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よくありそう?な異世界ファンタジーをショートコントにしてみた  作者: めっちゃ犬


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1/1

世界一の美女と賞賛される姫との距離は、王子が思うよりも遥かに遠い

朱塗りの柱がどこまでも続き、風が吹けば沈香の香りがふわりと鼻をくすぐる。


ここは大陸一の帝国、大藍だいらんの宮廷。


小さな島国「青海国」の王太子、青龍せいりゅうは、その長い廊下を侍従に先導されて歩いていた。


(ついに……ついに、胡蝶姫にお目にかかれるのか)


青龍は、キリリと引き締まった眉をわずかに動かし、緊張を悟られぬよう深呼吸した。


彼は二十一歳。藍色の絹の長袍チャンパオに身を包み、腰には国宝の聖剣を下げている。


背中まで伸びた漆黒の髪が、歩くたびに絹のように波打つ。


その姿は、宮中の女官たちが思わず足を止めて見惚れるほどの美貌だ。


しかし、今の彼に余裕はない。これから拝謁する相手は、世界一の美姫と賞賛される胡蝶こちょう姫なのだ。


「姫が微笑めば、花々は恥じ入ってしおれ、月も星も隠れてしまう」


そんな歌ができるほどに姫は美しく、その名を世界中にとどろかせている。


胡蝶姫に拝謁することは、青龍のたっての願いであった。


しかし、この帝国に留学して三年。何度拝謁を申し込んでも、色よい返事がもらえなかったのである。


それが、留学を終えて帰国する今になって、ようやく「別れの挨拶をする」という名目で許された。


こうして青龍は、初めて会う姫に「お別れ」を言うため、帝国の宮廷へと参じたのだ。



「こちらでございます、青龍殿下」


案内役の侍従が合図すると、二人の武官が朱に塗られた重厚な扉を開く。


(ああ、とうとうこの日がきたのだ……)


青龍は胸を高鳴らせ、一歩踏み出す。


「…………え?」


入室した瞬間、青龍は思わず声を漏らした。


部屋が、異様に長い。


横幅はそれほどでもないのに、奥行きがものすごくある。


広間というよりは、もはや屋内競技場のようだ。


青龍の足元から最奥まで、見事な龍の刺繍が施された絨毯が、延々と続いている。


異様だ。大陸中を探したとしても、これほど長い絨毯など他には無いに違いない。


部屋の両側の壁際には、色鮮やかな紗の衣を纏った女官たちが、ずらりと列をなしている。


その数、左右合わせて五十人は下らないだろう。


なかば呆然としながら、青龍は奥へと目を向けた。最奥の豪華なとばりの中に、女性らしき人影が座っているのが見えた。


(あれが、胡蝶姫……?)


……遠い……あまりにも遠い。


視力には自信のある青龍だが、見えるのは「ぼんやりした人影」である。


美貌を拝むどころか、これでは目や鼻がどこについているのかさえ分からない。


「もっと近くへ……」


青龍が歩を進めようとすると、侍従がスッと行く手を遮った。


「これ以上近づくことは、お控えくださいませ」


「おい、私はこれでも王太子だぞ」


青龍は片眉を上げた。


青海国がいくら小国とはいえ、侍従風情に軽く扱われるいわれはない。


「これぞ帝国の礼法。高貴なるお方は、容易にお顔をさらさぬものでございます」


侍従は顔色ひとつ変えるでもなく、しれっと言ってのけた。


「これでは挨拶の声も届かないではないか」


「私どもがお取次ぎいたします。帝国の礼法ゆえ、何卒ご理解いただけますよう」


侍従は慇懃に頭を下げた。


(やっと拝謁が許されたと思えば……)


青龍は騙されたような気分になったが、帝国相手に騒ぎを起こすわけにはいかない。


気を取り直し、精一杯の誠実さを込めて口を開いた。


「胡蝶姫、お初にお目にかかります。青海国の青龍です。留学の三年間、貴女の慈悲深い噂を聞き、お会いできる日を夢見ておりました。本日はお別れの挨拶に伺いました」


青龍がそう告げると、侍従は右側の列の端にいる女官へと近づく。


(何をするのだ……?)


侍従が姫へと言伝に行くものと思っていた青龍は、彼の行動に首を傾げた。


女官の隣に立った侍従は、彼女に耳打ちした。


「青海国の青龍です。お初にお目にかかります。お会いできる日を夢見ておりました」


その女官は、二番目の女官へ。二番目の女官は三番目の女官へと、順に伝言を伝えていく。


つまりは、伝言ゲームと同じ要領だ。


(嘘、だろ……?本当にこれが……帝国の礼法なのか?)


目の前で繰り広げられる伝言ゲームを、青龍は呆然と見守った。


その間にもゲームは続き、今は女官の列の中ほどまで進んでいる。


中ほどの女官は、次の女官へ。


「青海国の青龍です。お初にお目にかかります。貴女に会いたくて、夢見が悪くなりました」


また次の女官へ。


「青海国の青龍です。おやつにお目にかかります。あなたと食べたくて、夢見が悪くなりました」


次の女官。


「青海国の青龍です。おやつに目がくらみます。バナナを食べたくて、機嫌が悪くなりました」


……伝言は、金糸の刺繍が揺れる女官たちの列を、さざ波のように伝わっていく。


やがて、伝言を受け取った最後の女官が、姫に伝えるために帳の薄絹の中に入った。


姫が小さく頷き、一言二言返す。


答える時に、一瞬だけこちらを見た気もするが、遠すぎて分からない。


今度は左側の列の女官たちが、一斉に動き出した。


衣擦れの音とともに、密やかな声が徐々に青龍へと向かってくる。


ようやく、左の一番手前にいる女官が侍従に耳打ちすると、彼は仰々しく口を開いた。


「姫君よりのお言葉です。『まあ、青龍さまはバナナがお好きなのですね。私もですわ!』」


「……バナナ?」


青龍は固まった。


「さようで。南方の甘い果実でございますな」


「いや待て。先ほどの私の挨拶のどこをどうすれば、バナナの話になる!?」


自分の言葉は絶対に正確に伝わっていない。


青龍はそう確信して侍従をにらみつけるが、彼は涼しい顔で答える。


「青龍殿下、姫君はバナナの話にご満悦のご様子。さあ、次のお言葉を」


「……くっ!」


青龍は額に青筋を立てながらも、必死に落ち着きを取り戻そうとした。


ここで怒れば「小国の王子は器が小さい」と笑われてしまう。


「貴女の美しさは海を越え、我が国にも届いております。帰国後は、この交流を糧に両国の絆を深めたいと考えております」


今度はもっと明快に伝わるよう、はっきりと喋った。


侍従が右側に並ぶ女官のもとへ行き、伝言ゲームが再開する。


「貴女の美しさは海を越えております。帰国後は、この交流を糧に、両国の絆を深めたいと考えております」



「貴女の美しさは波も越えます。この交流を勝手に、両国のキズを深めたいと思います」



「貴女の美しさは波でございます。こうゆうのは勝手に、両方のキズを深めます」


そして最後の女官が姫へと耳打ちする。


「貴女の美しさは並でございます。交友を勝手に深めて、両頬にキスしたい」


「……まあ!」


胡蝶姫は目を丸くした。


先ほどはいきなり、おやつやバナナの話をされて困惑した。


それでも失礼のないように、当たり障りのない言葉を返したのに。


なのに、「容姿が並」だとか「キスしたい」だとか、ずいぶんと無礼ではないか!


自分は、大陸一を誇る帝国の姫であり、世界一の美姫と賞賛されているのだ。


胡蝶姫は遥か遠くに見える青龍を睨みつけながら、傍の女官に返事を伝えた。


その言葉はまた、左側に並ぶ女官たちによって青龍のもとに運ばれてくる。


最後の女官から言葉を受け取った侍従が、青龍へと告げる。


「姫君よりのお言葉です。『無礼な!とっとと国へお帰り下さい!』」


「……え?」


いったい、どうしたらそんな返事が返ってくるのか。自分が述べたのは、外交上の儀礼的な挨拶だ。


「おい!姫君になんと伝言したのだ?」


「殿下のお言葉のままでございます」


「それでどうしてあのような返事になる!?」


「申し訳ございません。高貴な方のお考えは、私のような凡夫には分かりかねます」


(コイツ……ハゲろ!全部ハゲてしまえ!!)


青龍は、深々と下げられた侍従の頭に、心のなかで呪いの言葉をかけた。


そして小さなため息をつき、最奥の姫君に向かって頭を下げると、踵を返した。


「もうよい。帰国する」


結局のところ、姫君に会わせる気などなかったのだ。


世界一の美姫に拝謁するなど、吹けば飛ぶような小国の王太子である自分には、身に過ぎた望みだったのだろう。


青龍は失意のまま、三年を過ごした帝国を後にした。




青龍の背中が扉の向こうに消えた瞬間、壁際に並ぶ五十人の女官たちが、一斉に安堵の吐息を漏らした。


帳の影から姿を現したのは、この茶番の総責任者である皇帝その人だ。


「ふん、小国の王太子風情が!我が姫に会いたいなど、百年早いわ!」 皇帝は満足げに顎を撫でる。


「はい、さすがは陛下でございます」


侍従が卑屈な笑みを浮かべて追従する。


「姫のご尊顔を見せないためのこの距離。そして、精鋭の女官たちによる絶妙な伝言の改ざん。これでは恋が芽生える隙もございません!」


「そうであろう!」


皇帝は愉快そうに声をあげて笑った。


しかし、肝心の姫には、ある心の変化が芽生えていた。


先ほどはカッとなって、怒りのままに言葉を投げつけてしまったが、思えば生まれて初めての経験をしたのだ。


(……信じられない)


彼女の心臓は、これまでにないほど激しい鐘の音を奏でていた。


(この私が……「並」……?)


生まれた時から、周囲は彼女を蝶よ花よと誉めそやしてきた。


「天上の美」


「月も恥じ入る美貌」


そんな聞き飽きた賛辞の檻の中で、胡蝶は退屈しきっていたのである。


父である皇帝が、自分を溺愛するあまり、近づく男をすべて排除しようとしていることも知っていた。


だからこそ、遠くから見かけた青龍の、凛々しく媚びない瞳に惹かれたのだ。


「一度話してみい」と、父に願ってのこの場だったのだが。


(あの距離で、顔も定かでない私に向かって、はっきりと「並」だと言い放った。おまけに「勝手に仲を深めて、キスをしたい」だなんて……!)


熱くなった頬を隠すように両手を当てる。


「……素敵」


「は、姫様? 今、なんと?」


傍らにいた女官が、耳を疑って問い返す。


「あの方は、私を一人の女として挑発していらしたのよ! 世界中がひれ伏す私の美貌を『並』と切り捨て、強引に……く、口づけを迫った」


胡蝶は、林檎のように顔を赤くしたまま、立ち上がった。


「あんなに男らしくて、不遜で、刺激的な方は初めてだわ!」


「いや、姫様、それは勘違いというもので……」


女官の必死の訂正は、もはや胡蝶の耳には届かない。


「お父様!」


胡蝶は皇帝のもとへ駆け寄った。その瞳には、かつてない情熱の炎が宿っている。


「私、今すぐ青海国へ行きます! 追いかけて、あの不届きな王太子の頬を張り倒し、それから……それから、私の心を奪った責任を取らせて差し上げるわ!」


「なっ……!? 胡蝶、落ち着け! あいつはただのバナナ好きの無礼者だぞ!?」


皇帝の狼狽をよそに、胡蝶はすでに、動きやすい旅装束の準備を女官に命じていた。


「馬を!早くしなければ、青龍さまの船が出てしまう!」




港で国へ帰るための船を待っているとき、青龍は激しい悪寒に襲われた。


「……なんだ。誰かに、とんでもなく恐ろしい呪いをかけられている気がする」


彼はまだ知らない。


伝言ゲームの失敗が、最悪の方向へ転がったその結果。


世界一の美姫ならぬ、帝国一の「じゃじゃ馬姫」が、文字通り国を越えて自分を追いかけてくることになろうとは。


青龍が願った「両国の深い絆」は、予想もしない形で達成されようとしていた。


「バナナ……いや、本当に何だったんだ、あの面会は……」


青龍が遠い目をして呟いたその時。


帝都では、一頭の早馬が砂塵を上げて爆走し始めたのである。



とりあえず「完」

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