第2話 ガルとの戦い
翌日――
朝のホームルームを終え、俺たちは校内でもひときわ巨大な建物へと足を運んでいた。
「なんだ……ここは……?」
思わず声が漏れる。
中央には、整然と並べられた石の床。
それを取り囲むように円形の観客席が広がり、周囲には控室と思しき小部屋がいくつも連なっている。
俺たちは教師バザードに導かれ、静まり返った中央へと歩みを進めた。
「ここは闘技場と言ってな。大規模な実戦訓練や決闘を行うために造られた施設だ。Sクラスの序列戦は、すべてここで執り行われる」
さすがの規模だな。
感嘆の声を飲み込みながら見渡していると、バザードが話を続けた。
「知っての通り、Sクラスには序列が存在する。序列戦とはその席次を争う戦い。下位が上位に挑み、実力をもって順位を奪う試験だ」
言葉と同時に、バザードの視線が一人の少女へと向けられる。
「最初の挑戦者は……序列五位のユーリ。対するは、四位のイースト。やれるか?」
「はい。挑ませてください」
ユーリは水の魔法を操る魔法使い。
対するイーストは、俺と同じ槍使い。
殺傷を防ぐため、武器は訓練用の牡丹槍――木製の柄の先に布と綿を丸く包んだものだ。
バザードが戦闘開始の声を上げる。
「【アイスアロー】!」
ユーリが詠唱と同時に腕を振る。
腕から迸る冷気が矢を形を成し、摩擦音と共にイーストへ突き進む。
「せいっ!」
イーストが地を蹴り、躱そうとするが、氷の矢は若干軌道を変え、ユーリの腕を掠める。
「チッ!」
しかし、イーストは構わず突き進む。
対してユーリはさらに魔法を詠唱。
「【アイスウォール】!」
ユーリの詠唱と同時に、足元から冷気が奔る。
瞬く間に氷柱が伸び上がり、二人の間に壁が聳え立とうとした……が。
「遅いッ!」
イーストは、氷が形を成すより早く、ユーリと壁の間に飛び込み、槍の穂先を喉元へと突きつける。
ユーリの動きが止まった。
魔法の光がぱきりと砕け、氷壁は未完成のまま霧散する。
「……参りました」
静かな声が響いた。
イーストが槍を引き、軽く一礼する。
やはり魔法使いといえど、近づかれた時の対処を持たなければ勝負にならない。
その教訓を示すような一戦だった。
「ナイスファイトだった!」
バザードの声が闘技場に響く。
「ではイースト! 次は……ガラールに挑戦するか?」
「もちろんです!」
イーストが力強く答えると、場の空気が一段と熱を帯びた。
次の対戦相手は――序列三位、ガラール。
手にするのは大きめな木斧。
対するイーストは牡丹槍。
斧の一撃は重く、受けた瞬間に押し負ける。
槍の間合いと速度で押し切れなければ、勝機はない。
一撃で仕留める。それしかない。
イーストもそう考えたのだろう。
不用意には踏み込まず、慎重に間合いを測る。
だが、ガラールはただの斧使いではなかった。
「そっちから来ないなら……儂が行く番じゃな!」
豪快に笑うと、左手を掲げて詠唱に入る。
「【土弾】!」
「【土弾】!」
「【土弾】!」
三連詠唱。
無数の礫土が弾丸のように宙を走る。
「なっ……魔法だとッ!?」
イーストが驚愕の声を上げる。
ガラールが魔法を扱えるとは思ってもいなかったのだ。
反応が一瞬遅れ、数発の弾丸が胴と肩を掠める。
「くっ――だったら……!」
痛みに歯を食いしばり、イーストは突進した。
距離を詰めて槍の間合いに持ち込もうとするが――
「遅いわッ!」
巨腕が振るわれる。
巨大な木斧が唸りを上げ、牡丹槍を力任せに叩き落とした。
衝撃音が響き、イーストの足元に土煙が舞う。
その刹那、バザードの声が上がる。
「勝者――ガラール!」
イーストは膝をつきながらも、顔を上げて笑った。
「まさか……あれほどの魔法を使うとは……」
ガラールは斧を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「儂は戦士であっても、愚直ではないでな」
その目は、真っ直ぐに俺を捉えた。
「次はアイク! お前だ! 試験で勝ったのはマグレだと証明してやる!」
ここまで剥き出しの敵意を向けられると、どこか血が騒ぐ。
バザードに牡丹槍を受け取り、リングの中央へ足を進めようとしたその瞬間、背後から軽やかな声が飛んできた。
「あら? ガラールは私に挑まないのかしら?」
声の主はエーディンだった。
挑発を含んだその一言に、ガラールの顔が紅潮する。
「そうじゃ! 儂が二位になって、貴様の鼻をへし折ってやる!」
その視線が、再び俺へと向けられる。
「貴様もじゃ! 儂より背の高い者は、みな敵なのじゃ!」
冗談めかした怒号だが、思わず噴き出しそうになる。
身長百二十センチ足らずの男がそう言うのなら、世の大人はほとんど敵になってしまうだろう。
だが、ここはあえて受けて立つ。
「いいだろう。じゃあ俺の牡丹槍でお前の脳天を一発かっとばして、それから縮めてやるよ」
「ぬかせッ――!」
試合開始の合図を待たずして、ガラールが咆哮とともに突進し、斧を大きく振りかぶる。
槍身を軸にして半身で回り込み、木斧の刃をぎりぎりで躱す。
「速いなッ!」
ガラールが吼える。
が、奴は俺が回避するのは想定済みのようで、素早く斧を薙ぎ払う。
そこを見越して、俺はバックステップ。
槍先を振り上げ、柄の側面で斧をかちあげる。
木と木の乾いた衝撃音。
がら空きの銅に牡丹槍の穂先を一突き。
ガラールは咄嗟にバックステップで回避しようとするが――
「ぐはっぁ――!」
浅く鳩尾に入る。
ただ決定打にはならない。
「おのれぇ……馬鹿力め……」
接近戦では勝てないと悟ったのか、ガルは距離を開けて左手を掲げ――
「【土弾】!」
「【土弾】!」
「【土弾】!」
無数の礫土を飛ばしてくる。
そっちがそのつもりであれば――
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
「【ファイアアロー】!」
放たれた火の矢が礫土を正面から打ち砕く。爆ぜた土煙を貫いて、炎の軌跡がなおも勢いを失わずガラールへと迫る。
ガラールは慌てて身を翻したが、火の矢が制服の裾を掠めた。
「あちッ! ほわっち!」
その場で跳ねるようにして、必死に火を払うガラール。
その姿を見て、クラスメイトはもちろん、バザードですら腹を抱えて笑い声を漏らした。
「くくく……勝負ありだ。勝者、アイク!」
試合はそこで止められ、勝敗は俺のものとなった。だが、ガラールは不完全燃焼といった表情で、俺に食ってかかる。
「貴様! 男なら魔法でなく、接近戦で勝負をつけるべきなのじゃ!」
「別に構わないけど、最初に魔法を使ったのはお前の方だろ?」
「なんじゃと!? それに儂はお前ではない、ガラールじゃ! ガルと呼ぶのじゃ!」
愛称で呼べと言っているのか。
にしてもこいつ……元々語気が強いだけで怒っているわけじゃないのか?
「ん? ああ、分かった。じゃあ、ガル。今度は接近戦で仕留めてやる。脳天に牡丹槍を一発ぶち込んでやるからな」
「ふん、望むところなのじゃ! それまでは第三席で我慢してやるのじゃ!」
ガラールは顔を赤らめながらも、エーディンへと視線を移し、すぐにまた俺へ戻して言い放つ。
「アイク! あの生意気な小娘をぎゃふんと言わせるのじゃ!」
「ああ、できるだけ頑張ってみるよ」
そう答え、俺はリングに上がってきたエーディンをじっと見据えた。




