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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今は昔の物語

作者: ぼた餅

 この作品はインチキ神話モノです。既存の神話を作者が都合の良い様に解釈をし、それを小説として書き上げたものです。

 そういった物に抵抗を覚えられる方はご注意ください。

 手と足に枷を嵌められ地面に膝を付かせられている男が一人居る。周囲は群衆が取り囲み、傍には剣を構えた者まで居る。

 明らかに罪人とそれを処刑する為の処刑人といった風情だ。

「・・・・・・何時か、何時の日か貴様の暴虐に立ち上がる者が現れるぞ。俺達の志を継ぐ者が。何百年、何千年経とうとも必ず俺達は再び貴様の前に立ち塞がってやる」

 手足に枷を嵌められそれでもなお力強く、しかし静かに言葉を紡ぐ。自らのやれる事を全てやり切った清々しさがそこには漂っていた。

 その言葉に対して周囲からは途絶える事の無い罵声が飛ぶが、男は気にした風も無かった。

「そ奴の首を刎ねよ」

 罪人から少し離れた正面位置に立っていた男がその様子に苛立ちながら死刑を宣告する。

「・・・・・・お覚悟を」

 隣に立っていた処刑人から声を掛けられたと同時に、剣を振り上げる気配がする。




 終わりは何とも呆気無い物だ。剣が振り落とされたと同時に罪人の首が転げ落ち、周囲に飛び散った鮮血は、近くに生えていた樹木の葉を赤く染めた。長く続いた戦争の終結の瞬間に周囲の群衆から歓喜の雄叫びが上がる。

 この日一つの時代が終わりを告げ、新しい時代が始まった。











 空には星が瞬いている。

 それを一人の男がどこか遠い目をしながら眺めていた。外見だけで年を測るなら30代だろうか。精悍な顔付きと、がっしりした体格には雄牛の様な猛々しさがある。

 しかしそんな外見とは裏腹に、男はじっと静かに夜空を見つめ続ける。

 そこにはただ星が瞬いているだけで、他には何も見えない。それでも男は飽きる事無くただその一点を見続けていた。

蚩尤(しゆう)殿」

 不意に呼ばれる声がしたので男は振り返った。

「軍議が始まりますので、そろそろお戻りを」

 将兵の一人に呼ばれた男―――――蚩尤は天幕に戻ろうとして、再び夜空を見上げた。

「・・・・・・父上」

 その呟きは誰に聞かれる事も無く闇夜に溶け、蚩尤は二度と夜空を見上げようとせず歩き出した。




「皆、待たせた」

 蚩尤がそう言って天幕に入って来た時には既に主だった将が揃っていた。それを確認しながら席に着く。

「遅いぜ、大将!!」

 そういってからかう様にして声を掛けてきたのは蚩尤軍における副官の(きょう)(こう)だ。いかにも悪ガキのまま大きくなりましたというような男で、どうにも享楽的な所が在る。しかし普段はニヤニヤしているだけだが、その実力は蚩尤に次ぎ実質的に軍の統括を行っているのは彼だ。

「悪かった。では、今から軍議を始めよう」

 共工をはじめとしてその場に座っている将達は瞬時に気を引き締める。蚩尤もそれを確認してから軍議を開始した。






 事の起こりを語ろう。

 その昔神よりこの世界を治めるように命じられた者が居た。神農(しんのう)氏、火徳を以て統治したので俗に(えん)(てい)と呼ばれている人物だ。彼は天界から人間界に降りて、人間に農業を教えたり薬草と毒草の知識を授けたりしていた。その内彼は殊の外人間が気に入り人間界に自分の一族や家臣を集めて、人間達が生きていくのを助けた。炎帝は天界の為よりも人間の為にその力を振るった。

 しかし、それを面白く思わない者が居た。天界に住む(けん)(えん)氏だ。彼は炎帝が人間を贔屓する事がいずれ天界の衰退に繋がるとして何度も炎帝に進言した。だが、炎帝は「それで、衰退するならばそれもまた天命」とあしらった。

 もともと、自分が帝王の座に着くと思っていたところを炎帝にその座を取られた事と、幾度にわたる進言を無視された軒轅氏の薄暗い感情は遂に炎帝とその一族を謀殺させるまでに至った。軒轅氏はその罪を全て炎帝の家臣であった蚩尤に被せ、自らは炎帝の後継者として神から統治権を授かり(こう)(てい)と名乗って蚩尤の討伐に乗り出した。無論この事態に対して炎帝の家臣達は猛反発し、蚩尤を旗頭に軍を起こし黄帝に真っ向から対峙した。

 蚩尤は兵器を創り出す事に優れており、それらを次々と戦場に投入しては戦を有利に進めた。また彼には八十人近い兄弟も居り、彼らは皆蚩尤の配下として黄帝軍の動きを封じた。

 これに苦戦した黄帝は天界より配下の(おう)(りゅう)を呼び寄せ攻めさせた。応龍は自らの能力で嵐を起こそうと水を溜めていたが、蚩尤軍は風を司る(ふう)(はく)と雨を司る雨師(うし)を味方に引き入れこれを邪魔させ応龍を退けた。これ以降応龍は風伯と雨師に幾度となく撤退させられ、黄帝軍は追い詰められていった。

 それに業を煮やした黄帝は天界から娘の(ばつ)を降下させ、旱魃の力で風伯と雨師を抑えさせた。これにより形勢は一気に逆転し、今度は蚩尤軍が追い詰められる事となった。

 後の無くなった蚩尤軍は明日の戦こそ最終決戦とする為、残る全兵力を冀州(きしゅう)の野に集結させ黄帝軍と睨み合っていた。






 陣立てや各将の動きなど明日の決戦に向けて、凡その打ち合わせが済んだところでそれまで黙って聞いていた末席の将が声を上げた。

「蚩尤殿、ひとつ質問をよろしいですか?」

 凛としていながらも、まだあどけなさの残る声。見ればまだ成人にもなっていないだろう少女が眉根に皺を寄せながら蚩尤の方を睨んでいた。

「この陣立てを見る限り、私が配置されて居らぬ様ですがどういうことですか?」

 その発言に共工は苦笑を浮かべ、他の将達は我関せずとばかりにそっぽを向いた。

 彼女こそ炎帝唯一の忘れ形見といわれる(せき)(てい)少女(しょうじょ)だ。炎帝の末娘にして唯一、黄帝の謀殺から逃れきった。皆からは帝王の娘という意味合いで公主と呼ばれている。

 一族の生き残りとしてこれまで獅子奮迅の活躍をしてきた自負も含めて、彼女にとって最終決戦ともいえる明日の戦に配置すらされていないのは、納得がいかないのを通り越して憤りを感じるのには十分だった。

 しかし・・・・・・。

「公主には明朝一番で陣より撤退していただきます」

 そのはっきりとした物言いにその事を知っていた共工ですら軽く目を見開いたが、それ以上に公主のほうからすさまじいまでの殺気が放たれた事により周囲の者達は固唾を呑んで事態を見守っている。当の蚩尤自身は無表情のまま目を逸らさず、じっと公主の目を見つめている。

「理由を・・・・・、理由を聞かせて下さい」

「・・・・・・明日の戦は間違いなく決戦となります。それもどう良く見ても勝てる見込みは三割ほどでしょう。もし我々が敗れた場合、その場合には何としてでも公主には生き延びてもらわなければなりません」

「戦を前に負けを口にするとは、何たる弱腰です!!!」

 冷静に話す蚩尤の声に被せるように公主の激しい声が叩きつけられる。常に照らし合わせて鑑みるなら、間違いなく公主の発言が正しい。これでは戦を始める前から諦めている様に取られてもしょうがないし、まかり間違っても総大将が言って良い類の発言ではない。そんな事では士気の低下で戦う前から軍の崩壊を招きかねない。

 しかし本来ならば周囲の将達もそれを諌めるべきなのだろうが、何故か誰も何も言わない。むしろ全員沈痛な面持ちで押し黙っている。軍議の場は沈黙に包まれ、その様子に公主は苛立ちを募らせる。

 蚩尤はその沈黙を破った。

「まず私は自分を、自分の軍を過小評価する積もりも過大評価する積もりもありません。先ほど言った、良くて勝ち目が三割と言うのも考えに考え抜いた結論です。そしてその上でこの戦はいわば私怨です。例え先代炎帝を殺害し帝王の座を奪ったのが軒轅だとしても、奴は正式に神からその帝位を授かって黄帝となっています。つまり、この戦は端から勝とうが負けようが、我々に正義は無いのです。まして負けた場合、先代帝王の娘と言う事は何の盾にもならないでしょう。しかし逆に、公主に生き残られた軒轅は常に何処に居るとも知れない目の上の瘤として警戒するでしょう。故に公主に何としてでも生き残っていただく為に計画の変更はありません」

 話はここまでと言わんばかりの、明確な拒絶の意思の乗せられた発言に公主は言葉を詰まらせた。その様子を見た蚩尤は他に発言が無いのを確認してから軍議の解散を促した。




 軍議が終わって天幕を出た蚩尤はまた空を眺めていた。しばらくその場に立っていると後ろから気配が近づいてきて背後で立ち止まった。

「辛気臭い顔をしてるな。公主じゃないが、戦前の総大将がする顔じゃないぜ?」

 先ほどまで共に机を囲んでいた共工だ。

「・・・・・・解ってはいるが、こればかりはな」

「おいおい、マジで大丈夫かよ。そんなんじゃ勝てるものも勝てないぞ?」

「・・・・・・ああ、大丈夫だ」

 そう言ったきり、二人はしばらく夜風に吹かれながら黙って空星々を眺めていた。共工も普段の締りの無い顔はなりを潜め、真面目な顔をしている。

まるで声を発せばその瞬間に壊れてしまいそうな痛いほどの沈黙が横たわるが、二人とも気にしない。それなりに長い付き合いで今更沈黙が苦痛になるような仲ではない。

 しかし、永遠に続くかと思われた沈黙は蚩尤によって不意に破られた。

「本当に良かったのか?・・・・・・本当に俺達に力を貸して。軍議では三割と言ったが、それはかなり都合良く見積もった場合の話だ。皆の手前言わなかったが、明日の戦我々に勝ち目は無いぞ」

「何を今更、そんな事は皆知っている。それに勘違いするな、俺は“お前さん方”に力を貸してるんじゃない。“お前さん”に力を貸してるんだ」

 そう言うと、何時ものニヤリとした笑みを浮かべた共工は続けて独白した。

「本はと言えば炎帝の爺さんとやり合う積もりだったんだ、それが黄帝の野郎に横取りされちまった。まあ俺の本音は帝王とやり合う事にあるからな、どの道相手が黄帝だろうが問題はねえよ」

「たとえそれが負け戦でもか?」

「勝ち負けなんか関係ねえよ。さっきも言ったろ、俺はなお前さんが気に入ったんだよ。ただ帝王とやり合ってるからって力を貸しているわけじゃない、その上でお前さんの事が本当に気に入ったんだよ。だから、力を貸すんだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・それに、たとえ負けても俺は死なないしな」

 最後の呟きは本人にすら聞こえないぐらいの大きさで蚩尤の耳に届くことは無かったが、どこか深い倦怠感を伴っていた。

 しかし、それは一瞬で共工は直ぐにまた何時もの調子に戻っていた。

「明日は任せとけ。自分の役目はきっちりとこなすぜ。黄帝共のド胆を抜いてやる」

 共工は愉快そうに笑いながら自分に割り当てられた天幕に戻って行った。そんな配下であり、また、もしかしたら敵対していたかも知れない友人を目だけで見送る。

 再び夜空を見上げていたが今日は千客万来らしい。共工が去って行くのを見計らったかの様に再び背後から誰かが近づいて来た。

「・・・・・・」

 相手は何も声を掛けてこない。また蚩尤も特に声を掛けるでも振り返るでもなかった。先程の共工の時とは違った張り詰めた空気が流れるが、そんな状況は早々に背後の人物によって破られた。

「本当に私は共に戦わせてはもらえぬのですね・・・・・・兄上(・・)

「許せとは言わん。軍議で言った理由も確かに在る。しかしそれ以上に俺はお前に生きていて欲しいんだ」

 蚩尤の声には軍議の時の様な慇懃さは無い。その代わりに深い慈しみが込められていた。

「何故私は何時も生き残らねばならぬのでしょう?それも何時も大事な人を犠牲にして」

 声は振るえ軍議の時の様な気丈さは微塵も無い。年相応の少女がそこには居た。

 蚩尤はその時になって初めて振り返り公主を見た。自分より頭二つも小さく、それでも炎帝の娘として皆の精神的な柱となるべく健気に努力をしてきた可愛い自分の()()を。

 蚩尤と公主が兄妹というのは軍の中で誰も知らない(共工辺りは自然と察しているかもしれないが)本人達だけの秘密だ。普段は主従として接しているが、二人きりのときだけはこうして兄妹に戻る。

 普段は隠していても蚩尤にとっても可愛い妹に違いは無い。今も蚩尤をこれ以上困らせまいと懸命に泣くのを堪えている。堪えてそれでも肩の震えは隠しようも無く、普段ならば愛らしいと評される目には涙を一杯に溜めている。

 それを見た蚩尤は公主を優しく抱き締める。それに反応した様に公主は蚩尤の胸にしがみ付き、今まで溜めていた分を吐き出す様に泣いた。




 しばらくすると落ち着いたのか、泣き声は聞こえなくなった。公主は抱きついたまま蚩尤に話しかける。

「明日は兄上のご指示通り、夜が明けぬ内に陣より撤退いたします」

「ああ・・・・・・」

 本当は引き留めたい、不意にそんな思いに蚩尤は駆られた。しかし、それを悟られない様に全力でその気持ちを抑え付け何とか返事をする。それでも、体はそれに反して思わず公主を抱き締める手に力が籠ってしまう。散々、自分で撤退する事を命じておきながら、何とも未練がましいと自らを戒める。

 公主も兄のそんな不器用なところを十二分に承知している。それが嬉しくもあり、堪らなく愛おしいと感じる。それと同時に再びそんな愛しい人を身代わりに、自分だけ生き永らえなければならないと思うといっその事明日の決戦で共に散れたらどんなに素晴らしい事だろうかという考えが頭を過ぎる。

 だが、一族の無念を、何より愛する兄の思いを無にする事は出来ない。それが公主の中で一つの覚悟となる。

「兄上」

「・・・どうした?」

「・・・・・・御武運を」

「ああ」

 先程と違い今度は蚩尤の返事にも確かな力強さが感じられた。そしてそれ以降兄妹は一言も言葉を発さず、静かに夜空を見上げていた。そして明日に備える為どちらからとも無く共に天幕へと戻って行った。






 まだ日も昇らぬ内から軍勢の準備が進められていく。既に公主は陣から撤退していた。

「いよいよだな」

 戦前だというのにどこまでも楽しそうな共工の声に周囲の将兵達は勇気付けられる。

 斥候の報告では既に黄帝軍が進軍を開始しているらしい。計算では後半刻としない内に接敵するだろう。

「俺は先行して顓頊(せんきょく)を抑えに向かうぞ。この戦が終わったら月見酒でもしながら馬鹿騒ぎしようぜ!!」

「ああ、美味い酒とつまみを用意しておく」

「楽しみだ。・・・・・・よし共工隊、()くぞ!!」

 先発していく共工隊も含め、既に蚩尤軍の全員が覚悟を決めた顔付きをしている。

 この場に居る全員がこの戦が不利な事――――――もっと言えば負け戦になる事は承知の上で残っている。天界から妭が降下し、戦況を覆され、()()刑天(けいてん)といった歴戦の将達が黄帝軍に討ち取られ大勢が決した時に逃げ出した者も居た。しかし、蚩尤はそれを咎め様としなかった。普通ならばそれで不利な状況に我も我もと兵が離れていき、軍は消滅していただろう。しかし、そんな状況の中でも「軒轅討つべし」と蚩尤の元に残った者も確かに居た。残った者たちの多くは神農氏が炎帝となる以前から付き従っていた古参の家臣や、炎帝により恩恵を受けた人間がほとんどだった。

 彼らは炎帝から受けた恩を決して忘れる事は無かった。故に例えこの戦に敗北し、後世反逆者・極悪人の汚名を着せられる事になろうとも一歩も引く気は無かった。

「我々も出陣()るぞ。全軍進軍開始、軒轅共を蹴散らしてやれ!!!」

 蚩尤の号令と共に雄叫びが上がり、全軍が進みだす。

 戦うは蚩尤と黄帝。場は冀州の野。決戦の火蓋は切って落とされた。




 地平の向こうに太陽が昇り始めた頃、遂に黄帝軍を目視した。向こうは様子を見る積もりも無いのか、止まる気配も無い。

「皆いよいよだ!! 総員印は付けたな。同士討ちはするなよ」

 全体に向け叫んだ蚩尤は目を閉じて呪を唱える。すると黄帝軍を中心に突如霧が立ち籠め始め、動揺が走った。蚩尤の持つ神通力の一つ霧を起こす能力だ。

「全軍突撃!!!!!」

 黄帝軍の混乱を確認すると蚩尤は全軍に突撃を命じた。突撃しながら蚩尤の姿には変化が生じる。額からは角が生え、全身は鋼に覆われていく。そして手には巨大な斧が握られていた。

 蚩尤を先頭に霧の中に突入し、黄帝軍と乱戦になる。この作戦の為に蚩尤軍は全員赤い布を印に巻いていた。

 この状態では人数の多さは有利にならず、戦場は膠着した。




 また、別の場所でも激戦が繰り広げられている。

「顓頊、今日こそ決着を付けるぞ!!」

「共工、御爺様の邪魔はさせん。ここで散れ!!」

壮絶な大将同士の一騎打ち。周囲も既に乱戦となり、敵も味方も入り混じっている。

 共工は蚩尤軍の側面を叩こうとしていた顓頊を止めるべく奮闘しているが、一合、二合と剣を合わせる内に徐々に押されだした。

 一瞬の隙を突き顓頊は共工の剣を弾き上げると、その両腕を断ち切った。戦場に凄まじい絶叫が響き渡る。共工の両肩口からは止めどなく血が吹き出る。その時には既に周囲の共工隊も討ち取られるか、潰走を始めている。

「共工、俺の勝ちだ。その様子では最早助かるまい。後幾らも無い時間の中で今までの己の行いを悔い、侘びて逝け」

 意識を失い倒れ伏す共工にそう吐き捨てると、顓頊は隊を転進させ予定通り蚩尤の本軍に突撃した。




「蚩尤殿、左側面より顓頊の一群が突撃してきます」

(共工・・・・・・)

 兵より伝えられた情報に動揺は表に一切出さずに蚩尤は指揮を執り続ける。

 この時既に黄帝軍は軍を立て直し、蚩尤軍を徐々に押しだしていた。蚩尤は知る由も無いが黄帝軍は方位を示す指南車を投入して、兵の混迷を回復させていた。そうなると元々兵力差で負けていた蚩尤は追い詰められ、数時間後には応龍に捕らえられていた。

 蚩尤は手足に枷を嵌められたまま群集の前に引き立てられ、黄帝の前に跪かされた。

「これまでよくも我の手をここまで焼かせてくれたな」

 黄帝の声にははっきりとした憎悪が滲み出ている。

「そのままそ奴の首を打ち落とせ」

 静かに言われた言葉に蚩尤の首を落とすべく待機していた応龍は驚愕し、思わず反論した。

「黄帝、確かに蚩尤殿は我々の敵ですが一軍の将です。せめて将としての最後を!!」

「応龍よ、貴様我に逆らうか?・・・・・・その男は反逆者!! 罪人だ!!! そのまま首を打て」

 黄帝の返答に応龍の顔は苦渋に満ちる。

「応龍殿、お心遣い痛み入ります。そのお気持ちだけで十分です。これ以上は今後のあなたの立場が悪くなってしまう。覚悟は既に出来ていますのでどうかお気になさらず」

 潔く応じる蚩尤に応龍は「すまぬ」とだけ呟いた。




 既に戦の去った大地に数え切れない程の死体が転がっている。しかし、その中で一人だけ動く者が居る。どうやって生きているのか両腕を失い、地面にはおびただしい量の血が染み込んでいる。――――――共工だ。

「あぁ、顓頊の野郎。復活するまでに時間がかかったじゃねえか」

 地面に転がったままぼやくと、今の状態を確かめる。

(少しの間なら動けるが完全には無理か。今度はどれくらい眠る事になるのかねぇ)

 共工は死ぬ事が出来ない。それは天上に居るとされる神がそう決めているからだ。例え動けなくなる程の損傷を受けても数百年の休眠を経て再びこの世に現れる。そしてその代の帝王に戦いを挑んでは負けていく。そんな事をどれほど繰り返してきたか共工は既に覚えていない。それに何の意味があるのかすら解らない。幾度も幾度も繰り返し、全てに厭きてそれでも終わる事の出来ない我が身を怨み続けていた。

「それでも今回はなかなか楽しかったぞ、大将。縁がありゃ、また会おうや」

 それは本心からの独白だった。この世に生み出されてから初めて一人ではなく仲間と戦い、そしてその中で盟友を得た。それは共工にとって今まで一度も体験した事の無い出来事だった。その儚くも心躍る日々に共工は一切の後悔を感じない。

 そして最後の役目を果たすべく共工は立ち上がる。途端に再び肩口から血が噴出し、目も眩む様な激痛が走る。ふらつきながらも共工は不周山の天梯目掛けて頭突きをし、文字通り世界を揺らした。元々天界と地上を繋ぐ役割を果たしていた天梯が折られた事により大地が傾いた。

 その様子を満足そうに眺めた後、共工は今度こそ絶命した。




 突然の事態に黄帝軍は当然ながら慌てふためいた。

「貴様、何をした!!!」

「共工に不周山の天梯を叩き折って貰った。これで最早天界は人間界に干渉出来まい」

「おのれっ・・・・・・」

どこか愉快そうに告げる蚩尤に対し激昂した黄帝は自らの剣を抜き放つ。

「貴様、自分のした事が解っているのか!?天梯が無くなれば、我ら天人は容易に両界を行き来する事も出来ず、二度と地上に神の恩恵が届く事も無くなるのだぞ!!!」

「神の恩恵? はっ、それこそ何を言っている。俺が先代炎帝より何も聞いていないとでも思っているのか? 神など既に・・・・・・」

「黙れ、黙れ、黙れええええええぇ!!!!!!」

 黄帝はまるでその先を蚩尤に言わせまいとする様に叫んだ。最早何の躊躇も無く蚩尤を斬り付けようとした正にその時、黄帝はふら付いたかと思うと急に力が抜けた様に地面に膝を付き倒れ込んだ。慌てて周りの応龍や顓頊ら将が駆け寄る。黄帝を改めて見てみれば、明らかに彼に満ち溢れていた力が減退している。自らの油断で共工に一本食わされた顓頊がこれも貴様の策かと蚩尤を睨んでくる。

 蚩尤にしてみても突然の事で一瞬驚いたが、何故か急に合点がいった。確証は無い。しかしきっと彼女が、自分の末妹が何事かを成し遂げてくれたのだと自然に納得していた。

 そして蚩尤のそんな確信は確かに的中していた。




 蚩尤が拘束され、黄帝軍に囲まれている場所より黄帝本陣側に遥か後方でも一つの事件が起こっていた。本来その位置には黄帝の本拠地が存在していたのだが、有り体に言えば壊滅していた。今回の戦の為に残された守人達も残らず斬殺されている。

 そこには明朝に撤退した筈の公主が剣を片手に返り血を浴びたまま立っていた。彼女の手には一冊の書物が握られている。

 名を『黄帝外経(こうていがいきょう)

 これこそ黄帝の力の一部にして、今しがた公主が封印した物だ。書を厳重に封じた後、慎重に懐に入れると一転、身を翻し逃げていく。

今はただ逃げる。

今はまだ勝てない、だから逃げる。

(必ず生き延びる。それが兄上の最後の願いだから。必ず護り通す兄上の子( ・・・・)を、子孫達を。それが私の誓いだから)

 公主は自らの胎を、そこに宿った生命(いのち)を慈しむ様に撫でる。

「私達を引き裂いた者達よ、例えどれだけの時が経とうとも必ず、貴様らの前に再び立ち塞がってやる。父上らの無念、兄上の覚悟、絶対に忘れるものか!!」

 虚空に向けて吼えた公主はそのまま走り去っていき、姿を消した。




 ようやく落ち着きを取り戻した、黄帝本陣には複雑な空気が漂っていた。叛乱の大本たる蚩尤は捕らえられ、後はこちらの意志一つで殺す事が出来る。

 しかし、それと同時に天梯は失われ、黄帝外経も奪われた。控え目に見ても黄帝が被った被害の方が大きい。しかも確かに蚩尤は叛乱の大本だが、それに荷担していた人間の九黎族は皆殺し損ない南方に逃げられた。戦上手で名を馳せるその者達が何時また牙を剥くとも知れない。とても手放しで勝利を喜べる状況ではなくなってしまった。

 そんな辺りが騒然とする中、

「・・・・・・何時か、何時の日か貴様の暴虐に立ち上がる者が現れるぞ。俺達の志を継ぐ者が。何百年、何千年経とうとも必ず俺達は再び貴様の前に立ち塞がってやる」

蚩尤は手足に枷を嵌められそれでもなお力強く、しかし静かに言葉を紡ぐ。自らのやれる事を全てやり切った清々しさがそこには漂っている。

その言葉に対して我に戻った周囲の者達から途絶える事の無い罵声が飛ぶが、蚩尤は気にした風も無かった。

「そ奴の首を刎ねよ」

 蚩尤から少し離れた正面位置に立っていた黄帝はその様子に苛立ちながら死刑を宣告する。

「・・・・・・お覚悟を」

隣に立っていた応龍から声を掛けられたと同時に、剣を振り上げる気配がする。






 終わりは何とも呆気無い物だ。剣が振り落とされたと同時に蚩尤の首が転げ落ち、周囲に飛び散った鮮血は、近くに生えていた樹木の葉を赤く染めた。長く続いた戦争の終結の瞬間に周囲の群衆から歓喜の雄叫びが上がった。

 この日、神話の時代は終わりを告げ、人の時代が始まりを告げた。

地上は天上に居る神の物でも、まして天界の物などではなく、そこに住む生きとし生けるもの達の物となった。しかしそれが、それこそが炎帝が望み、蚩尤達に受け継がれ、彼らが命を賭して成し遂げようとしたモノが結実した瞬間だった。


 はじめまして、もしくはいらっしゃるかどうか解りませんがお久しぶりです、陸要ですm(_ _)m

 先ずはここまでお読み頂きありがとうございます。前書きにも在る通り、この作品はインチキ神話モノです。基本的に中国神話を下敷きにしてはいますが、大分好き勝手に混ぜたり順序を変えたりしています。もはや正統性という意味では固有名詞しか残っていないかもしれません(汗)

 しかもこの作品、本来は元々別の本編があってその前日譚に当たります。そのせいで大分本文が読み辛かったかもしれません。はい、文才不足ですゴメンナサイm(_ _)m

 こんな作者ですが作品に対するご意見ご感想をいただけると嬉しい限りです。

 それではまた機会があります時まで失礼いたしますノシ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中国神話をベースにした中華ファンタジーとして、楽しく拝見させて頂きました。 中国の神話や道教のお話は、探してもなかなか資料も見つからず、取り扱っている作家さんも少ないので、 今回、読むこと…
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