12.偽物でも、君を信じる
――翌日。
俺は親友の三島と屋上へ移動した。
乾いた冷たい風が髪と服を靡かせ、同時に心も冷やしていく。
柵に手をかけ、壊れていない方のイヤホンを耳に差し込む。
スマホをポケットから取り出し、ミュージックアプリを開いた――でも、指先が先に進まない。
小さくため息を吐き、指先を曲げる。
「……やっぱり、まだ綾梨さんのことが忘れられない?」
俺は俯いたまま、答えられずにいた。
三島の隣に座り、深いため息を零す。
「簡単に忘れられたら、苦労しないよ。ただ、壊れた方のイヤホンが、綾梨を見ているようで」
もう一つのイヤホンを指先で転がしながら、綾梨を思う。
声も、歌も、記憶の中には残っている――。
「中途半端なままでいいの? また誰かを傷つけるかもよ」
三島の忠告が、心を揺るがす。
”また誰か”の中に、里宇の顔が思い浮かんだ。
「わかってる」
「いまのままだと、またおまえ……」
三島が言いかけてる最中に、俺は首を横に振った。
「……もう一度、人を信じてみたいだけ」
好きだけど、忘れなきゃいけない――苦しみが、こんなに長く続くと思わなかった。
それが、”軽い人”と言われる根本的な原因になってることに、気づいていても。
「里宇ちゃんなら、信じられそう?」
三島は立ち上がって柵に手をかけた。
俺は遠い目で空を見つめると、薄日が空っぽの俺を静かに包んだ。
答えを彷徨っているかのように。
すると、三島は校庭に指をさした。
「あれ? 里宇ちゃんだ」
俺は立ち上がって、三島と肩を並べた。
校庭を見ると、五人の女子集団は腕を組み、里宇に詰め寄っている。
なにが起きてるのか、一瞬理解できなかった。
「あんた、このまえ泥水をぶっかけたこと、忘れてない?」
女子集団の一人が肩で風をきって里宇の目の前に行くが、里宇は長い髪を手で払い、一歩前へ。
「仕返ししただけじゃない。それのどこが悪いの?」
「なっ!」
強気な態度だったせいか、目の前の女子が里宇の赤いネクタイを掴んだ。
「敦生くんの彼女になったからって、調子に乗らないでくれない?」
集団の輪が狭まり、言葉はすぐに掴み合いに変わる。
三島は、すかさず俺の肩を揺さぶった。
「お、おい……。ヤバくない? トラブってんじゃん」
一瞬息が詰まったけど、勇敢に立ち向かう姿が微笑ましい――自分とは対称的で。
「ちょっと行ってくる。……なんか、新しい風が吹いたような気がする」
俺は、三島にそう言い残して、里宇の元へ向かった。
校舎の階段を駆け下り、現場で足を止めた。
だが、彼女たちは俺が来たことに気づいてないのか、取っ組み合いに。
俺はそっと割って入り、里宇たちを見つめた。
「あの、さ。ケンカは良くないって思わない?」
集団は俺の声に反応し、里宇から距離をとった。
気まずそうな顔が並んで、場の空気は淀んでいた。
「だってあたし、このまえこの人に酷いことされたんだよ?」
集団の一人は、不服そうに文句を言った。
「迷惑かけてごめんね」
俺は集団ににこりと微笑むと、彼女たちの目線が気まずそうに転がる。
里宇は唇を結んだまま俯く。
俺は里宇の前に行って手を添えると、その指先が小さく動いた。
「こいつさ、すげぇ生意気だけど仲良くしてくれないかな。人一倍不器用だからさ」
そう言い残し、里宇を連れて集団から離れた。
彼女の手は、冬の息みたいに冷たい。
でも、俺の手を離そうとしない。
ただただ、足を動かしてるだけ。
冬の風がそよぐ校舎の裏にたどり着いた。
乾燥した枯葉の香りが、身にまとわりつく。
俺は俯いたままの彼女に呟いた。
「ケンカ? かっこいいじゃん」
ふっと笑うと、里宇は突然爆発したように手をはねのけた。
「……なに言ってるの。水をかけられたことも、呼び出しも、全部あんたのせいでしょ!」
校舎に反射した声が、俺の胸に届いた。
きっと、心の中に詰まりっぱなしの感情だったんだろう。
ここまで素直に気持ちを伝えてきた人は、いままでいない。
だから、余計響いたのかもしれない。
「静かに過ごしたいのに」
「じゃあ、放っておけばいいだろ」
「しつこいの無理だから、それはできない」
揺れる肩を見て、里宇の気持ちを悟った。
こんなに小さな動作が、あの頃の俺には気づけなかったのかもしれない。
「あのさ、少し前から思ってたんだけど」
「……なに?」
「実は、結構無理してない?」
そう伝えると、彼女はハッと目を見開き、視線を落とした。
指先は震えているように見える。
「どうして、そう思ったの?」
「きっぱりと言いきったあとに、いつも体が震えてるから。怖かったんじゃないかなって」
多分、里宇は強くない――強い自分を取り繕っている。
偽恋人になり、少しずつ彼女が理解できるようになっていた。
「そんなの、あんたには関係ない!」
彼女は背中を向けて走り出したので、後を追い、彼女の手を引き寄せた。
「あるよ。おまえの彼氏だから」
彼女の瞳の奥が揺れていた――あの日の自分を思い出させるように。
「偽物でしょ! 変に干渉しないで」
「だったら?」
「え」
彼女の視線が貼りついた。
俺は静かに息を整える。
「偽物でも、1ヶ月間は本気で向き合うよ」
過去から抜け出すには、誰かの力が必要だった。
変わらなきゃいけない。
彼女を見ていたら、よりそう思うように。
「おまえなら、俺を変えられそうな気がする」
自然と声が震え、胸の鼓動が早くなった。
「いい加減にして。バカじゃないの!」
彼女は悲鳴混じりの声で叫び、俺の手を払った。
怯えた子猫のようにキッと睨み、校舎へ走っていく。
背中に、好きな人の影を抱えながら。
ふと視線を感じて顔を上げると、二階の窓の奥にいる繭花と目が合った。
繭花は小さく息を呑むと、迷うように目を逸らし、廊下の奥へ消えた。
多分、俺が里宇と話していることが気に食わないのだろう。
繭花の視線が、胸の奥底に冷たく波紋を広げた。




