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18.後悔の色



 ――活気あふれる声に包まれた廊下を歩き、教室へ戻っていると、後ろからポンっと肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには三島先輩がいる。


「よっ、里宇ちゃん」

「あっ、ども」


 明るい三島先輩とは対照的に、暗い表情で返事をした。


「元気なさそうだけど、大丈夫?」


 彼は心配そうに顔を覗き込んできた。

 その優しさが、胸に沁みた。


「……ちょっと、色々あって」

「よければ話、聞くよ。力にはなれないかもしれないけど」


 その声に、心の奥でずっと抑えていたものが一気にほぐれた。


 私たちは校庭の前のベンチに移動した。

 目の前でサッカーをしている生徒たちの声を浴びたまま、マフラーの件を伝えた。

 もう二度とマフラーが巻けないし、敦生先輩に投げ捨てたまま行方不明に。

 思い出すだけで、指先が震える。


 三島先輩は軽くのけぞり、ふっとため息をついた。


「そっか。じゃあ、里宇ちゃんもいま敦生と同じ心境……ってことか」

「どういうこと?」


 私は丸い目を向けた。

 二人の間に冷たい風がそよぐ。


「実はさ……口止めされてたけど、敦生のイヤホン、特別な人からのプレゼントだったんだよね」

「特別……?」

「亡くなった彼女。初めてのバイト代で、プレゼントし合ったんだってさ。あのときは惚気てたから、いまでもはっきり覚えてるよ」


 一瞬、時が止まったかのように周りの音が消えた。


 ――亡くなった、彼女?

 そんなの、聞いてない。

 なぜか心臓がひときわ強く打った。


「……敦生先輩の彼女、亡くなってたんだ」


 声が震えた。

 一瞬、敦生先輩が自分の姿と重なり、胸がぎゅっと締めつけられる。

 三島先輩はこくんと頷く。


「あいつ、彼女の綾梨さんに一途だったよ。イヤホンにこだわってるのは、そういう意味ってこと」


 綾梨さん――思い出した。

 繭花さんのお姉さんで。敦生先輩の好きな人。

 すべての点が、一本の線に繋がってしまった。


「私、そんなことも知らずに、綾梨さんの名前に触れてた。酷い……よね」


 綾梨さんが好きなら、私と契約解消して、彼女にすればいいって。

 でもそれを『できない』って言ったのは、こういう意味だったんだね。


「あっ、あれっ? 里宇ちゃん、綾梨さんのこと知ってたんだ」


 三島先輩は、大きく目を見開いた。


「ちょっと知る機会があって。でも、イヤホンのことや、亡くなっていたことは知らなかったの」


 目頭がじわじわと熱くなり、感情の波に溺れた。


「じゃあ、気にすることはないよ。それに、里宇ちゃんだって、偽彼女になってくれてるんだし、少しは理解できると思う」


 冷たい風が髪を撫で、胸の奥に静かに染み込んでいくようだった。


 イヤホンのことを思い出すと、いまでも胸が熱くなる。

 あのイヤホンは、綾梨さんへの想い。

 どんなときでも傍にいたいという気持ちが、いまならわかる。

 喉の奥がギュッと詰まった。


「綾梨さんはボーカルやっててさ。敦生はよく歌を聴いてたんだよね」


 彼はふっと笑う。


「あいつにとってイヤホンは、綾梨さんとの思い出そのものかもしれない」


 まるで幸せだった頃の敦生先輩を眺めるように、空を見上げていた。

 校舎から響いているざわめき声が、心と重なり合う。

 敦生先輩は、イヤホンが綾梨さんからのプレゼントだったってことを、どうして言わなかったんだろう。


「三島先輩は、どうしてそれを伝えようと思ったの?」

「里宇ちゃんなら、あいつの気持ちをわかってくれるんじゃないかと思ってね」

「えっ」

「俺じゃ力不足みたいだし、あいつ自身も里宇ちゃんを信じようとしているから」


 三島先輩は立ち上がって、「じゃ、そろそろ俺行くわ」と言って場を離れた。

 遠くから聞こえているサッカーをしている生徒たちの笑い声が、胸の中のざわめきをかき消すように響いた。


 視界がぼやけたまま、スカートの上で拳を握った。


 私、バカみたい……。

 自分のことしか見えていなかった。

 イヤホンを壊したとき、敦生先輩はなにも言わなかったのに――。

 知らなかったとはいえ、弁償すればいい……ただそれだけを考えていた。


 このままじゃだめ。

 後悔しないように謝ろう。


 ブレザーのポケットからスマホを出した。

 震えている手でLINEを開くが、一瞬でイヤホンの件がよぎる。

 指がその先に進まない。


 でも、話し合わなければ、私たちはすれ違ったまま――。

 ため息を落とし、指先に力を込めた。

 心の中で”ごめんなさい”と呟きながら、敦生先輩にLINEを送った。

 スマホをそっと胸に抱え、空を見上げた。


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