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11.渦巻く心



 ――放課後。

 薄日がさしている寒空の下、私は敦生先輩に連れられて学校を出た。

 悲鳴の花道にも、少しずつ慣れてきた。


 カフェへ到着。

 店内にはコーヒーの香りが漂い、パソコンで作業している人や、会話を楽しんでいる学生が目に入る。


 レジ付近で、彼がポケットからスマホを取り出すと、同時になにかが落ちた。

 私はそれを拾おうとして、目線を落とす――ワイヤレスイヤホンだ。


「イヤホン落ちたよ」


 屈んで手を伸ばした。

 彼はそれに気づくと、すかさず私の手を振り払った。


「触んな!」


 パチンと、乾いた音がした。

 見上げると、彼は別人のような目をしている。

 気持ちがついていけず、思わず息を飲んだ。


 店内のBGMが、私たちの間を駆け抜けていく。

 叩かれた手の甲が、じんわりと痛み、熱を帯びた。


「ごめん! そんなつもりじゃ……」


 彼は怒鳴った自分に驚いたように、震えている手を口元に当てた。

 数秒前とは、別人のように。

 その表情が、痛みを更に増幅させていく。


「いいの。私がもう片方を壊しちゃったから」


 きっと、あの日の出来事が、彼の心の奥底に根強く貼り付いているのかもしれない。

 すれ違った客のコーヒーの香りが、やけにほろ苦く感じた。


「そういう意味じゃなくて……」


 彼はふっと息を吐いて、イヤホンを拾った。

 私はその様子をぼんやりと見つめた。


 カウンターでコーヒーを受け取って、二人席へ座った。

 白いコーヒーカップに口を添え、目線を上げる。


「あのさ、どうして彼女のふりなんてしなきゃいけないの? 友達じゃだめなの?」


 教室まで迎えに来るくらいだし。


「気になる?」


 彼は頬杖をついて、ちらりと私を見た。


「……そりゃぁ、まぁ」


 正直、彼女でいなきゃいけない理由がわからない。

 一人の男性として、意識はしてないけど。

 

「おまえは他の女と違うなって思ってる」

「そりゃ、先輩のことが好きじゃないからね!」


 手が滑り、コーヒーカップをガチャンと置いた。

 唇をぎゅっと結び、上目を向けた。

 残念ながら、彼は憎いほどかっこいいけど、私には関係ないし。


 彼はきっぱりと言いきった様子を見て、ふっと笑った。


「飾らない目で見てくれるからだよ。それに、俺にとって――ただの契約じゃない」


 その言葉が、スッと胸の奥で溶けていった。


「えっ」

「……いや、なんでもない」


 それ、どういう意味だろう。

 いままで付き合った人は、本気で向き合ってくれなかったってことかな。


「でも、いつか外でデートとか……するんでしょ?」


 震えた声で言い、スカートの膝下をぎゅっと握った。

 正直、外は――苦手だ。

 学校から一緒に来る分には平気だけど、外で約束なんてハードルが高い。


 だから、絶対偽彼女は務まらないと思ったのに。


「もちろん。偽物の関係だということを、バレないようにしたいから」


 やっぱり、そうだよね。

 学校で親しくしていても、外では無視なんておかしいよね。

 

 キーボードを叩く音や客同士の会話が、耳の奥でざわついた。

 再びコーヒーカップを触り、息を呑んだ。

 

「実は私、事故直後から人と約束ができなくなったの。だから、条件を飲むのは難しいかもしれない」


 あの日のことを思い出したら、指先が震えた。

 彼は気づくと、私に手のひらを向けた。

 

「なら、スマホ貸して」

「どうして?」

「いいから」


 言われるがままに差し出す。

 彼は慣れた手つきで、私のスマホをタップした。


「今週の土曜日、デートしよう」


 私の目の前に、はいとスマホを差し出される。

 画面を見ると、スケジュールアプリにはデートの予定が入っている。


「ちょっ……なにするの?! 約束できないって言ったばかりじゃない」


 スマホをタップして消そうとするが、彼の手がそっと重なる。


「約束できないなら、乗り越えよう。傍で見ててあげるから」


 真剣な眼差しが胸に突き刺さった。

 まるで時が止まってしまったかのように、BGMの音が消えたような気がした。


 あの日の約束を思い出すと、准平の顔が浮かんだ。

 額が冷たくなり、すかさず首を振った。


「無理。約束なんて……。絶対行かない」

「俺は待ってるよ。おまえが来なくても」


 その言葉が、喉の奥をきゅっと詰まらせた。


 約束……それは2年間避けてきた道。

 また事故が起きたらと考えるだけで、胸がざわつく。


 残された人間は、恐怖を抱えて生きていかなければならない。

 これまで散々苦しんできたのに、そんな私に約束なんて――。


 それでも彼は、逃げようとしている私の前に、立ちはだかり続けている。

 こんなこと言ってくれる人、いままでいなかった。


 コーヒーの湯気が揺れていた。

 それを見つめながら、彼との未来に不安を覚え、心が沈んでいた。



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