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6.1ヶ月だけの約束



 ――翌日の放課後。淡い夕日が、昇降口の窓を朱く染めていた。

 私は賑わいに包まれている三年生の昇降口へ足を運び、敦生先輩を呼び止めた。

 二人でグラウンドの傍にあるベンチに腰を落とす。

 風が砂をさらうたび、グラウンドが波打っている。


 私は、好きな人を事故で失ったこと、そして約束が怖くなったことも伝えた。

 ここまで話せば、少しはわかってもらえると思っていた。


「……だから、偽彼女は無理なんです」


 スカートの上で、そっと拳を握りしめた。

 沈黙が続き、もう諦めてくれるだろうと思っていた――ところが。


「実は俺、信じていた人に裏切られていたんだ。なにも知らないで浮かれていた自分が、バカだなと思うくらい」


 予想外のカミングアウトだった。

 私の目線は、自然と吸い寄せられていく。


「えっ」

「ごめん。……あんたの気持ち、試させてもらった。人を信じるのが怖かったから」


 遠くを見つめている彼の瞳は、過去の傷を撫でているかのよう。

 でも、もしかしたら嘘かもしれない――。


「ひどい……。本気で心配してたのに」


 勢いよく立ち上がった瞬間、彼に手首を掴まれた。

 振り返ると、真剣な眼差しが突き刺さる。


「こっちこそ、本気で悩んでる。あんたは俺が言ったことを考えてくれたし、偽彼女になれない理由も伝えに来てくれた」

「だって、それは……」

「そういうところを含めて頼みたい。あんたに会えて、ようやく変われそうな気がしたんだ」


 心の奥が、砂嵐に巻き込まれてしまったようにざらついた。


 なによ、それ。

 試されていたなんて、全然気づかなかった。

 こっちは真剣に悩んで、過去をさらけ出したというのに。


 ――だけど、彼が嘘をついているような目には見えなかった。


「無理。偽物でも先輩の彼女になったら、准平を裏切ることになる。准平は、これからも私を好きでいてくれるし」


 彼から手を離し、マフラーの端を握る。

 どんな事情があっても、私は変わらない――准平のことを想い続けている限り。


「俺は彼女が欲しいわけじゃない。信じられる人が傍にいてほしいだけ」

「……信じられるわけがない。みんなにそう言ってるんじゃないの?」


 心臓がバクバクと波打ち始めた。

 疑いの眼差しで聞くと、彼はスマホを出して電話帳を開き、私に向けた。


「そう思うなら、このデータ全部消していいよ」

「えっ! でも、消したら困る番号だっていっぱいあるんじゃ」


 スマホに反射した太陽の光で、彼の表情が一瞬柔らかく見えた。

 その瞬間、胸の奥の氷が少しずつ溶け始めた気がした。


「べつに。……たぶん今は、あんたくらいしか信じられそうにないし」


 呼吸が浅くなるほど、胸がぎゅっと締めつけられた。

 本心で言ってるかわからないし、正直こんな提案自体、バカバカしい。

 好きでもない人に偽彼女を頼むなんて、やっぱりおかしい。


「そんな、大げさな……」

「大げさじゃない。あんただからお願いしてる。1カ月間だけでいいから」


 でも、その眼差しがあまりにもまっすぐで、嘘をついているようには見えなかった。

 その話がもし本当なら、断ったことを後悔するような気がする。

 同時に、イヤホンを壊した罪悪感も、心の奥で静かに疼いていた。


 考えれば、たったの1ヶ月間。

 それくらいなら、きっと耐えられる。

 試練さえ乗り越えれば、イヤホンの件を許してくれる。

 それに、乗り切った先には、准平のことを一途に思い続けられるだろう。


「わかった。1ヶ月間だけなら……」


 目線を斜めに落として、呟いた。

 この期間が早く終わることを願いながら。


「本当に、いいの?」


 木々のざわめきと共に、少し明るい声が届く。

 目を合わせると、彼はふっと微笑んだ。

 それを見て、胸がチクッと痛む。


 准平の笑顔が胸の奥に焼き付いてる限り、私は裏切らない。

 偽彼女といっても、あくまで弁償のひとつに過ぎないし。

 スカートの膝元を握り、こくんと頷いた。


「でも、私には忘れられない人がいることを、覚えていて欲しい。……1ヶ月後には、必ず赤の他人になってもらう。それが条件だからね」


 ――こうして、私と敦生先輩は、期間限定の偽恋人になった。



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