第4話 ★エーディン・アライタス★
リスター国立学校。
中央大陸随一の教育機関――と、そう呼ばれている。
けれど、実際は違うと思っていた。
上級貴族の子弟は忖度され、実力がなくても高いクラスに押し込まれる。
結果、子どもたちは慢心し、努力を忘れ、堕落していく。
そんな、腐った場所だと。
だから、私は入学などしたくなかった。
そんな環境で育った男といずれ結婚しなければならない――そう思うだけで、吐き気がした。
……でも、違っていた。
少なくとも、Sクラスは。
愚か者ではなかった。
もっとどうしようもない――大馬鹿者たちだった。
「エーディン! 今日こそ負けを認めさせてみせる!」
「おい! アイクの次は儂じゃ! アイクでは貴様を倒すことはできぬが、儂ならできる! その顔面に一撃ぶちかましてやるのじゃ!」
……学校に入学してから、もう十日。
この二人は、毎朝こうやって戦いを挑んでくる。
アイクは束縛眼で、ガルは魔法で。
どちらも一瞬で叩きのめすのだけれど――翌日には懲りもせず、また挑戦してくるのだ。
「あのねぇ……? 人の顔を見るたびに挑戦してくるって、どういう神経をしているの?」
私が眉をひそめて言うと、アイクは一瞬だけ反省したような顔をして――
「そうだな、悪かった……おはよう、エーディン。よし! じゃあ勝負だ!」
……アイクって、こんなに馬鹿だったかしら?
朝のホームルームを終え、私はアイクとガルの二人に半ば引きずられるように闘技場へ向かった。
「くっそぉ……やはり束縛眼をどうにかしないとダメかぁ……」
「儂はどうやって近づくかじゃな……」
いつものように戦って、いつものように負けて。
そして、いつものようにリングの上で膝をつく二人。
少しは反省しているのかと思えば――
「ガル! まだ俺たちには努力が足りない! とにかく訓練だ!」
「分かっておるわい! 回復薬を飲んで一からじゃ!」
……やっぱり、何も変わらない。
そう思いながらも、自然と口元が緩んでいたのかもしれない。
ふと、すぐ横から声がかかる。
「エーディン様、楽しそうですね?」
ユーリが、微笑んでいた。
「楽しい? 私が? そんなわけないじゃない」
「いえ、最近のエーディン様はいつも表情が柔らかいですよ?」
……言われて、はっとした。
確かに、男に対する嫌悪感は、いつの間にか薄まっている。
馬鹿だと思うことはあっても、もう愚かだとは思わない。
それどころか、少しずつ成長して実力が迫られているというのに悪い気がしない。
毎朝の挑戦が、鬱陶しいはずなのに、なぜか待ち遠しい。
あれほど行きたくないと思っていた学校なのに……。
気づけば、今はこの場所に来るのが楽しみになっていた。
そんなある日の放課後――
私はいつものように女子寮へと戻る途中、ふと、いくつもあるアリーナの一つから鋭い踏み込みの音が響いてくるのを耳にした。
何気なく覗いてみると――そこにいたのはアイクだった。
目標に左肩を向け、顎をわずかに引き、背筋を一直線に伸ばして構える。
そのまま腰を軸に回転させると、牡丹槍の穂先が風を裂き――ビュンッ、と鋭い音が離れた私のところにまで届いた。
どのくらい見ていたのだろうか?
気づけば、夕陽は沈みかけ、周囲からは人の気配が消えていた。
一般クラスの門限はとうに過ぎている。
私は、ただどんな訓練をしているか確認しただけ。
それ以上の意味なんてない……そう思っていたのに。
「あれ? エーディンじゃないか? 今帰りか?」
不意に声をかけられて、肩が跳ねる。
「え、ええ……まぁね」
ずっと見ていた、なんて言えるわけがない。
「いつも授業が終わってから訓練を?」
「ん? まぁな。目指すべき相手は、まだ遥かに遠いからな」
その言葉に、思わず眉をひそめる。
アイクが目指しているのは――私ではない?
私を倒すのであればMP量に物を言わせて長時間の遠距離戦をすればいいだけ。
なら、いったい誰を?
「誰を目指しているの?」
問いかけると、アイクは一瞬、天を仰ぎそれからにこやかに答えた。
「……弟だ」
「弟――ッ!?」
思わず声が裏返る。
アイクは苦笑いを浮かべ、汗を拭いながら続けた。
「俺の弟は、俺なんかよりずっと強い。子供の頃からずっと、あいつの背中を見てきた。いつか並びたい、そして、認めてもらいたい。そう思ってるんだ」
そこには、まっすぐな想いだけがあった。
「どんな、弟なの?」
「うーん……俺よりも三つ下なんだけど、剣の腕は超一流。魔法は……それ以上だな。魔法戦は何があっても覆せないから、せめて接近戦でヒヤリとさせるくらいには迫りたいと思ってるんだ……それに――」
彼の声が少し高揚していく。
「男の俺が言うのも変だが、めっちゃカッコいいぞ? それに努力の天才。俺がこうして毎日訓練を続けられるのも、弟のおかげなんだ。あいつだったらもっと努力しているとか、別のアプローチで鍛えるとか……」
笑顔で語るアイク。
その瞳は熱を帯び……あまりもの弟愛に、少し恐怖すら感じる。
にしても、三つも年下ということは、今年でまだ九歳。
私たちも成長過程にあるとはいえ、九歳なんて鼻水を垂らして走り回っているだけで喜んでいる年齢じゃないか。それなのにアイクよりも強いなんて信じがたい。
「エーディンも見たら驚くぞ? 三年後にはきっと首席で入学してくるから、楽しみにしてろ」
三年後にこの学校に――?
ということは、【深淵令嬢】カレン様や【北の勇者】バロンと同世代。
アイクと弟君には悪いけど、カレン様を越えるのは絶対に無理だろうな……。
「そう、楽しみにしているわ」
そう言ってアリーナを後にすると、隣にアイクが立つ。
「送っていくよ。校内とはいえ、暗いからな」
「何を言っているのよ。校内にはリーガン騎士団が常に巡回しているし、何より私は序列一位よ?」
「知ってる。でも、送っていくよ」
序列一位の私を護るため、序列二位の男子が寮まで送ってくれる。
学校に入る前なら、侮辱しているのかと憤ったかもしれない。
だけど今は――不思議と、悪い気はしなかった。




