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31.新しい自分に



 ――俺は、遊園地から帰宅し、リビングの隅に置いていたスーツケース2台、リビング中央で広げた。

 クローゼットへ行き、取り出した服を折りたたみ、詰め込んでいく。

 必要最低限の物を除いて、明日ニューヨークの自宅へ送るつもりだ。


 里宇に留学することが言えなかった。

 タイミングが悪かった……いや、それは言い訳。

 最後まで楽しい時間を過ごしたかった。

 留学の話をすれば、どんな顔をするか想像できたから。


 ――正直、もう人を傷つけたくない。


 ソファーにかけていたジャケットのポケットから、イヤホンを取り出した。

 指先に、冷たい感触が残る。

 光がキラリと反射したが、よく見たら結構傷だらけ。

 昔の自分を見ているかのように。


 小さく息を吐いて、そっと目を閉じた。


 辛い過去を精算してニューヨークで新生活を送ろうと思ったのは、半年前。

 両親から留学を進められていたこともあって、受験した。

 綾梨の影を消したかったから。


 里宇に会うまで、過去に縛られていた。

 綾梨が別れたいと言ったとき、俺が最後のデートの提案をしなければ、事故に巻き込まれずに済んだ。

 少し困ったような表情が、いまでもまぶたの裏に焼きついている。


 でもあのときは、ある悩みを抱えていた。

 綾梨の口から出た、信じがたい言葉。

 俺にはどうしてもそれが理解できなかった。

 それが、執着の原因に。


 それからずっと、綾梨を忘れることができなかった。

 あの日、里宇に会うまでは。


 暖房の音が揺れる室内は、まるで心の中をリセットしていくかのよう。


「綾梨……。俺、もう前を向くよ。あいつのおかげで、ようやく乗り越えられたし」


 自分と同じような心の傷を覆っていた里宇。

 俺よりも強く生きているように見えた。

 だから、あいつの強さに自然と支えられていた。


 いや、本当のあいつは強くない。

 過去を乗り越えるために、震えている手で自分を支えていたんだろう。


 そんな姿を見ているうちに、自分の弱さと向き合うようになっていた。

 あいつは”好きな人に先に気持ちを伝えていれば”と言ってたけど、俺も同じだったかもしれない。

 結局、あと一歩が進めなかった。

 もう一度人を信じてみようと思ったのは、きっとあいつが傍にいてくれたから。


 人を信じることが、幸せを運ぶと知った。

 このイヤホンが、その証。


『力不足かもしれないけど、一緒に前を向く準備はできてる。だから、一歩踏み出してみない?』


 あいつのおかげで、フィルター越しの想いを受け取った。

 こんな日が来ると思わなかった。

 2年ぶりに綾梨の声を聞いた瞬間は、もう前を向いていたんだと。


 これからは新しい自分に生まれ変わりたい。

 自分自身も、人にそう思ってもらえるように。


「日本を離れたら、新しい自分に生まれ変わる。だから……、バイバイ」


 ゴミ箱の前でイヤホンを逆さに落とすと、カサッと音をたて、他のゴミに埋もれた。

 ――もう、過去に縛られない。

 静かに息を吐いて、荷造りに戻る。


 でも、これで終わりじゃない。


 床に散らばった服の隙間からスマホを拾う。

 すぅっと息を吸い込み、三島に電話をかけた。


「ごめん、こんな時間に」

『なに、どうした?』

「お願いがあるんだけど、ちょっといいかな。……最後、だから」


 それは、前に進むための大事な決意。

 最後は、里宇らしくいられる方法を選択したい。


 間接照明の灯りが、一つだけ小さな影を作った。

 それは、まだ消えない心の残像のよう。

 そっと目を閉じる。

 もう振り返らないと決めて――。



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