地内から出たことがなかったのである。
今日も、屋敷の中に少女の鈴の声が響く。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
凛、と。軽やかな音色。
しかしそこには何の感情も含まれない。
声どころか、顔にも。
機械仕掛けの陶人形、他人が見れば少女のことをそう評すであろう。
「何をすればよろしいですか、ご主人様?」
「食事を用意しなさい」
「かしこまりました」
毎日繰り返される質問と、毎日繰り返される返答。
主人と少女が二人で暮らし始めてから、一度も違えられたことがない。
少女はダイニングへと歩むと、アンティーク調の戸棚を開けた。
そこに食事が既に用意されていることを、教えられているからだ。
少女は主人に教えられた通りの行動をする。
主人の指示なしに動くことはできない。
そして、少女はそれを不自由と感じることもなかった。
少女にとっては主人がすべてであり、他のことは何も知らないのだから。
「お前は本当にいいこだね」
「私はご主人様に言われたことをしているだけです」
何も考えず、何も知らず。
少女は主人の命ずるがままに。
禁じられた木の実を食べた人は、知識を得ました。
何故、神さまは知識の実を食すことを禁じられたのでしょうか。
何故、知識を得ることを禁じられたのでしょうか。
何故…。
知識がなければ、自由も個人も…有り得はしないのに。