19.壊れるものと、繋がる手
――放課後。私と敦生先輩は一緒に校門を出た。
真っ青な空の下、まぶしい太陽が二人の影をくっきりと並べている。
「三島先輩に聞いたの。イヤホンは、綾梨さんからのプレゼントだったんだってね。……最初に言ってくれればよかったのに」
軽くまぶたを伏せて、小さな声で伝えた。
彼はハッとした目を向け、拳を握る。
「あいつ……。誰にも言うなって言ったのに」
「ごめんなさい。そんなことも知らずに、弁償の話ばかりして――。代わりになるものなんてないのにね」
マフラーの件があってから、弁償で済まないこともあると、身をもって知った。
彼はため息をつき、俯いた。
「壊れるものは、いつかは壊れる。……ただ、それが少し早まっただけ」
寂しそうな目が、胸の奥をしめつける。
「でもっ、あのとき私が踏まなければ……」
「それより、マフラーのことを心配してる。大切に使えば、俺のイヤホン以上に使えたのにね」
彼は口元だけ微笑ませた。
その優しさが、痛いほど身に沁みる。
マフラーを切り裂いたのは、彼じゃないのにね。
「先輩のせいじゃない……。昼間は、一方的に責めてしまってごめんなさい」
今回の件を機に、弱い自分と向き合おうと決心した。
風で揺れた髪が頬に当たり、痛くも感じる。
彼はううんと首を横に振った。
そういう強さが、いまの自分には足りない。
「綾梨さんって、どんな人だったの?」
無意識に質問をしている自分に驚いた。
彼には、興味ない……くせに。
「美人。……おまえと違ってね」
「……っ! ひっど! せっかく人が心配してあげてるのに」
私は腕を組んでそっぽを向くと、彼は私の頭に手をポンと乗せた。
「冗談だよ。おまえって、本当に怒りっぽいな」
「先輩が怒らせるからでしょ」
「だって、おまえの顔がしんみりしてたから」
なによ、それ……。
言い返す言葉が見つからないじゃない。
「綾梨は、穏やかだけど、マイクを持つと別人のようにカッコよかった。おまえみたいに、泥水をぶっかけたりしないけどね」
「そっ! それは……」
「あはは、これも冗談!」
彼は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
思わずクスッと微笑む。
いつも通りの彼が、戻ってきたような気がした。
「准平くんは、どんな人だったの?」
彼は顔を傾けて、優しい声で聞いてきた。
私はふっと息を漏らし、まっすぐに続いている道を眺める。
「照れ屋だったのかな。マフラーをもらったとき、紙袋の中にメモが入ってた。『好きだ』ってね」
その一文を思い出すたび、胸の奥が温かくなる。
口では伝えられなかったのかな、どのタイミングで渡そうとしていたのかな、と考えたりして。
メモのおかげで、彼が亡くなった悲しさを、ほんの少しだけ上書きできていたのかもしれない。
「へぇ」
「私が先に気持ちを伝えていれば、准平はあんな事故に巻き込まれなかったのかなって。いまになって、いろいろ思う」
受け身だったから、こんなに長く引きずっているのかもしれない。
そう思うようになってから、少しずつ勇気を出して、頑張って気持ちを伝えてきた――いいことも、悪いことも。
胸の前に拳を添えた。
「そのメモに、おまえの名前書いてあったの?」
彼が突然変なことを言ってきたので、私は目がきょとんとした。
「私にプレゼントする予定なら、名前なんていらないんじゃない?」
「まぁ、そうだけど。もし、おまえ宛じゃなかったら?」
気持ちが逆撫でられ、眉間にシワが寄る。
「どうしてそんな意地悪言うの?」
「おまえは血の気の多い男みたいだし」
「はぁぁ?! もう、ほんとひどい! 准平は私と約束してたから、間違いないでしょ!」
彼はケタケタと笑い、私は拳で彼の腕を叩いた。
太陽の光が笑い声を包み込み、彼の笑顔を輝かせている。
笑い声が風に溶けたあと、彼はふっと目を細めた。
「綾梨が亡くなったあの日、実は最後のデートだった」
「えっ」
「まさか、あの世に行ってしまうなんて」
声がか細くなり、唇が震えている。
私は恋の入口で、彼は恋の出口だった。
その分、どう宥めていいかわからない。
彼の心の痛みが、イヤホンで証明されてしまったから。
気づいたら、彼の手を繋いでいた。
綾梨さんの代わりにでもなろうとしていたのか、わからない。
彼の指先から伝わってくる温度が胸の奥に沁み渡り、体がほんの少し軽くなるようだった。
「里宇?」
彼は驚いた目を向けた。
もしかしたら、大胆な行動に移した自分が一番驚いているかもしれない。
「私に偽彼女になってって言ってたのは、きっと――こういう意味だったんだね」
いまならわかる。寂しさを胸の奥に押し込めていたことを。
今日も冷やかす声は届く。
けれど、それ以上に、彼の気持ちに寄り添いたい自分がいる。
彼は私の手をぎゅっと握り返した。
「やっぱり、おまえに偽彼女を頼んで正解だったわ」
にこりと微笑んできたけど、ほんのわずかにもどかしさが胸に残った。
偽彼女は、きっと友達じゃない。だけど、恋人でもない。
終わりは必ず来るけど、いまはこの手を繋いでいてあげたい。
お互い、別々の方向を向いているのに、いつしか同じ方向を見つめるように。
私たちは、似たような過去を背負っている。
だからこそ、わかりあえるのかもしれない。




