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30.最後の観覧車



 ――クリスマス当日。

 私は約束の場所へ向かうために家を出た。

 向かう先は、遊園地――2年前に准平と約束していた場所。

 天気は快晴。気持ちを後押しするかのように、追い風が背中を押していた。

 縫い目がガタガタしているマフラーだって、きっと前向きになったことを喜んでいる。


 准平と約束していたあの日と同じように、バスに揺られる。

 遊園地に到着すると、敦生先輩はエントランスの前に立っていた。

 その笑顔に、ほっと胸を撫で下ろす。


「おはよ。先に待っててくれたんだ」

「その方が、安心かと思って。約束だから」


 ほんの小さなことでも、笑顔がこぼれる。

 すると、彼の手がこちらに向けられた。


「それよりさ、手……繋がない? デートなんだし」

「えっ」

「契約ルール――体には一切触れないってやつ、俺は同意してないし」


 心が追いつかなくて、契約ルールのことなんて、すっかり忘れてた。

 私はふっと微笑んで、彼の手を取る。


「いいよ。今日だけはね」


 最後だから――なんて、絶対に言えない。

 こう答えただけでも、声が震えていたから。


 ジェットコースターに、バイキング。お化け屋敷に、メリーゴーランド。

 散々歩き回り、騒ぎ疲れてフードコートでお昼ご飯に。


「あー、楽しかった! 先輩ったら、ジェットコースター苦手なんだね」

「べっ、べつに。おまえの反応が見たかっただけ」

「……変な意地張っちゃって」


 食べ物の香りに包みこまれる中、私はポテトをつまみ、彼を見つめる。

 毎日見てきたせいか、今日で最後なんて実感が湧かない。

 じっと見つめていると、彼と目が合う。

 胸がドキッとして、目線を落とす。


「ねぇ、どうして1ヶ月間の約束なの?」


 その理由を今日まで聞いてこなかった。

 でもいざ口にすると、別れが鮮明になってくる。

 彼はドリンクを口から離し、くすっと笑った。


「延長したくなった?」

「ちょっ! そういうことじゃなくて」

「あはは、そんなに否定しなくても」

「もう」


 むくれていると、彼は真顔に戻り、唇がわずかに震えた。

 瞳は揺れ、口を結び直し、視線をななめ下に置く。


「えっ、えっと…………。あっ、綾梨が……」


 言葉を探すように、視線が揺れる。


「綾梨さんが?」


 聞き返すと、彼は不自然に息をごくりと呑んだ。


「……天国へ行ってから、2年経ったんだ」


 彼はかすかに息を吐いて、話を続けた。


「けじめをつけようと思って」


 そう言った後、彼は視線を外した。

 その声は、どこか遠い――。

 私の知らない理由を、必死に飲み込んでいるように見えた。


「そっか。私も頑張らなきゃ。きっと、綾梨さん、天国で見ていてくれてる」

「そうかもな」


 私たちを包んでいるざわめき声が、少し多く聞こえたような気がした。


 ――食事を終え、一通り遊び、最後に連れて行かれたのは観覧車。

 彼は街を一望できるほどの大観覧車を、目の前で眺めた。


「実は綾梨と最後の日、この観覧車で別れる予定だった。だから、今日もお別れはここでしようって決めてたんだ」


 私は彼の横顔を見つめると、その眼差しは大雪の日に約束したあのときのように、ほんのりと熱を帯びていた。

 5分ほど列に並んで、向かい合わせに座る。

 ガチャンとロックがかかる音に、一瞬体が揺れた。


「観覧車が一周したら、元の関係に戻ろう」


 彼はそう言い、窓枠に肘をついて外を眺めた。

 私は首を縦に振るだけで、いっぱいいっぱいに。


「俺、ずっと弱虫だった。いろんな人と接してきたけど、結局表面的なところしか見れなくなっていて。三島の言葉さえ、素直に飲み込めなくなるくらい」


 夕日が彼の横顔を照らしている。

 私は、ただただ見つめることしかできない。


「だけど、偶然にもおまえと接点ができた。なにごとにもまっすぐぶつかっていく姿勢を見て、俺より強く生きてるんだなって羨ましく思ったよ」


 観覧車が頂上を目指すたびに、息が苦しくなっていく。

 最後は大笑いして別れようって決めたはずなのに、全然そんな気にはなれない。


「でも、途中から体が震えているのに気づいて、無理してるんだなって。それが、少し自分と重なっているように思えて、見過ごせなかった」


 敦生先輩の声が震え始めた。

 私の胸にまっすぐ突き刺すくらい、気持ちが伝わってくる。


「私こそ、ずいぶん励まされたよ。誰かにマフラーを破かれたことが一番悔しかったけど、先輩が縫い直してくれたから嬉しかった……きっと、一生忘れない」


 唇を噛み締めたら、目頭が熱くなった。

 今日は泣かないって、決めてきたのに。


 山の奥へ消えていこうとしている夕日が、二人の影を遠くに伸ばした。


「1ヶ月間、すげぇ楽しかった。おまえを選んで正解。人を信じる気持ちを思い出させてくれたのは、おまえだけだったよ」


 彼は瞳をうるませたまま、ふっと微笑んだ。

 それを見て、二人の時間が残りわずかだと思い知らされる。


「私も感謝してる。敦生先輩のおかげで、現実を少しずつ受け入れられるようになった。偽彼女だったり、マラソン大会だったり。先輩ったら、准平のことをゆっくり考えさせてくれないんだもん」


 涙をこらえながら作り笑いしていると、彼はリュックサックから紺色のラッピング袋を取り出して、私に向けた。


「これは?」

「クリスマスプレゼント。気に入ってもらえるか、わからないけど」

「うそ……。私、なにも用意してない」


 こんなことになるなら、意地を張らないで買っておけばよかった。


「気にしなくていいよ。最後、だし」

 

 ……最後、か。

 暗い表情のままラッピング袋を受け取って、するりとリボンほどく。

 手を突っ込むと、出てきたのはピンクのマフラー。

 ふわふわした手触りで、彼の眼差しと同じように温かい。


「ありがとう……」


 手の中のぬくもりが、鼻頭を赤く染めた。

 准平からもらったマフラーを外して、新しいマフラーを巻く。

 新しい香りが、身を包み込む。


 地上まであとわずかになると、敦生先輩は手を差しだした。


「1ヶ月間、ありがとう。おまえには感謝してる」


 この手を握れば、私たちの契約は終わり。

 でも、握るしかない――約束したから。


 手を握ると、入退場口の照明が窓から差し込んできた。

 シンデレラの時間は、もう終わり。

 指先から入場口の光を浴びて、重い口を開いた。


「私も、楽しかった」

「これからも元気で」


 握った手の温かさが、いままでの記憶を全部思い出させる。

 この1ヶ月間が、光に満ち溢れていたから。

 彼の手を離したら、もう二度と同じ光を浴びることはない。

 家を出る前から覚悟を決めてきたのに、自分から離す勇気が出ない――。



 観覧車を降りると、空はすっかり暗くなっていた。

 私たちは向かい合わせになり、最後の瞬間をこの目に映す。


 「じゃあ、元気で」


 彼が背中を向けた瞬間、心臓がドクンと低い音を立てた。


 数々の楽しい思い出が蘇る。

 楽しかったことや、苦しかったこと。

 わかり合えた最後の瞬間まで……。


 足が無意識のうちに、彼の背中を追った。

 後ろにつくと、震えた指先のまま、服をぎゅっと掴む。

 冬の風が、頬をふわりとなぞった。

 マフラーのぬくもりが消えていくようで、怖い。


「元気で……だなんて、大げさだよ。卒業まで時間があるから、きっと廊下ですれ違うし」


 なに言ってるんだろ。

 今日で最後なのに、なんとも思っていないはずなのに――なんか、嫌。

 お別れなんて、心の準備ができてない。

 契約は今日までって、割り切っていたはず。

 これからは、准平への想いを最優先にしていこうと思っていたのに。


 瞳を揺らしたまま俯いていると、敦生先輩は振り返った。


「……そうだね」


 薄く笑うと、私の手をほどいて、暗闇の向こうへ去って行った。

 見慣れていたはずの背中は、なぜか少し遠い人のように――。

 また学校で会えるはずなのに、なぜか胸がざわつく。


 そのざわめきが、本当の意味を知るのは、もう少し先のことだった。


 人影が消え、静寂に包まれている遊園地は、楽しい時間を溶かしていく。

 今日の出来事が、夢だったらよかったのに。

 


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