28.重なる距離、離れる想い
――2日後の、12月22日。
昇降口に到着すると、敦生先輩が壁から離れ、私の方に向かってきた。
にこりと微笑んできた笑顔に、思わず胸が高鳴る。
「おはよ。おとといは看病してくれてありがとう」
「べっ、別に! 自分の責任だし……。それより体調はどうなの?」
素直に「昨日は遅くなってごめん」とか言えばいいのに――私、かわいくない。
サッと目線を落とすと、敦生先輩はすぐ手前で足を止めた。
「ずいぶんよくなったよ。ほら」
彼は前髪を上げ、自分のおでこと私のおでこを重ね合わせた。
私は重なる体温に、喉の奥が熱くなる。
「なにしてんのっ!」
おでこを押さえ、もつれた足で一歩下がる。
気付いた周りの生徒たちから、軽い悲鳴を浴びた。
「検温って、普通こうするんじゃない?」
事態の大きさに気づいてないのか、涼しい顔をしている彼。
「するわけないっ! おでこ同士なんて……」
「これ、普通じゃないの?」
「当たり前でしょ!」
あんなに近い距離、違反だよ。顔が近すぎた。息だって。
……と思いつつも、彼の唇から目が離せない。
「全然大したことないじゃん」
「私にとっては一大事!」
「もう一回やる?」
「結構です!!」
激しく抵抗していたせいか、周りからくすくすと笑い声が届いた。
恥ずかしさと、やるせなさで、気持ちがいっぱいいっぱいに。
扉から吹き付けてくる風が、気持ちの温度を沈めていく。
「マフラー温かかったよ。いいの? 大切なマフラーを俺の首なんかに巻いて」
気づいたときには首から外してた――なんて言えなかった。
「雪帽子を被っていたから、絶対寒いなって。雪の予報だったのに、どうして傘を持ってなかったの?」
「電車に忘れた」
「それなら取りに行けば、7時間も待たずに済んだのに」
大雪の中を、偽彼女の私のために待つなんて。
「おまえとすれ違いたくなかった」
「えっ」
「約束ってさ、人に会うために行くから、ちゃんと会わないとね」
私たちは、約束の重みを知っている分、目を逸らせない。
廊下を響かせていたざわめき声が、時間経過とともに強くなっていく。
「もし、私が行かなかったら、どうするつもりだったの?」
唇を噛み締めたまま、布団から出ずに返信待ちしていた、情けない自分を思い返す。
「絶対に来ると思ってた。おまえなら、どんなに時間がかかってもね」
私を信じようとしているのがわかって、鼻の奥が熱を帯びた。
「どうして、そんなこと言いきれるの?」
「信じてるから」
彼の瞳の奥には、春の日差しのような温もりが宿っている。
「おまえのまっすぐなところ、ちゃんと届いてたし、綾梨の歌を一緒に聴いてくれたから」
綾梨さんの名前が出てきた瞬間、思い出した。
イヤホンを握りしめたまま眠っていたときのことを。
彼は遠い目で外を見つめた。
まるで綾梨さんを思い返しているかのように。
そう言えば、話ってなんだったんだろう。
先延ばしになっている気がするけど、自分から聞くのも気が引ける。
ふと視線を感じ、目線を滑らせると、登校してきたばかりの繭花さんと目が合う。
彼女はさっと目を逸らし、言いたいことを飲み込むように唇をかみしめ、拳を震わせた。
「繭花さん……」
「えっ、繭花?」
彼が振り返ったとき、繭花さんは視線を避けるように、階段を駆け上がっていった。
乾いたような足音は、辺りに鳴り響いている。
「あいつ。俺になにか話でもあったのかな」
敦生先輩は、私と繭花さんのやり取りを知らない。
繭花さんとは、マラソン大会を通じて少しはわかりあえたと思ったけど、なかなか距離が縮まらない。
次にまた同じ話が上がったら、私はどう答えたらいいかわからないし。
彼女が通り過ぎた階段は、シンと静まり返っている。
お互いこの状態のままではいけない。
私は静まり返った階段を、遠い目で見つめていた。




