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27.雪の約束



 ――12月20日、デート当日。

 カーテンを開けると、分厚い雲が空一面を飾っている。

 昨日から天気を気にしていた。

 寒気の影響で午後は大雪になるとか。

 カーテンをぎゅっと掴んで、不安な気持ちを閉ざすように勢いよく閉めた。


 今日は、准平と綾梨さんの命日。

 あの日と同じく、私の心の天気は荒れ模様だった。


 午前11時に、敦生先輩と約束している。

 バス転倒事故のあの日から、初めての”約束”。

 トラウマを乗り越えるために、心を準備してきたつもりだった。


 それがまさか、雪の日のバス転倒事故を連想させる、最大の難関に立ち向かう羽目になるなんて。


 午前9時半すぎ。

 敦生先輩にLINEを送った。


『ごめん。大雪になりそうだから、約束の場所には行けない』


 返事を待った。

 でも、既読にはならないし、電話にも出ない。

 その沈黙が、心の奥まで冷やしていく。


 大きくため息をつき、横になったままスマホニュースやSNSを眺めた。


「事故……じゃないよね」


 あのときのように、事故の速報が流れないのが不幸中の幸いだ。


 やがて部屋が暗くなり、スマホのバックライトの明かりだけが頼りに。


「バカ……。どうして連絡がつかないのよ」


 こんなにも、心配してるのに。

 布団に潜り込んだまま、真央に電話した。


「真央、休みの日に突然ごめんね。これからバイト?」

『そうだけど……どうしたの? こんな時間に』


 すぐに反応があったので、起き上がってからカーテンの手前まで行くと、窓から冷たい空気が床に漏れていた。

 真央に事情を伝え、しんみりとした声で呟く。


「既読にならないけど、約束の場所で待ってるわけないよね」


 事故の日に、准平と綾梨さんが同じバスに乗っていたなら、敦生先輩も雪や約束がトラウマになっている可能性がある。

 もしかしたら、スマホを見る余裕すらない……とか。

 まさかね。


『どうかな。私、敦生先輩のことをよく知らないから』

「だよね」


 深いため息を落として俯く。


『でも、もし待ってたらどうするの?』


 瞳が揺れ、カーテンを握っていた左手が滑り落ちる。

 時計を見ると、17時が過ぎていた。


「そんなはずない! もう6時間以上も経ってるのに」


 胸に手を当て、服をぎゅっと掴んだ。


「普通なら、1時間待って相手が来なきゃ帰るよね」


 きっと、待ってない。

 本命の彼女ならまだしも、一時的に契約を交わした偽彼女だし。


『トラウマを克服させようとしているなら、待ってそうじゃない? だって、信じられる人、探してたんじゃないの?』


 心臓がバクバクと波打った。

 いままでのことを思い返したら、待っているかもしれないと思うようになっている。


 私が彼の信じられる人になっているかわからないけど、今日の約束を交わしたあの日の瞳は、私の心を繋ぎ止めていた。

 それに「話したいことがある」って言ってたし。


「ちょっと電話してみる」

『うん、そうしな』


 真央の電話を切り、すかさず敦生先輩に電話をかけた――やはり出ない。


 留守番電話にならないから、電源は入ってるはず。

 もしかして、スマホをなくしちゃったのかな。

 それに、こんな時間だし……さすがに家に帰ったよね。


 でも、まだ外で待ってたら。

 私は、このままでいい?

 ずっと、待たせっぱなしになってしまう――。


「……っ!」


 クローゼットからコートを取り出し、マフラーとカバンを握りしめて、玄関に向かった。

 玄関扉に触れようとすると、指先が一瞬躊躇う。

 扉一枚挟んだ先が、怖い――。


 目をぎゅっとつぶって、体の重みを使って扉を押し開けた。

 冷たい風がビュウッと吹き込み、体を押し包む。

 目を開けると、そこは銀世界。

 鼻の奥がツンと痛み、あっという間に冬の香りに包まれた。


 一歩足を踏み出すと、ザクッと鈍い感触が足裏に伝わる。

 それでも、敦生先輩の顔を思い出しながら、一歩一歩足を進めた。


 ――相変わらず約束は怖い。

 けれど、彼が待っている気がする。


「はぁっ、はぁっ」


 気付いたときには小走りになっていた。

 途中に滑って転び、起き上がってから、また走る。

 白い息を吐き、暗闇の中、道をまっすぐ進んだ。


 震えていることを、忘れるくらいに――。


 電車を降りてから、約束の場所へ向かった。

 大雪ということもあって、道端には人が少ない。

 彼が見つかるのに、さほど時間はかからなかった。


「……敦生……先輩」


 クリスマスツリーの前で、雪帽子を被ったままの彼に、真っ赤な鼻頭のまま呟く。

 彼は私に気づいて、手を振った。


「遅刻? おせーぞ」


 陽気に笑っている姿を見た瞬間、目頭が熱くなった。 

 彼の方に駆け寄ると、ファーのついた黒いコートは、灰色に見えるほど雪が積み重なっている。

 思わず、つぎはぎのマフラーを脱いで、彼の首に巻く。


「どうしてスマホを見ないのよ」


 気持ちが追いつかなかったせいか、声が揺れる。


「学校に忘れた」

「ばっかじゃないの! こんな大雪の日に、私が約束の場所に行くわけないじゃん。……どうして待ってるのよ」


 なんで、こんな日に来てるのよ……。

 バスの転倒事故がトラウマだって。

 約束できないって、話したのに。


 私は震えている指先を、マフラーから離して、俯いた。

 シャーッと滑るような車の走行音が、鼻をすする音をかき消す。


「でも、来てくれた」


 小さなつぶやきに、視線を上げる。

 

「えっ」

「ごめん、さっき嘘をついた。LINEは通知で見たよ」

「じゃあ、どうして」


 泣きそうな顔で詰め寄ると、彼はやさしい眼差しで、私の目をじっと見つめた。


「おまえが乗り越えられなかった壁を、一緒に乗り越えてあげたかった。そうすれば、俺自身も強くなれるかなってね」


 その言葉だけで、あの日の私が救われた気がした。

 しかし次の瞬間、彼の体がフラッと傾く。

 私はすかさず両手で体を支える。

 近くで見ると、顔は赤く、白い息が荒い。


「大丈夫?!」

「あー……うん、ちょっと頭痛くて。風邪引いちゃったかな」

「救急車を呼ぼうか」

「平気。そこまでじゃない」


 息が白く途切れる。

 彼の額を触ると、熱があることが判明した。


「風邪を引いたのは、私のせいだよね……。家まで送るね」

「ありがと」


 彼の腕を自分の肩へ回し、駅の方へ向かった。

 真っ白な世界に包まれたまま。

 でも、不思議なことに、怖さはもう消えていた。


 ――彼の自宅に到着した。

 扉の前で鍵を借りて、玄関を開け、部屋の中へ。

 

「家族は?」


 室内を軽く見回し、少ない荷物に違和感がしたので聞いた。


「いま一人暮らしなんだ」

「そっか……。じゃあ、なにか適当に作るね」


 彼をソファーに座らせて、水で濡らしたタオルを渡したあと、キッチンへ行って冷蔵庫を開けた。

 卵やネギがあるから、おかゆを作ろうかな。

 エプロンを巻いて、食事の支度を始めた。


 完成したおかゆをリビングへ持って行った。

 彼はソファーで少し息苦しそうに眠っている。

 おかゆをテーブルへ置き、額のタオルを取ると、温まっていた。

 冷たい水に浸そうと思って立ち上がると、ソファーから彼の手がぷらんと落ちる。

 何気なく見ると、手の中に収まっているのはワイヤレスイヤホン。


「どうして、それが……」


 まるで、まだ誰かの声が生きているみたいに、小さな光を宿している。


 イヤホンが目に映り、胸がズキッと傷む。

 彼の中で、忘れられない想いと、信じたい気持ちが交錯してるような気がする。


 ううん、問題はそれだけじゃない。

 無意識のうちに、准平からもらったマフラーを敦生先輩の首に巻いてた。

 以前なら絶対人には触らせなかったのに、あのときは温めてあげたい一心だった。


 ソファーの横に置いてある自分のマフラーを掴んで、部屋を出た。

 雪の残り香を部屋に置いたまま。



 外気の冷たい風が、心に染み込んでいく。

 でも、あの温もりを知ってしまった私は、以前の自分には戻れなくなっていた。


 マフラーをぎゅっと握りしめ、唇を強く噛んだ。


 自分でも気づかない間に、准平のマフラーが二番手になっている。



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