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冬と春  作者: aonigiri
第一章 二人の出会い、過去と新たな街
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第八話:熱弁と自己解釈



 リンドルで迎えた最初の朝は、霧の混じった冷たい空気とともに始まった。

 宿を出た二人は、活気付く朝のギルドへと足を運ぶ。


昨日目をつけていた「倉庫街の夜間警備」の依頼を受注するためだ。

 雪灯が掲示板に手を伸ばした、その時だった。


「おいおい、そんな地味な仕事、もっとマシな奴が受けろよ」


 横から伸びてきた無骨な手が、雪灯の手を払いのけた。中堅どころの冒険者数人が、雪灯の隠された顔と銀髪を小馬鹿にするように囲んでくる。


「何だその格好? 逃げ腰の野郎に警備なんて務まるかよ。だいたいお前、無愛想で役に立ちそうにねえんだよ」

 一人が雪灯の胸ぐらを掴み、乱暴に揺さぶった。


 雪灯は無表情のまま、男の喉元に手を伸ばすべきか、最短の制圧時間を計算していた。かつてスラムにいた頃なら、迷わず喉を潰して終わらせていたはずの場面だ。


 だが、それより早く、隣にいた「嵐」が爆発した。

「は? おいおいおいおい、ちょっと待てよ」

 蒼は男の腕を力任せに掴み、雪灯から引き剥がした。その瞳には、かつてないほどの激しい怒りが宿っている。


「無愛想=何も考えてないって発想、どこから来た? 雪灯はまず周囲の状況を全部見てから動くタイプなの。判断が遅いんじゃなくて“間違えない”ってことだから! てか役に立たないって? 荷物を誰が一番に守ってると思ってる? 夜番で誰が一番起きて周りを警戒してると思ってる?お前との立ち回り方は天と地ほどの差があるんだよ!」


 一気に捲し立てる蒼に、冒険者たちが気圧されて後ずさる。だが、彼女の勢いは止まらない。


「人のことを側面だけで見ないでくれる? クールで何考えてるかわからないミステリアスなところもあるけど、本当は周りのことを考えてるんだから! 普段クールな雪灯が少しでも表情を変えると、それだけでこっちはめちゃくちゃ苦しくなるし無理しんどい助かるーってなるんだよ!! その魅力に気づけないなんてド三流だぜ? 髪もサラサラだし他人に気遣いできるし、料理もうまいし、危ない時は自分が前に出て助けてくれる。もう白馬の王子様が来たんじゃないかって錯覚するくらいスマートなんだよ! 身長差を考慮してちょっと屈んでくれるし、もうとにかく一緒にいるだけでテンション上がるしモチベーションも上がりまくりなんだよ! お前みたいな奴には雪灯の魅力が理解できねーか? あ?」


 蒼の熱弁に、ギルド中の時間が止まった。

 男が絡まれたと思えば、連れの女がヒステリックに叫びだしたという謎の状態になっているのだから。


雪灯はといえば、あまりの衝撃と羞恥心に、指先が微かに震えていた。

なんとかいきなり暴走した蒼を止めようとする。

「....おいやめろ、落ち着け」


だがその声は碧に届いておらず、雪灯の何たるかをまた語り始める。


「だからそれぐらい魅力にあふれる人物で、頼りになるから、世の中に回ったら危ないって言ってもいいぐらいなんだ。雪灯の存在を知らないなんて人生を――」


蒼の話の途中で雪灯は逃げ出すように蒼の口を後ろから塞いだ。

「……もういい。行くぞ」


 そのまま無理やり、呆然とする群衆の中から彼女を引きずり出す。

「……やめろ、と言っただろう」

 外に出た雪灯の声は、低く、困惑に濁っていた。


(男に掴まれた胸ぐらが、妙に熱い。……バカにされた怒りなど、今の蒼の言葉で完全に上書きされてしまった。……どうして、そこまで俺を見ているんだ、この女は。

かつて一人で旅をしていた時は、存在すら無視されるか、石を投げられるかのどちらかだった。スラムでは、隙を見せれば命を奪われるのが日常だった。……なのに、どうしてこの女は、俺の些細な動きを、そこまで価値のあるものとして数え上げるんだ)


 雪灯は塞いだ手から伝わる蒼の体温に、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、言いようのない圧迫感を覚えた。だが、雪灯はそれを「恋」だとは露ほども思わない。


(……これは、恐怖だ。これほどまでに俺を肯定する熱量。もしもいつか、彼女が俺の『本性』――泥を啜って生きてきた薄汚い自分に気づいた時、この熱は一瞬で氷点下に変わるのではないか。そう思うと、胃の辺りが冷たくなる。

それに、彼女が言っているのはあくまで『推し』としての賞賛だ。俺を人間として愛しているのではなく、自分の作り上げた『理想像』を愛でているだけなのだから)


 雪灯は、自分に向けられた全肯定を一種の「誤解」によるものだと定義することで、必死に心の均衡を保とうとしていた。

んん!んんん、んー!(まだ語り足りない!)


「静かにしろ。……夜間警備に備えて、今のうちに休むぞ」

 雪灯は手を離すと、突き放すような足取りで歩き出した。


 蒼は「ひどいなー、事実を言っただけなのに!」と笑いながら、いつも通り桜色の裾をなびかせて追いかけてくる。


 雪灯は、その風の中に混じる彼女の軽やかな足音に、無自覚な安堵を覚えながら、同時に「いつか消える光」への怯えを隠し持ったまま、仕事の時間まで束の間の平穏を歩いた。


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