8.契約ルール
――放課後。
キラキラとホコリが舞う西日が差し込む教室内。
笑い声が交じり、張り詰めた空気を溶かしている。
私はカバンに荷物をまとめながら、向かいの席の真央に敦生先輩との報告をした。
「へぇ〜、あの敦生先輩と恋人になったんだ。やるじゃん」
真央は、准平との過去を唯一知っている人物。
「偽物だよ! 偽・彼・女! だって、こうでもしないと、諦めてくれなそうなんだもん」
カバンの中にぐいぐいと教科書を押し込み、ふくれっ面をする。
敦生先輩と出会ってから、静かに過ごす時間は奪われ、いつしかさらし者に。
真央はカバンを肩にかけ、小走りで私の横につく。
「でもさ、せっかく変わるチャンスが来たんだから、ちょっと前向きに考えてみるのはどう?」
ちょっと嬉しそうな声に、胸がぎゅっとした。
「どうして?」
「たった1ヶ月間でしょ? その間だけでも、准平を忘れられるんじゃない?」
バス転倒事故を知ってる人は、腫れ物に触るような態度で私に接してきた。
彼女はそこから抜け出すことを願っている。
「……べつにいいよ。過去を背負ったままでも」
カバンを閉じ、軽くため息を落とす。
准平への片想いは、アイドルに胸をときめかせるのと同じようなもの。
そう思いながら、2年間やり過ごしてきた。
「ダメダメ! 里宇の両親や准平の両親だって、心配してるんじゃない?」
その言葉が、ストンと胸の奥に落ちていく。
「それはわかってる。でも、両想いだったから……」
深いため息をつくと、急に廊下が騒がしくなった。
ふと目を向けると、敦生先輩が「里宇〜!」と、前扉の向こうで手を上げている。
げっ、あいつ!
教室まで迎えに来るなんて……。
カバンを鷲掴みして、真央に「また明日」と伝えた。
廊下に出ると、敦生先輩の腕を引いて走った。
はあはあと息を切らし、渡り廊下で足を止める。
「教室まで、なにしに来てんのよ」
私の声が響き渡り、渡り廊下を包みこんだ。
遠くから聞こえる生徒の声に配慮し、息を潜める。
「一緒に帰ろうと思って。だって、恋人でしょ」
「はぁ? どうして私がそこまで……」
呆れたように息を吐き、背を向けた。
恋人って……、こっちはその気がないのにバカバカしい。
彼は私の前に周ると、壁に手をドンッと打ち付けた。
「ひゃっ!」
私の体がビクッと揺れ、息を呑む。
彼は西日に照らされながら、ポケットから一枚の紙を取り出した。
私の目の前にひらりと掲げ、指を滑らせ、⑤番の上でぴたりと止める。
「ここ、なんて書いてある? 読んでみ?」
まるで教師が生徒に質問するように問う。
残念ながら、自分で書いたのに答えたくない。
私は目を横に向けた。
こんな契約ルールはバカげているし、准平に頭が上がらなくなる。
無言とともに、冷たい風が流れた。
「ほら、よく見て。なんて書いてある?」
彼は指先でちょんちょん叩き、紙を揺らす。
私は手汗をにぎり、息が詰まった。
私がイヤホンを壊してしまった時とは別人のように、意地悪さに磨きがかかっている気がする。
「”1ヶ月間、偽彼女の約束は守ります”……と」
荒い息を整え、声を詰まらせながら答えた。
すべての契約ルールを守ってもらうつもりで⑤番を書いた。
それが、逆手に取られるなんて。
拳がワナワナと震える。
「わかってるならいい。12月24日まで、きっちりけじめをつけてもらうからね」
「なによ、それ……。借金取りみたい」
こんなに面倒くさいことを、なんで私が。
脅迫されているようで腹が立ち、ムッと口を尖らせた。
「おまえがそうさせたんだろ。人の宝物を壊したんだから、ルールは守れよ」
「うぐぐっ……! そっちこそ、ちゃんと守ってよね」
なによ、意地悪男。
信じてほしいだけかと思ってたけど、私をバカにしたいだけ?
「守るよ。絶対に――」
――このときは、偽彼女という立場を軽くしか考えていなかった。
でも、彼の提案が、准平との思い出の時間を削り始めるなんて、思いもよらなかった。




