表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

25.つなぎ合わせた時間



 ――放課後。敦生先輩は、三島先輩から借りてきたバイクに私を乗せた。

 「連れていきたい場所がある」と言われ、到着した先は数々のお墓が立ち並んでいる墓苑。

 駐車場にバイクを停め、ヘルメットを下ろした。

 髪を整えて辺りを見渡すと、冷たい風が頬を撫でる。


「もしかして、綾梨さんのお墓……?」


 ヘルメットを渡すと、彼は小さく息を吐いて、コクンと頷いた。


「実は今日、初めて来たんだ」


 木枯らしが吹いて、足元に小さな渦を巻いた。

 私の心の中と同じように。


「うそっ……」


 胸の奥がキュッと縮まった。


「あいつが亡くなってから、辛くてずっと来れなかった――来なきゃいけなかったのにね」


 その声には、後悔と優しさが混じっていて、私は思わず息を呑んだ。

 彼は綾梨さんを思い浮かべるように、静かに軽くまぶたを伏せた。

 お墓の前に立つと、彼はしゃがんで線香に火をつけ、線香皿に置く。


「綾梨。来るのが遅くなってごめん。今日は大切な友達を連れてきたよ。……偽彼女って正直に言ったら、怒るかな」


 彼は両手を合わせて、綾梨さんとのひとときを過ごした。

 その背中に、私の気配が消されているような気がする。

 彼が戻ってきたので、私も線香をあげた。


「初めまして。水城里宇です。挨拶がこんな形でごめんなさい。敦生先輩とは仲良くさせてもらってます」


 頭を下げて、元の場所に戻った。

 線香の煙が揺れる。

 肩が並ぶと、彼は小さな声で呟く。


「実は、里宇の好きな人と同じ日に亡くなった。あの日、綾梨は同じバスに乗ってたんだ」


 衝撃的な言葉に、私の心臓がドクンと音を立てる。


「うそ……」


 目の前が真っ白に――。

 亡くなっていたことは聞いていたけど、まさかあのバスに同乗していたなんて。

 どんよりとした曇り空が、私たちを包みこむ。


「どうして教えてくれなかったの? バス事故の話をしたときに、言ってくれればよかったのに」


 震えた声で聞くと、彼は右手で顔を覆う。


「言えるわけないだろ……。おまえの傷口、塞がってないのに」


 いまにも消えそうなくらいのかすれた声。

 こっちまで胸が切り裂かれそうに。


「もしかして、イヤホンを壊す前から、私のこと……知ってた?」


 事故当日、けが人は近くの救急病院に搬送された。

 私は自分のことで精一杯だったけど、多くの悲しみに包まれている雰囲気が頭の中に残っている。


「おまえが入学してきたとき、見たことがあるなって。病院で、ナースの腕を掴んで泣き叫んでいたのを覚えてた」


 言葉を失った。

 あの日の叫びが、耳の奥で蘇る。


「最初はその程度だった。でも、不器用に生きてるところを見ているうちに、気になっていた」


 ふっと和らいだ視線に、目が釘付けられた。

 車の走行音が、時おり私の心をざらつかせる。


「それまでは、綾梨の影を無意識に探していた。誰も俺の本心なんて見てくれなかったけどね」

「それが、しょっちゅう彼女を変えていた本当の理由?」


 鼻の奥がツンと痛くなったまま、彼を見上げた。


「彼女を変えたくて、変えてた訳じゃない――探していたんだ。俺を救い出してくれる人を」


 彼は目に影が宿ったまま、腕にかけている紙袋から一枚のマフラーを取り出して、私に巻いた――准平からもらったマフラーだ。

 震えた指先で軽く撫でると、縫い目に当たる。


「おまえなら俺を変えてくれると思った。あの日の偶然が、背中を押した。もう一度人を信じられたら、過去から抜け出せるような気がしていたし」


 片手でマフラーをぎゅっと握りしめた。

 ツギハギな縫い目が見えた瞬間、彼が苦労しながら縫い合わせている光景が、不思議と頭に浮かぶ。


「壊れたものを修復する方法、考えてた。おまえもイヤホンを壊したときに、どうすればいいか一生懸命考えてくれてたんだって気づいたよ」

「……っ」

「でも、壊れたものは元に戻らない。お詫びとして、できる限りのことをしてあげたかった」


 マフラーが切り裂かれたあの日、私は彼を見た瞬間に投げつけた。

 ファンからの仕業なんだと思って、彼を腹立たしく思っていたほど。

 自分が弱くて、吐き出す場所が必要だった――彼はなにも悪くないのに。


 気付いたときには、瞳から雫が溢れた。

 泣いちゃだめなのに――止まらない。

 冷たい風にさらされ、涙の筋が痛くなる。


「バカじゃないの……。こんなに下手くそな縫い目じゃ使えないのに」


 顎から滴った雫が、マフラーの上でコロンと転がり、小さく輝いた。


「それでも、世界でたった一つの宝物には変わりないから」


 もう、二度とこの首に巻かれることがないと思っていた。

 切り刻まれていたところは、新しい糸で丁寧につなぎ合わされている――まるで、私の過去といまのように。

 まさかこんな形で再会するなんて……ずるい。


 マフラーを両手で掴み上げて口元に当てた。

 ウールのふわふわな感触、嗅ぎ慣れた柔軟剤の香りが漂ってきて、息が詰まる。


「バカ……。もう、こんなんじゃ使えないよ……」


 彼の優しさが温もりとして伝わると、鼻をすするたびに胸の奥が痛んだ。

 もう二度と手放さないように、ぎゅっと掴む。


「ごめん。でも、どうしても手元に戻してあげたかった。あのままじゃ、おまえの笑顔、もう見れなくなると思ったから」


 敦生先輩も、イヤホンを壊されたときは同じ気持ちだったんだよね。

 なのに、私は弁償のことばかり。

 彼の気持ちなんて二の次だった。


「ありがとう……」


 出会った時は迷惑だなと思っていたけど、いまは違う。

 もしかしたら、私の方が彼に救われているかもしれない――。


 震えている手でマフラーを顔にうずめ、涙を零した。

 私はもう、未来へ進まなきゃいけない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ