3.弁償の代わりに
――翌日、私はざわつく教室内で、昨日とは別の通販サイトを見て、ため息をついた。
画面をじっと見つめ、肩を落とすと、廊下の方が急に騒がしくなった。
つられるように見ると、教室の前方扉に敦生先輩の姿が――。
私と目が合った途端、彼は人差し指をひょいひょいとこっちへ向けた。
来い、という合図だ。
席を立って、腰を低くしたまま彼の元へ。
「あ、あの。昨日はすみませんでした。あとで先輩の教室まで行こうかと……」
上目遣いのまま言うと、彼は私の生徒手帳を突き出した。
「こういうの渡されても困るから」
「逃げたと思われるのが嫌ったんで。この見た目で、結構損していますから」
私は小さくため息をつき、両手で生徒手帳を受け取る。
「中に入ってた写真は彼氏? バンドマンっぽかったけど」
胸がドキッとした。
頬が赤く染まり、生徒手帳を胸に抱える。
「中身を見たんですか?!」
「身分を明かしたかったんでしょ?」
「まっ、まぁ……そうですけど」
計算外だった。
渡したときは、名前だけ確認するかと。
「それより、どう弁償したらいいですか。昨晩からショッピングサイトを眺めていたけど、三万円切るものってなかなかないし、多分代わり……じゃ無理ですよね」
冷や汗をにじませ、上目を向けた。
申し訳ない気持ちと、早く終わらせたい気持ちが交錯する。
「悪いけど、イヤホンの代わりになるものなんてない」
やっぱり、そうだよね。
「じゃあ、どうすれば……」
「丸1日考えたんだけど、弁償しなくていいよ」
「えっ、でも」
「その代わり、交換条件でどう?」
頭の中が真っ白になった。
いままで弁償のことしか頭になかったから。
「……その交換条件、とは?」
達成できるかわからない。三万円分の交換条件なんて。
あれほど高価なものと引き換えになるほどだから。
……でも、聞く価値はある。
「1ヶ月だけ、俺の偽彼女になってくれない?」
彼は表情を一転させ、にこりと微笑んだ。
私は思わぬ提案に、目をきょとんとさせる。
弁償とは、似ても似つかない。
「どうして私が、先輩の偽彼女に?」
気になるのは、”彼女”ではなくて、”偽彼女”だということ。
「魔除け」
「……は?」
「女を近づけない役にぴったり。あんたなら俺に惚れなそうだから、安心かなって。面倒な女に狙われやすいから、モテるって結構たいへんなんだよね」
意味がわからない。
まだ敦生先輩のことはなにも知らないし、私は准平のことが――。
「バカバカしい。私、遊びで偽彼女なんて、引き受けるつもりなんてないし」
プイッと目を背けた。
もしかしたら、からかわれてるのかもしれない。
「じゃあ、本気の偽彼女ならいいの?」
「ばっ、バカにしないでください! 私、好きな人いるんで――失礼します!」
拳に力を込めて背中を向けた――でも、その直後。
「でも俺、諦めないよ」
振り返ると、彼は私を寂しそうな目で見つめていた。
私は唇を噛み締めて、教室に戻っていった。
なによ、偉そうに。
こっちは真剣に心配してるのに。
イエスなんて絶対に言わない。
イヤホンを壊したからって、軽々しく扱ってほしくないのに。
席に戻り、机に両手を置き、ふて寝する。
申し訳なさが、偽彼女騒動でムカつきに変わった。
だけど、彼の瞳の奥が笑っていなかったことと、あのときの声がなぜか耳の奥に残っていた。
偽彼女……。
先輩はモテるのに、どうして”私じゃなきゃダメ”だったんだろう。
――結局、話の折がつかなかった。
私の条件と、彼の条件がケンカをしたまま。
最後はどちらかが折れなければ、きっと私は、三万円のイヤホンの呪縛から逃げ切れない。




