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34.忘れられないひと月



 ――冬休みを迎えた。

 私は毎日ベッドの上でゴロゴロして、スマホを見ては、ベッドに投げ捨てていた。

 敦生先輩からの連絡を待ってるわけじゃないし、忘れなきゃいけない。

 でも、どうしても敦生先輩との時間が忘れられない――。


「あぁっ! もう! ……あいつ、どうしてあんな酷いことを」


 イライラしても、仕方ないのにね。

 そうだ、心を浄化するにはお墓参りが一番かもしれない。

 私には、やっぱり准平しかいない。

 そう思わないと、壊れてしまいそうで。


 ベッドから立ち上がったあと、コートに着替え、無意識にマフラーを掴んだ。

 でもそれは、敦生先輩がくれたもの。

 悔しくて、ベッドの隅に投げた。


 代わりに、准平がくれたマフラーを掴んで、首に巻く。

 指に引っかかる縫い目に、目線が吸い寄せられる。

 これにも敦生先輩の想いがぎゅっと詰まっていて、胸が痛む。


「なによ、あいつ……。勝手に人の心に入ってきて、乱していったくせに」


 嫌いにならなきゃいけないのに、なぜか思い出してしまう。

 いい思い出も、悪い思い出も――。

 どれも大切な思い出になっていたはずなのに。


『1ヶ月間、すげぇ楽しかった。おまえを選んで正解。人を信じる気持ちを思い出させてくれたのは、おまえだけだったよ』


 あのときの言葉も、嘘だったの?

 綾梨さんの代わりとして、利用されただけ。

 絶対に許せないんだから。


 もう、思い出すのも嫌なのに……。

 

 首を横に振って、妄想をかき消してから、部屋を出た。


 一人で准平のお墓へ向かい、花を添え、手を合わせる。

 お墓参りの時期から外れているせいか、木々のざわめきが墓苑を包みこむ。

 線香の香りが身にまとい、二羽のカラスが頭上を通って影を作った。


「まさか、同じような傷を持った人が、こんな近くにいたなんてね」


 綾梨さんのお墓に連れて行ってくれたときの言葉も、全部嘘だったのかな。

 酷いことをしてきたのに、どうしても信じられない――。


「これからは、准平だけを想い続けるね。あんな奴のことなんて、二度と思い出したくない」


 お墓を離れようとすると、正面には花を持った准平の母親がこちらへ向かってきた。

 向こうが先に気づき、首を傾ける。


「里宇……ちゃん?」

「あっ、どうも」


 ペコリと頭を下げると、彼女はお墓の前に手荷物を置いた。


「もしかして、定期的にお花を添えに来てくれていたのって、里宇ちゃんだったの?」

「あ、はい。私には、こんなことくらいしかできないから」


 あのとき私が約束したせいで、准平は帰らぬ人に。


「ありがとう。准平も喜んでるわ」


 母親はお線香をあげて、手を合わせた。

 鳥の鳴き声が、頭上を通り、遠く消えていく。


「あれからもう2年ね。今頃、天国で彼女と幸せにしているかしら」


 母親はお墓を見つめて、ふっとため息をつく。

 その言葉が、線香の煙のように周囲の音をかき消した。


「彼女……って? なんのことですか?」


 私は思わず首を傾げた。


「1ヶ月くらい付き合ってたのかな。事故の日も、彼女に会いに行くってはりきってたの。きれいな子だったわよ。たしか名前は……えっと、綾梨ちゃんって言ったかしら?」

「えっ、綾梨?!」

「何度も写真を見せてきたから、しっかり覚えてる」


 事故当時、亡くなったのは五名。

 そのうちの一人は准平で、敦生先輩の彼女もいたと聞いている。

 偶然は、こんなにも残酷だ――。


「そ、その話、詳しく聞かせて下さい!」


 私は顔色を変えたまま、母親に詰め寄った。

 風の音が止まり、なにかが胸の奥で静かに崩れ落ちていく。


 事故当日、准平は彼女に会いに行くと伝えていた。

 私は病院で彼の父親から紙袋を受け取ったとき、マフラーは自分のものだと思い込んでいた。

 彼の父親は、幼なじみの私へのプレゼントだと勘違いしていたから。


 つまり、いま身につけているマフラーは、綾梨さんへのプレゼント。

 「好きだ」と書いてあったメッセージもそう。

 全部、私のものじゃない。


「……っ!」


 あの人の言葉が、今さらになって胸の奥を刺した。

 それまでは両想いだと思っていたけど、本当は一方通行だった。

 これも全て、自分の気持ちを伝えなかったことが原因だったのかもしれない。


 木漏れ日が、まるで小さなスポットライトのように私を照らす。


「里宇ちゃん。幼なじみとして気にかけてくれるのは嬉しいけど、過去に縛られちゃダメよ」

「あ、はい」


 失恋が確定してしまったことに気付かされたけど、敦生先輩も同じ――。

 イヤホンが手放せないほど、綾梨さんのことを大切に思っていたのに。


 カサカサと宙を舞う枯葉が、心をざわめき立てた。

 どうして世界は、こんなにも残酷に重なり合わせるのだろう。

 私の小さな幸せと、彼の運命は、こんなにも遠く隔たっていた。



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