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23.光になるまで、君と。



 ――移動教室で薄日が差し込んでいる渡り廊下を通ると、敦生先輩は壁に寄りかかっていた。

 イヤホンを耳に差し込んだまま暗い顔でスマホを見つめている。

 思わず吸い込まれるように隣に立ち、壁に背を向けた。

 以前なら、多分素通りしていた。


「敦生先輩、なんの曲聴いてるの?」


 顔を傾けて聞いた。

 彼はイヤホンを耳から外し、薄日を浴びたまま微笑む。


「いや……綾梨が亡くなった日から、なにも聴けてないんだ」


 その言葉が、私の胸の奥で砕け散り、瞳が揺れた。


「どうして?」

「辛いこと、ぜんぶ思い出しそうで……」


 廊下の奥の喧騒が、彼の声に溶けた。

 私は偽彼女契約やマフラーの件で目一杯になっていて、彼の視線は過去に取り残されたままだったことに、いまさら気づく。

 イヤホンから聴こうとしている様子から、抜け出そうとしているのは伝わってくる。


 彼はイヤホンをポケットにしまい、諦めたように小さくため息をついた。


「じゃあ、一緒に聴こっか」


 私はブレザーのポケットをがさごそと漁り、自分のネックバンドイヤホンを出して、片耳分を彼に向けた。


「えっ」


 彼の瞳は、キャンドルの炎のように揺れている。

 多分、私が自分のイヤホンを差し出すとは思っていなかったんだろう。


「私を偽彼女に選んだのは、前を向きたかったからでしょ」


 最近、薄々と感じていた。

 彼が一歩前に足を踏み出そうとしていたことを。

 偽彼女も、きっと第一歩の一つ。


「力不足かもしれないけど、一緒に前を向く準備はできてる。だから、一歩踏み出してみない?」


 きっと、私の力なんて、綾梨さんの足元にも及ばないだろう。

 だけど、自分自身も、彼に負けないように立ち直らなければならない。

 あの日、二人で見た無数の星屑のように、もう一度輝きたいから。


 彼はふっとため息をつくと、スマホの画面に目線を落とした。


「そうだよな。俺は口ばっかり。なにもできていなかったかもしれない」


 片耳イヤホンを受け取ると、耳に装着し、震えている指先でスマホ画面をタップ。

 ワイヤレスで繋ぎ、曲を再生した。


 流れてきたのは、どこかで聞いたことのあるようなバンドの曲。

 柔らかな風を連れてくるようなギターの音色が次の季節を連想させ、女性ボーカルの高音が、胸の奥にまっすぐ届いた。


「素敵な歌」


 他人からしたら、たったこれだけのことで2年かかってるなんて、バカバカしいと思うかもしれない。

 けれど、心の重みは経験者にしかわからないもの。


「これ、あいつの歌声。バンドでボーカルをやってたから」


 彼は遠い眼差しで、スマホ画面を見つめた。

 当時を思い出しているかのように。


「……可愛い声だね。実はね、准平もバンドをやってたんだよ」


 キーボードを弾いてる姿の写真を送ってくれたことを思い浮かべていると、彼は眉を上げた。


「へぇ〜。まぁ、ちょうどそういう年頃だもんな」

「私と准平は、小学生の頃にピアノ教室で知り合ったんだ。私は根性がなかったから、途中でやめちゃったけどね」


 息を漏らすと、彼はニカっと笑う。

 

「なんかわかるな。おまえ、がさつだし」

「それ、どういう意味よ!」


 口を尖らせ、あははと笑っている彼の肩を叩く。

 こんな時間が、最近なぜかホッとする。


 重苦しい空気が溶けて笑いが落ち着いたあと、彼の笑顔から力が消え、再びスマホを見つめた。


「この曲を聴くのは2年ぶりなんだ。聞こうかなと思ってたら、おまえにイヤホン踏み潰されたから」

「う、うそっ! ……そのタイミングで、私」


 せっかく敦生先輩が前向きになれそうだったところを……。

 しゅんと肩を落とす。


「壊れて正解だったかも。おまえがいなきゃ、いつまで経っても変われなかったし」


 彼はゆっくり目を上げて、空を見つめた。

 その瞳は、冬の空を映し出している。


「そんなことない。私もずいぶん励ましてもらったよ」


 正直、彼がいなかったら、あのとき星空がきれいだと思えなかったかもしれない。


「じゃあ、そろそろ”約束”……しない?」


 指先がぴくっと動いたあと、小刻みに揺れた。

 約束――それは、准平がこの世を去ったあの日から封印していたもの。

 この2年間で、唯一乗り越えられなかったもの。


「だめだよ……できない。約束なんて、もう……」


 声が震えて、胸の奥から冷たい風が吹いた。

 イヤホンを外して、彼に背中を向ける。

 叶わない約束なんて、もう二度とごめんだ――。


「クリスマスツリーを見るだけだから大丈夫」

「でもっ」

「それに、話したいことあるし」


 肩を震わせていると、彼は正面へ回り込んだ。

 でも、私は勇気がなくて顔を見られない。


「20日の土曜日。スケジュール空けといて」

「その日は、無理」


 ……准平と綾梨さんの命日だから。


「いや、その日じゃなきゃダメだ」

「でも……敦生先輩っ」

「”約束”の壁、乗り越えよう。……二人で一緒にね」


 彼は光を浴びながら、私の手を取った。

 見上げると、その顔は春の日差しのように温かい。


 胸の奥に、そっと小さな光が灯った。


 私たちは、大切な人を失った同士。

 だからこそ、傷を撫で合えるのかもしれない。



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