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短編集

余計なお世話とスペックオーバー

作者: 春谷公彦

「相変わらずきったねえ部屋」

 久々に訪ねてきた友人の第一声がこれだ。

 確かに一人暮らしの男の部屋らしく、物が散乱していて他人が見たら顔をしかめるだろうことは容易に想像していた。

 だが、俺はそいつの苦情にも似た発言を無視した。冷蔵庫を開けると、かろうじて二人分くらいの麦茶があった。食器棚と呼ぶには役不足(誤用なのを承知で使っている)の小さな棚からコップを取り出して注いだ。

「……何か薄くね?」

 彼は顔をしかめた。

 よく見ると確かに麦茶と呼ぶには少々色素が薄い。何故だろうと考えて、このパックを使うのは二度目だと思い出した。もったいなかったのだ。二番煎じとはこのことか。煎じていないから違うだろうか。

「さあ? 俺はいつもそれで飲んでるから」

 俺がそう言うと友人は幽霊でも見たかのような目付きで俺を見た。余計なお世話だ。

「この部屋落ち着かねえな。片付けようぜ」

「お前は俺の彼女か。余計なお世話だ」

「そう言うなって。俺の卒論覚えてるだろ?」

「『お部屋片付けサポートシステムの考案』だっけ?」

「そ。学生のときはプログラミングさっぱりだったけど、就職して覚えたからさ。暇潰しに作っちゃった」

 彼はスマートフォン片手に言った。

「そういやSE だっけ」

「そ、腕がなるなあ」

 しかし、俺は記憶をさかのぼって苦笑した。彼の実験に参加したことがあるが、彼の考案したシステムは片づけたいものを入力するとその片づけ方が出力されるというものだった。そのときはプログラミングを習得していなかったので、彼自身が手動で入出力を行っていた。

 しかし、机上の空論というか、部屋が汚い理由は十人十色なので、例外が多すぎて、結局、ゼミの先生にばれない程度にごまかして提出したものだったはずだ。

 だが、結局、片付けることになった。


「お前、まだ野球やってんの? これ、草野球?」

 彼は部屋の隅に干してあるユニフォームを指して言った。最初からシステムは機能しなかった。

「違えよ。クラブチームだよ。硬式だ」

「へえ。そろそろ非公式でいいんじゃね? 体力的にもきつくねえ?」

 俺は彼が本気で言っているのか本気で悩んだ。

「じゃあ、この辺の野球道具は捨てれないな。あれ? グローブ何個もあんじゃん」

「捨てんなよ。それぞれ思い入れがあるんだから」

「ときめくってやつか」

「は?」

「知らねえの? 最近のベストセラー。物を捨てる基準は『ときめくかどうか』ってやつ」

「その辺にときめかねえ穴あき靴下がいくつかあるから捨ててくれ」

「自分でやれよ!」


「この辺の本は?」

 彼は床に散らかっている本を指差す。ジャンルは漫画か小説のどちらかだ。

「棚がもうねえ」

「整理しろよ。読まねえ本あるだろ」

「読まねえ本は一週間前に売った」

「いや、数冊売っただけだろ」

「半分くらい売ったかな?」

「……わかった。売らなくていいから棚を買え」

 仕方なく彼は本棚に入りきらなかった本を棚の前に丁寧に積み上げていった。

「何か物騒なタイトルが多いんだけど」

「ああ、全部ミステリーだからな」

「いっつも思うんだけどさ、面白いの?」

「面白くないと読んでねえよ」

「そんなこと言ってっからモテないんだぜ?」

 そう言って彼は肩をすくめた。余計なお世話だ。

「……面白いよ」俺は少し迷って真面目に言った。「思いもよらないトリック、それをちゃんとストーリーにして、さらにはトリックに偏らないで、物語を盛り上げる。どうやったらそんな構成力が身につくのか。すげえ興味があるよ。それでなくても純粋に読んでいて楽しい。誰が犯人なのか、この先どうなるのか。そう考えながら読むのもいいし、何も考えずにストーリーに移入することもできる。……こんなところかな、ミステリーの魅力は」

「ふーん。仕事して、野球して、さらに本読む暇なんてあんのかよ?」

「なけりゃ、作る」

「うわっ、ギターまであるし。お前、ハイスペックだな」

「それは、もうしばらく弾いてない。スペックオーバーだった」

「じゃあ、捨てるぞ」

「捨てんな」

「じゃあ、貰う」

「やらん」

「いいじゃねえか。ときめいてないだろ」

「そのときめきとか止めろ。気色悪い」


 結局、片づけたというよりは、ゴミを捨てて、収納に入りきらなかった物を整理したにすぎなかった。俺の部屋にあるものは明らかに収納のスペックをオーバーしていた。

 友人はしばらく他愛のない会話をしてのんびりしてから帰っていった。

 思ったよりも片付かなかった、それでいていつもよりも整理された部屋は少し違和感があった。

 俺は窓際の机に座った。夕日がまぶしかったので、カーテンを閉めて部屋の電灯をつけた。

 机の上にはノートパソコンが置いてあるが、何世代も前のものだ。それでいて、最近のソフトもインストールしているから、明らかにスペックオーバーだった。

 俺はワープロソフトを開いて、書きかけの小説を書き始めた。

 小説を書き始めたのは最近だった。ミステリーを読んでいくうちに自分でも書いてみたくなった。ただそれだけだ。だが、その分、最近ギターが弾けなくなった。あまりに時間が足りなくなったのだ。時間が足りなくなって止めてしまったものは他にも多い。ゲームなんてもう最近はやっていない。


 明日は日曜日だ。野球の試合がある。朝に弱いタイプなので、あまり夜更かしできない。小説を書く時間は必然的に短くなる。

 二時間ほどパソコンとにらめっこして、書くのを止めた。ふと携帯電話を見ると、先ほどの友人からメールが来ていた。


  今日は楽しかったぜ。

  早く彼女作って部屋の掃除してもらいな!


 俺は苦笑した。余計なお世話だ。

 適当にメールを返信して。ベッドに倒れこんだ。

「スペックオーバーだよ」

 

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