16.壊れたマフラー
――翌日。
体育の授業を終え、教室に戻ると、机の上にぐちゃぐちゃのマフラーが置かれていた。
ロッカーに入れていたはずなのに――。
誰がこんなことを。
持ち上げると、事態は想像以上に深刻だった。
「う……そ……」
マフラーは、ところどころハサミで切り裂かれ、もはや原型を留めない。
切り裂かれた箇所から、指先が覗かせる。
教室の喧騒が、一瞬で凍りついた。
准平が私のために選んでくれたマフラー。
きっと、喜ぶ顔を想像しながら選んでくれたはず。
それがまさか、第三者の手によって切り裂かれてしまうなんて。
「ひどい……、誰がこんな真似を」
真央の声で、現実に引き戻された。
次第に息は荒れ、わなわなと拳が揺れる。
「里宇、大丈夫?」
肩をさすってくれたけど、その感触がわからなくなるくらい胸が苦しい。
「……わかんない」
どうして私だけがこんな目に。
思い出す。水をかけられたり、影で笑われた日々を。
でも、今回は次元が違う。
一番大切にしているものを奪われるなんて、思いもしなかった。
鼻頭が赤く染まり、心臓がドクンドクンと揺れた。
犯人がわからない。
だから、人を責めようがないし、この気持ちを追いやる場所もない。
他のものならまだいい。
だけど、このマフラーだけはどうしても許せなかった。
マフラーを抱えたまま、体が震えた。
「里宇ー」
敦生先輩が教室にやってきたが、振り向く余裕はない。
気付いた真央は、私の肩をポンと叩いて、心配そうな目で席に戻っていった。
敦生先輩は異変に気づいたのか、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「様子がおかしいけど、なんかあった?」
その心配さえ、いまは耳に入れたくない。
知らないとはいえども、彼に関する全てが憎い。
指先が、裂け目に触れた瞬間――なにかが胸の奥でプツンと音を立てて切れた。
教室のざわめきが、遠くの世界みたいにぼやけていく。
敦生先輩の隣にいるようになってから、景色が変わった。
噂話をされたり、指をさされて笑われたり、視線を感じることも。
きっと、私が気に食わない。
犯人はそのうちの一人だろう。
「……もう、これ以上は無理」
自然と口から溢れた言葉。
他のことなんて考えられないし、もうこの気持ちに歯止めが効かない。
「えっ?」
「やっぱりこんな関係、やめたい。私には――できない」
ボソッと呟いてから、教室を飛び出た。
彼は私のすぐ後ろへついて、声を浴びせた。
「どうして?」
「准平からもらったマフラーを、誰かに切り裂かれたんだよ。許せるわけがない」
「えっ、マジ? 誰がそんなことを」
「准平からの初めてのプレゼントだったのに。どうして、私が被害に遭わなきゃいけないの?」
足を止め、俯いたままマフラーごと拳が震えた。
血が逆流しそうだった。涙が出ないほどに。
彼をキッと睨む。その表情は驚きに包まれている。
「……全部、あんたのせい」
体中に鼓動が鳴り響き、他の音がなにも聞こえなくなる。
冷たい手でマフラーをぎゅっと握った。
「あんたには、私の気持ちなんてわかんない! 准平がどんな気持ちで私にマフラーを――」
彼にマフラーを投げつけ、その場から走り去った。
「里宇っ!」
声が届いたけど、聞き入れたくなかった。
ざわつく廊下が、心にえぐみを出している。
途中で誰かの視線を感じたけど、いまはそれどころじゃない。
偽彼女の代償が、こんな事態を引き起こすなんて思いもしなかった。
敦生先輩に関わらなければ、准平だけを大切にできたのに。
偽彼女を引き受けた自分が、バカみたい……。
どうして、よりによってこのマフラーだけが狙われたのか。
誰かに強い恨みを買っていたことに、ようやく気づいた。
「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……」
瞳から滴る雫を手の甲で拭ったけど、止まらなかった。
マフラーは、手に渡るまで少し遠回りしたけど、もらった時は一瞬苦しみが和らいだ。
冬の間は毎日身につけていたし、シーズン以外は准平の写真立ての前に飾っていた。
幸せだったあの時間は、もう二度と戻ってこない。
「うあぁぁっ……ん。ごめん……准平。マフラー、守れなかったよ」
静かな音楽室前で、顔に手を添えたまま嗚咽を漏らした。
胸がひくひくと揺れ、息がうまくできない。
秒針の音も、涙に溶けて消えていった。




