表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬と春  作者: aonigiri
第一章 二人の出会い、過去と新たな街
1/8

第一話:春の嵐は、雪の前に現れた



 ギルドの掲示板前は、昼前から活気づいていた。

 依頼書が風に煽られて乾いた音を立て、荒事を生業とする者たちの革靴と、この辺りでは珍しい草履の音が混じり合う。


 その喧騒から少し外れた場所に、人だかりができていた。

 その中心に、一人の男が立っている。


 夜の闇を溶かしたような漆黒の外套。腰まで流れる銀の長髪。

 長身の腰には、身の丈に合わせた反りの美しい刀が一振。

 帽子とマフラーで顔の大半を隠した彼は、表情を読み取らせない。ただ、冷たい視線を床に落としていた。


「なあおい、聞いてんのか?」

「無視とか感じ悪ぃな。ギルドで問題起こす気かよ」

 三人の冒険者が男を囲み、下卑た笑いを浮かべている。


 だが、男は何も答えない。わずかに眉をひそめ、内に秘めた闘気を抑え込んでいるだけだった。

(……関わりたくない。この程度に抜くほど、俺の刀は安くない)


 その男、雪灯(ゆきと)は無用な衝突を切り捨てる剣士だった。だが、その沈黙はさらなる火に油を注ぐ。


「調子乗ってんのか? 黙ってるなら、言うこと聞けよ」

 暴力の気配が膨れ上がった、その時。


「――あれ? なんだか、不格好な喧嘩してるね?」

 凛とした、けれどどこか軽やかな声が割り込んだ。


 人混みをかき分けて現れたのは、目を引く装いの少女だった。

 日本系の和装と、大陸系の装束が混じり合った不思議な出立ち。淡い緑の生地に、チャイナボタンがあしらわれた上衣。


裾には鮮やかな桜色の刺繍が舞い、動くたびにスリットから覗く足取りは軽い。

 腰には二振りの刀。背中には、それらとは対照的な武骨な大剣。

 三本の鞘には、すべて統一された桜の文様が刻まれていた。


「ちょっとさぁ。その人、何かしたの?」


 冒険者たちが不快げに振り返る。

「は? 誰だおめえ。関係ねぇだろ、女は引っ込んでろ!」

 少女――(あお)は、囲まれている男を一瞬だけ一瞥した。


(無愛想、静か、でも立ち姿が完璧。重心が全くぶれてない。……あ、この人絶対強い。私のタイプのイケメン……尊い。全力で推すしかないね、これ)

 内心の「オタクの直感」は爆発していたが、彼女はそれを微塵も顔に出さず、凛として前に出た。


「無視してるのは、喧嘩を買ってない証拠でしょ。手を出さない相手に群れるのって、最高にダサくない?」


「お前――ッ!」


 ドン、と低い重低音が響いた。


 蒼が鞘に収めたままの大剣を、石畳に叩きつけた音だ。

 その一撃で、ギルド前の空気が一変する。


「ここ、ギルドの前だよ? 騒ぎを起こせば資格剥奪。……やるの?」


 周囲が息を呑む。先ほどよりも低い声と少女から放たれた圧力に気圧され、冒険者たちは舌打ちを残して、逃げるように去っていった。

 人だかりが散り、残ったのは静寂と、二人の剣士だけだった。


「……助ける必要はなかった」

 雪灯が、低く、冷たく言い放つ。


 蒼はそれを聞き流し、にっと太陽のように笑った。

「必要かどうかは、私が決めること。まあ、私の好みのイケメンだしね。イケメンが絡まれてたら助けるのが私の流儀。それにさ……」


 彼女は掲示板を指差した。


「この依頼、同じの見てたでしょ?」


(……気づかれていたか)

 雪灯は驚きを隠す。顔を隠していても、彼女の観察眼は雪灯が「足を止めた秒数」だけで狙いを見抜いていた。


 それは、護衛と討伐を兼ねた、二人組以上が条件の依頼。


(条件は悪くない。だが、足手まといと組むくらいなら諦めるつもりだったが……)

 雪灯は目の前の少女を見る。


 小柄だが、芯の通った立ち振る舞い。武器の扱いに迷いがない「プロ」の気配。

(案外……悪くないかもしれない)


「私は蒼。あなたは?」


「……雪灯。相良、雪灯だ」


 蒼の瞳が、宝石のように輝いた。

「へぇ! いい名前だね。和の響き、最高。じゃあ決まり!」

 彼女は迷いなく依頼書を剥ぎ取った。


「この仕事、一緒にやろ! ペア必須だし、さっきの落ち着きを見てたら背中を預けられそうだし」

 春の嵐のように、自分の一歩先を歩き出す背中。


(……断る理由もないか)

「……分かった」



 二人はギルドの受付へと向かった。

 使い込まれた木製カウンターに、インクの匂い。


「同行者登録ですね。お名前を」


「あお。草かんむりの『蒼』って書きます」


「……相良、雪灯」


 受付嬢のペンが止まる。

「珍しいですね……お二人とも、この地では珍しい『漢字』の名前だ」


 蒼は肩をすくめて笑う。

「文化が違うと色々言われますけどね。私は気にしてません」

 雪灯は何も答えなかったが、自分と同じ「文字」を名に持つ彼女に、不思議な縁を感じずにはいられなかった。




 ギルドを後にし、古道へと続く森に入る。

 歩く速度が、驚くほど自然に揃う。


「足音、静かだね。癖?」


「……無駄な音は死を呼ぶからな」


「なるほどね、徹底してる。いいよ、そういうの」



 その時、森の空気が一変した。

 低い唸り声。

「早速来るね。――二体か」


 蒼が背の大剣を地面に預け、同時に腰の二刀に手をかける。


 現れたのは、筋骨隆々とした獣型の魔物。


「前は俺が――」


「了解!」

 雪灯の言葉を待たず、蒼は地を蹴った。


 速い。だが、その動きに無駄はない。


(……まるで、春の嵐だな)


 魔物の一体が、死角から雪灯を狙って跳ぶ。

 雪灯は抜刀した。だが、斬り伏せはしない。

 鋭い剣筋で魔物の牙を叩き、動きを完全に停止させる「後の先」。


 蒼が即座に反応し、頷く。

「ナイス連携!」


 彼女は雪灯が作った一瞬の隙を見逃さず、流れるような二連斬で魔物を屠った。


 依頼は、完璧な完遂だった。



 帰り道、夕焼けが二人の影を長く伸ばす。

 ギルドで報酬を受け取り、外へ出た。

「次も組まれますか?」という受付嬢の問いに、雪灯は「未定だ」とだけ返した。


 だが、隣を歩く少女は、そんな彼を面白そうに眺めている。

(断られなかったし、次もいけるね。もう、推すしかない。幸せにするまで推しは変えないって決めてるから)


「じゃ、今日はここまでだね」


「……ああ」


 別れ際、一瞬の沈黙。


「また同じような依頼があったら、声かけてもいい?」


「……構わない」

 蒼は満足そうに手を振った。


「ありがと! じゃ、またね。雪灯!」


 呼び捨てにされたその名を、雪灯は胸の中で反芻する。

 春の風に揺れる桜色の布が、夕闇に消えていく。


(……意外と、悪くない組み合わせだったな)

 雪灯の心に積もっていた冷たい雪が、ほんの少しだけ、解け始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ