第5話 リーガン公爵
「ねぇ? アイク君だよね? 私たちのパーティに来ない?」
「俺たち【月牙の星】には、二年の中でもトップクラスだ! 来いよ!」
「お試しでもいいから、パーティに入ってよ!」
最近、この手の勧誘が増えてきた。
俺ですらこうなのだ。マルスが入学してきたら、とんでもない騒ぎになるだろう。
そんなことを考えながら教室へ向かうと、ホームルームのあとに担任のバザードが声をかけてきた。
「アイク、すぐに校長室へ行ってくれ」
「……校長室、ですか?」
「ああ。リーガン公爵がお前と話したいそうだ。知っているな? この学校の校長はリーガン公爵だ」
もちろん知っている。
十二公爵家の名と紋章くらいはすべて頭に入っている……それに公爵は入学式の祝辞も述べていたからな。
にしても、職員棟か……。
ここからだと距離があるが、校長直々の召喚なら断るわけにはいかない。
校長室の前には、槍を携えた二人の騎士が立っていた。
俺に気づいた二人は、無言で槍を交差させ、進路を塞ぐ。
「何の用だ?」
一人の騎士が問いかけてくる。
「一年Sクラスのアイク・ブライアントです。リーガン公爵に来るよう命じられました」
騎士たちは互いに視線を交わし、すぐに頷いて道を開けた。
促されるまま扉の前に立ち、重厚な扉をノックする。
「一年Sクラス、アイク・ブライアントです――」
最後まで言い終える前に、部屋の中から声が返ってきた。
「入りなさい」
「……失礼します」
重い扉を押し開けて中に入ると、まず目に飛び込んできたのは、机に積まれた書類の山だった。
よくもまあ、崩れずにあそこまで積めるものだと感心したのも束の間、書類の奥から、凛とした声が響く。
「わざわざお呼び立てして申し訳ありません。少しお話をしたかったのです」
その声とともに、長い耳を持つ妖精族の女性が書類の隙間から顔を出した。
彼女こそが――この学校の校長、リーガン公爵。
公爵であり校長でもある人物が、俺のような学生に敬語を?
一瞬、どう反応すべきか迷う。
「いえ、滅相もござい――」
言いかけた瞬間、公爵の目が妖しく光った。
皮膚の表面をなぞられるような感覚……鑑定だ。
「あなたのMPがとんでもないと報告を受けたもので、少し鑑定させていただきました。そのMPは、生まれつきのものですか?」
「……いえ。魔法を使っていたら、いつの間にか増えていたようで」
「なるほど。ですが、それほどの魔力量がありながら、魔法のレベルがそこまで高くないというのは興味深い。何か理由でも?」
「……分かりません。僕は鑑定ができないので、自分のMPが特別高いなんて知りませんでした」
マルスやクラリスと比べれば、むしろ低いと思っていたくらいだ。
だから俺は、ただ負けないように訓練してきただけ。
「そうですか。あなたの家は、バルクス王国でも最も新興の伯爵家でしたね……特別な訓練法でも伝わっているのでは?」
「いえ、それは……他の国や貴族の訓練を知らないので、比較のしようがなくて」
「本当ですか? その功績で陞爵したのでは?」
疑っている?
他国出身だから、警戒しているのか?
そう考えた瞬間、再びリーガン公爵の瞳が光を帯びた。
瞬間――
俺の体がビクリと硬直する。
指一本、動かせない。声すら出ない。
「すみませんね。少しの間、身体が動かなくなるでしょうが……我慢してください」
こ、これは……エーディンの束縛眼!?
全身が鉛のように重い中、公爵の声だけが響く。
「今、あなたが返事をしたことに嘘はありませんか?」
喉の奥が勝手に震え、口が勝手に動く。
「あ、り……ません」
な、なんだ……勝手に……!?
「では、ブライアント伯爵家は、リスター連合国をどう思っていますか?」
「し、ら……ない、です……」
「あなたのご両親に、大きな野心はありますか?」
「な、い……と、おも……います……」
俺がそう答えると、リーガン公爵の瞳から怪しい輝きがふっと消えた。
同時に、体を縛っていた見えない鎖が解けるように、全身が軽くなる。
「ふぅ……本当に、何もないようですね」
リーガン公爵が、胸に手を当てて小さく息を吐いた。
「国の長として、そして学校の長として。不穏分子が入り込んでいないか確認させていただきました。結果、あなたはシロ。不快な思いをさせて申し訳ありません」
「え、あの……」
喉を鳴らして声が出ることを確かめる。
ようやく自分の意思で話せた。
「今……僕は、何をされたんでしょうか?」
問い返すと、公爵は笑みを浮かべる。
「ふふ……魅了眼をかけさせていただきました」
「魅了眼……?」
「ええ。この魔眼は同性に対しては束縛眼のように身体を縛るだけですが、異性に対しては完全な支配が可能になります。距離が近ければ近いほど効果は強く、抗うのは至難の業。ただし、これは束縛眼と同じで自分より魔力の高い者には通じません」
なんだ、その能力は……無敵じゃないか。
だが、ひとつ思いついた。
マルスなら……あるいは。
「……魔力は、おいくつで?」
つい、確認してしまった。
リーガン公爵は穏やかに微笑み、言葉を選ぶように答える。
「そうですね。300は超えているとだけ、教えておきましょう」
マジかよ……。
マルスですら敵わない。
心の中でそう呟いたところで、悟る。
これ以上、余計なことは口にしないほうがいい。
質問の内容次第では、マルスやクラリスの神聖魔法のことまで喋ってしまうかもしれない。
この人の前では、たとえ沈黙一つとっても慎重に選ばねばならない。
いや、公爵の前だけではない。先生たちの前でも気を付ける必要がある。
なにしろ、俺がここに連れてこられたのは、俺のステータスが公爵の耳に入ったからだ。
学校でマルスやクラリスのことを語るのは控えたほうがいい。
早い段階でリーガン公爵の能力に気づけたのは、幸運だった。
そう思いながら、俺は静かに校長室を後にした。




