13.偽りと本音
――昼休み。
私は賑やかな空気に包まれている廊下に出ると、背が小さめの女子生徒が私の方に向かってきた。
彼女は腕をくみ、眉をひそめている。
顔はどこかで見たことがある程度。
喋ったことがないので素通りした。
「水城里宇さん、だよね」
背中に声が当たり、振り返る。
「私はD組の八幡繭花。里宇さんは、どういう魂胆で敦生くんに近づいたの?」
また、敦生先輩のファンか。
深いため息をつく。
「近づいたというか、なんか縁があってね。まぁ、そんな感じ」
敦生先輩とケンカして胸の中がざわついていたから、さらりと答え、前に進んだ。
これ以上厄介ごとには巻き込まれたくない。
准平が彼氏ならまだしも、余計なことに首を突っ込みたくない。
ところが、彼女は後ろから腕を引いた。
「ごまかさないで」
「えっ」
「ちゃんと理由が知りたいの。……私、敦生くんの幼なじみだから」
目がなにかを訴えかけてきたので、私たちは人が少ない音楽室前に移動した。
音楽室の時計の秒針音が、廊下へ伝わってくる。
上目遣いを向けると、彼女はじっと見つめてきた。
その瞳には、鋭さと切なさが混ざっている。
特に口止めされたわけでもないので、敦生先輩との一部始終を話した。
「なにそれ……。敦生くんは、私のお姉ちゃん……綾梨のことが好きなのに」
初めて聞く”綾梨”という名に、耳が吸い寄せられた。
「敦生先輩って、好きな人がいるの?」
「もう、何年も想い続けてる。お姉ちゃんのことだけを……」
繭花さんは、遠い目をしたまま呟いた。
少し声が寂しそうにも聞こえている。
喧騒が遠く聞こえ、胸をざわつかせた。
「だから、偽彼女なんて本気じゃないの。里宇さんから断ってくれないかな」
なによ、あいつ。
好きな人がいるのに、人に偽彼女を頼むなんて信じられない。
拳をぎゅっと握りしめ、息を吸い込んだ。
だけど、『偽物でも、1ヶ月間は本気で向き合うよ』と言った、敦生先輩の言葉も引っかかっている。
「でも、約束しちゃったし、私から破るのはちょっと……」
二人の間で交わした約束。
彼の事情が重なっていくたびに、破るのが難しくなっているような気がする。
スカートをくしゃりと握りしめた。
「それを破ってってお願いしてるの!」
繭花さんの声が、廊下を貫いた。
きっと、期待していた返事が届かなかったから。
けれど、これは私一人で解決できる問題じゃない。
「ごめん、できない」
まぶたを軽く伏せて、呟くように返事をした。
「どうして?」
「イヤホンは弁償で済む話じゃなさそうだし、約束……したから」
ここでイエスと言ってしまったら、敦生先輩の気持ちを踏みにじってしまいそうな気がした。
人を信じたい――彼の想いが、胸の奥に留まっている。
「そんなの、放っておけばいいじゃない」
彼女の声が揺れていた。
目を向けると、眉間にシワを寄せ、唇を噛み締めている。
「でも、放っておくことなんてできないし」
「好きな人がいる人に近づくのは間違ってるよね。偽恋人なんて、もうやめて。お姉ちゃんの気持ちを踏みにじってほしくない」
彼女は強い口調で言うと、廊下の奥へ進んでいった。
まるで悲しみを背負っているかのように。
敦生先輩の考えてることがわからない。
好きな人がいるならその人と付き合えばいいのに。
どうして、私に偽彼女なんて頼んだのよ。
一人ぽつんと取り残された廊下で、心の整理を含めて、今日までの出来事を思い返していた。
最近、敦生先輩のペースに流されている。
これでいいのか、正直わからない。
ブレザーからスマホを出して、震えている手で敦生先輩にLINEを送った。
『やっぱり、デートには行けない』
画面を見つめ、口をキュッと結んだ。
――多分、これが正解。
1ヶ月間の約束は責任を持ちたいけど、好きな人の件も重なって、深入りは避けたい。
『どうして?』
画面越しに響く言葉に、深く息を吸って吐いた。
スマホに触れようとしている手が、無意識に震える。
『敦生先輩には、好きな人がいるんでしょ?』
卑怯なやり方をする自分が嫌いだ。
言いたいなら、直接言えばいいのに。
『誰に聞いたの?』
『D組の八幡繭花さん』
眉間にシワを寄せ、唇を強くかみしめたまま、画面から指を外した。
すぐに既読になったが、返事までの空白の時間がやけに重く感じる。
『俺はおまえと約束してる』
『でも、私たちそれぞれ別に好きな人がいる。だから、無理……』
落とした言葉が、床に溶け込んでいくように思えた。
私は准平を。そして、敦生先輩は綾梨さんを想ってる。
こんな気持ちで偽恋人を続けるのは、やっぱり無理。
スマホの電源を落として、壁に沿って滑るように床へ座った。
見上げたら、天井の蛍光灯は白くまっすぐに並んでいた――明日も同じ日常が待っている。
でも、准平だけを見つめていくために、イヤホンの責任を持たなければならない。




