表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬と春  作者: aonigiri
第一章 二人の出会い、過去と新たな街
4/8

第四話:追跡者



 昼下がりの街は、妙にざわついていた。

 行き交う人々の歩調は普段より速く、露店の威勢のいい声さえ、どこか落ち着きなく空回っている。


 蒼は雑踏を歩きながら、ふと足を緩めた。

(……いる)


 理屈ではない。首筋をなでるような、冷たく粘りつく視線。

 視線を巡らせても、怪しい影は見当たらない。――少なくとも、街の景色に溶け込んだ表向きの顔だけを見れば。


 少し前を歩いていた雪灯が、同時に足を止めた。

 彼は振り返ることなく、地を這うような低い声で告げる。


「……誰か、付いてきているな」


 蒼の口元が、自嘲気味にわずかだけ歪んだ。


「やっぱ、分かる?」


「気配が、下手だ。……というより、慣れていない」

 冒険者のような荒々しさも、暗殺者のような鋭利な殺気もない。どこか事務的で、訓練された「使い手」の気配。


 雪灯は自然な動作で歩調を変え、蒼を庇うように半歩前へ出た。


「路地に入るぞ」


「了解」



 石造りの建物が密集する、陽の差さない裏道。人通りの途絶えた静寂の中で、蒼は気配を探る。

(……三人。距離は一定。様子見だね)

 追跡者は踏み込んでこないが、決して離れもしない。


「ねえ、雪灯」

 蒼が囁くような声で言った。


「もし、私がとんでもなく面倒な過去を持ってるとしたらさ。……どうする?」


「……今さらだ」

 雪灯の答えは即答だった。


 蒼は一瞬きょとんとして、それから噴き出すように小さく笑った。

「ふふっ、ありがと。……やっぱり君、不愛想なだけで優しいよね」


 角を曲がった、その瞬間だった。


「――蒼様」


 路地の先、一人の男が立っていた。一人だけ先回りしていたようだった。

 身なりは整っているが、武器は帯びていない。ただの「使いの者」であることが一目で分かる。


 蒼の足が、凍りついたように止まった。

「……その呼び方、やめてって言ったよね」

 声は穏やかだったが、明確な拒絶の刃が混じっていた。


 男は一歩下がり、深く頭を下げた。

「失礼いたしました。ですが、どうしてもお伝えせねばならず」


「伝える相手を間違えてるよ。私はもう、そっちの人間じゃない」

 蒼は冷たく言い切る。男は言葉に詰まり、やり場のない視線を彷徨わせた。


 その光景を、雪灯は黙って観察していた。

(……確定だな)

 蒼は、追われている。それも、血縁や組織といった、極めて「内側」の事情によって。


「家の方々が、お戻りを切に願っております」


「帰らない」

 迷いのない、鋼のような即答だった。

「名も、立場も、もういらない。それに――」


 蒼は一瞬だけ雪灯の背中を見つめ、少しだけ柔らかな声を漏らした。

「今は、この旅が楽しいから」


 男は沈黙し、やがて諦めたように深く一礼した。

「……承知いたしました」


 彼が去ると同時に、周囲に潜んでいた気配も潮が引くように消えていった。


 路地に、重苦しい静寂が戻る。

 蒼は大きく息を吐き、壁にもたれかかった。


「はー……やっぱ見つかるよね。隠れるの下手なのかな、私」

 軽い口調。だが、その肩からは力が抜け、微かな震えが混じっているのを雪灯は見逃さなかった。


 雪灯は、すぐには言葉をかけなかった。

 しばらく歩き、賑やかな大通りが近づいた頃、ようやく口を開いた。


「……聞かない方がいいか?」

 蒼は一瞬考え、それから首を振った。


「ううん。聞かないでくれるなら、それでいい」

 間を置いて、彼女は続ける。

「でも、もし聞かれたら……嘘はつかないよ。約束する」


 雪灯は短く頷いた。

「それでいい」


(俺も、同じだ。語らぬ過去が、この身を縛っている)


 夕暮れが近づき、街の喧騒が再び二人を包み込む。


 蒼が、自問自答するようにぽつりと言った。

「ねえ、雪灯。私さ、ただ家から逃げてるだけかもしれないんだよ」


 雪灯は歩みを止めず、前を見据えたまま答えた。

「……逃げることと、生きることが、同じ意味を持つ場合もある。恥じることはない」


 蒼が、弾かれたように目を見開く。

 そして、今日一番の、心からの笑顔を見せた。

「それ、すごく好きな考え方だな」


(春は、嵐も連れてくる。……だが)

 雪灯は、心の中で静かに呟く。


(この嵐なら、受け止めてもいい。……いや、共に吹かれてもいいのかもしれない)

 吹き抜ける夕風が、二人の間に漂うわだかまりを、優しく消し去っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ