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5.似てると言われた夜



 ――私は墓苑を離れた後、街へ出てアルバイトを探した。

 やはり、弁償の道しか選べない。

 ネオンが滲む夜の街を歩く。

 時おり、車のライトが降り注ぎ、ざわめきをより賑やかせていた。


「やっぱり、バイト代で返すのが筋よね……」


 白い息を吐き、胸の奥のざわめきを押し込めながら、カフェを離れた。

 イヤホンを返せば、悩みは消えるだろう。


 ポケットに手を突っ込んだまま辺りを見回していると、背後から靴音が接近してきた。


「ねぇ、どこへ行くの?」


 男性に声をかけられ、振り返る。

 そこには二十代前半くらいの少し派手めな人が立っていた――ナンパ、か。

 無視して先を歩くが、彼はついてくる。


「ほんのちょっとだけでいいからさ、話そうよ。お願い!」


 手首を掴まれ、反射的に息を呑んだ。

 怖い……。背筋が凍って足が動かない。

 人と関わりたくないから、いままでアルバイトを避けてきたのに、こんな目に遭うなんて。


「無理。嫌だって言ってんの!」


 きつい口調で言い、軽く睨みつけると、男性の隣に人が現れて手首を離した――敦生先輩だ。

 予想外の事態に、自然と目が見開く。


「こいつ、俺のツレだから、触んないでくれない?」


 敦生先輩はそういうと、男性は舌打ちして離れていく。

 私は敦生先輩から顔を背けた。


「どうして余計なことをするの? これ以上、借りを増やしたくないのに」


 素直にありがとう、とか――言えない。

 偽彼女の件で腹が立っていることもあって、敬語を忘れた。


「たまたま通りがかってね。それに、あんたが辛そうに見えたし」

「私のことなんて、関係ないでしょ」


 もう二度と傷つきたくないから、距離を置きたかった。

 歩くスピードを上げると、敦生先輩は背中から声を浴びせる。


「ねぇ、どうしてそんなに突っ張ってんの?」


 ピクンと指先が揺れる。

 その言葉が、心のかさぶたをめくり始めた。


「好きな人がいるって言ったでしょ。それに、あなたみたいな軽い人と関わりたくない」


 敦生先輩の顔を見たせいか、イヤホンのことを急に思い出した。

 カバンから自分のネックバンドイヤホンを取り出す。

 彼の元へ行き、手のひらに乗せると、白いイヤホンが街灯でキラリと反射した。


「バイト代を貯めたら必ずイヤホンを弁償する。その間、これを使っててくれない?」


 いますぐ弁償できないから、その間のつなぎにと思っていた。

 敦生先輩はじっと見つめたまま、指一つ動かない。


「……なに、それ」


 低く落ちた声。

 私は思わず背筋が伸び、手のひらが少し震えた。


「えっ」

「悪いけど、あれの代わりになるものなんてない」


 まっすぐに向けられた瞳に、私は目線を落とした。

 これが最大限できる配慮だったのに。


「それに、軽い人で片付けないでくれない? 俺の気持ちなんて、知らないくせに」

「そう思われたくないなら、違う方法にしてよ。適任者がいるでしょ」


 きつく返事をすると、敦生先輩は首を傾けた。


「……俺のこと、よく知ってるね」

「毎月のように、彼女変えてるって噂になってるし」


 そんな人の事情に巻き込まれたくないし、関わりたくない。

 そこまで心に余裕ない。


「俺は、あんたがいいから頼んでる」


 心臓が跳ね、見上げた。


「えっ」

「似てるんだ、あんたは俺に」


 街灯に照らされている瞳に、暗い影が宿っていた。

 ――2年前の私と同じように。

 車のクラクションが、気持ちに向かい風を送った。

 だけど、私には関係ない。

 敦生先輩と一緒にされるのはごめんだ。


「似てるなんて、勘弁して。私、そんなに軽くない!」


 怒鳴りつけたあと、暗闇に向かって逃げた。

 白い息とともに、嫌な記憶を押し込めた。



 ――就寝前。

 ベッドに腰をかけて、写真立ての准平を見つめた。

 指先で写真を撫でていると、瞳に小さな雫が浮かび上がった。


 心の中で准平が生きてる限り、この気持ちは揺らがない。


 きっと、他の子なら偽彼女でも喜ぶだろう。

 でも、私には無理。

 偽彼女になれない理由を素直に言えば、諦めてくれるかな。


 深いため息をつき、彼の言葉を思い出す。

 似てる、と言ってきたあのときの目が、事情を抱えていそうな気がした。


 間接照明の灯りが、暗い表情に影を作った。

 


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