第一章 吉祥寺の焼肉きんぐ 8
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野笛が持参したノートPCとドローンのカメラを連動させる。
勿論野笛が操縦を教えた後だが、菜乃と芽里亜ははしゃいでドローンを大空に飛ばし、思い思いの軌跡を描いてみせた。
―一方はあんなデカいランドクルーザーを運転し、他方はコミケの壁際サークルで行列をこさえたとは思えぬほどのおてんばぶりだな。
野笛の見立ての通り、二人ともまだ10代で、背も小さく、表情も幼い、だからよけいに甘い雰囲気がこの空間を支配していた。
まだまだ回るロケ予定地は多いから、そろそろ行くよ、と野笛が口にした時の二人の哀し気な表情が忘れられない。
―母親というものはこういう体験をしているものか。
同時に野笛は既にこの二人とはしゃげなくなっていたことを少し悲しく思った。
そういう子どもなトコもある芽里亜だが概ね菜乃よりはしっかりしている印象を野笛は持っていた。
が、「アレ!?東京ジョイポリスって、ここですか!?」と芽里亜が云ったのは、どうも遊園地を想定してのことだったと彼女の説明を聴いて二人は初めて理解した。
「なんか、もっとこう、ザ・遊園地みたいなトコを思っていたんですよ」
だが芽里亜の想像とは違く、大きなゲームセンターといった風情だった。
「臨海公園のあの大きな観覧車じゃあ、ダメなの?」と野笛が行ったのはさっきの荒川の近くにあったダイヤと花の大観覧車のことだ。
「あれでは大き過ぎで、むしろ野笛先輩っちみたいなレトロなやつが相応しいんですけど」
その芽里亜の言に菜乃がタブレット端末を画面を見せた。
「後楽園遊園地だけど、どう?」
「これは都会のど真ん中だよね。華やかだけど寂しい感じが遊園地の周囲の賑わいで相殺されちゃているよ。あ!豊島園っていうのは!?」
「それはもうハリーポッターとスーパー銭湯になっているよ!」
芽里亜はなんとなく、東京は栄えているから娯楽施設が多く、ベタな遊園地がそこかしこにあるんだなとイメージしていたが、愛媛出身の彼女はそんなことはないと知った瞬間であった。
「相模湖ピクニックランドは?」と愛知出身の野笛がつぶやく。
「アレももう無くなったハズじゃあ、それに相模湖はさすがにクルマでも遠いです」
と東京育ちの菜乃。
―ア!
菜乃はタブレット端末で検索して二つの場所を二人に提示した。
「あ!こっちの花やしきは行ったことある!」と野笛が指さす。
「こっちの方が近いから、二か所とも行ってみよう!」
菜乃は東京の東と北には詳しかった。
で、花やしきに来たのだが、元来昭和レトロ趣味が好きな野笛がはしゃはしゃぐ。
「野笛さん、さっき私たちがドローンで遊んでいる姿を母のような目で見守っていたよね」
「全然、子どもだよね」
菜乃と芽里亜は当然、野笛には聴こえない距離で会話している。
しかもファーストフードが好きな野笛には堪えられない店、ドムドムバーガーまであるのだった。
「ここにしかない限定メニュー、浅草コロッケバーガーがあるんだよ!」
限定という言葉に弱いので野笛と同じく菜乃もそのコロッケバーガーにして、芽里亜はお好み焼きバーガーを頼んだ。
―まぁ、そろそろ三時だし、おやつタイムということで。
なんやかんやで体重は気になる三人はそのようなことを三者三様に思ったのだった。
「ここ、いいわ」と芽里亜。
「うん、デートでここをチョイスしてきたらデキる男かもね」と野笛。
「うーん、愉しい場所ではあるよね」
菜乃が否定的なニュアンスを込めたのでそのワケを芽里亜は問い質したのであった。
「乱歩の世界だよね、浅草だし。下町に突如として生まれた極彩色の世界。それって霊的なもの?まぁ、お化けには限らないけど、なんか超自然的なモノ・コトを誘発する土地。今回の話って、人間以上のものは出てこないじゃん?まぁ、ここに誘っておいてなんなんだけどさ」
「いや、菜乃の言う通りだ。さっきから次のロケハンなければ乗りたい乗り物がいっぱいだし、浅草だから名物でも食べて帰りたいけど、ここじゃないよね」
芽里亜の言に野笛は「うーん、それはミステリとSFの違いってこと」と問うた。
でも芽里亜が「なんだろうか、うーん」と言語化できなかったようなので、菜乃は次の遊園地への移動を促す。
「ここ!近所にお父さんの弟さんが住んでいたから、よく来ていた」
あらかわ遊園。
「ここだ!このサイズの観覧車!競い合う乗り物の無さ!プールとか動物ふれあい広場とかとりあえず全部揃えました感!離婚する夫婦が最後に子どもと来る遊園地っぽさ!」
芽里亜はいきなり通り魔がナイフ片手に現れる感!はさすがに云わないでおいた。
「そうそう、同じミステリでも花やしきは本格ミステリとか怪人が登場する舞台だけど、あらかわ遊園は社会派ミステリの箸休め的に使われるロケ地った感じだよね」
「ああ!昔なら松本清張、今ならば天祢涼の世界!」
と菜乃の言に野笛が相槌を打つ。
「でもさ、すると二人が撮る話って、かなり殺伐としてこない?」と野笛が続けた。
実際に脚本も画コンテも野笛は読んでいるから当然の感想だが「これから約三か月かけて創る上で、気が滅入る話はモチベーション落ちると思うんだよ」と付け加えた。
「確かに野笛先輩が言っていることは最もですが、私は芽里亜ちゃんの脚本から読み取って、あのラストのやり取りは希望をもたせようとああいうコンテを切ったのですよ」
「うん!後半は屋上だったり、ここの観覧車だったり、二人が空に近くなる場所にいるのはそういうことなんだよ。菜乃の画コンテはかなり判ってくれていたと判った!」
菜乃と芽里亜の関係に少し野笛は嫉妬したが、それより云わなければいけないことに閃いた。
「じゃあ、二人の主役のキャスティングにかなり重点が置かれるね」
―最悪の場合、絵に書いた餅になるな。
そう云った後に、思ったことは野笛は口にしなかった。
「漫画だとアレゴリーって難しいんですよ、相性良くない。そもそもが空想を実体化させる作業だから。だけど映像は実体を虚構化するから、一作めはこれで行きたいのです」
菜乃の云うアレゴリーとは「アリとキリギリス」や「ウサギと亀」のようなもので、亀やアリはある種の勤勉家を、キリギリスは享楽的な怠け者を、ウサギは能力を誇示する慢心家を表していて、そのものずばりの動物を描いているワケではない、ということ。
「ああ、菜乃が言いたいのは、とにかく感情を移入させ易い男の子をキャスティングしたいってことね」
芽里亜の言葉に菜乃がうなづく。
「私さ、今ものすごく楽しんでいるんだ!なんとなく何かしたいな、だって、何かするってことが凄く楽しいってこと、とっくに知っているしさ。でも何をしたいか判らなかった。でも芽里亜の台本読んで、初めて、素晴らしい同人誌を読んだ時以上の感動を味わった。するとね、いろんなひとが私の周囲に集まってくる。なんか、もう、そのひとたちは全部必要なひとだった。今もまさにその状態なんだ!」
後半で語られることになるが、菜乃の同人仲間が全て善人なワケでは、いや、善悪関係なく良い関係が作れたワケではなかった。
だが、何かが動き出す時の感触は未だに菜乃の心に突き刺さっているのは確かだから、よけいな話は省いたのだ。
「そんじゃあ、今回のこの『ふたりの失楽園』は私たちのレコンキスタでメンバー全員賄うことにしない?ネットで役者を集めるんじゃなくてさ」
「この流れ、広げることより絞ることの方が途切れないと思うからノブさんに賛成です」
菜乃はようやく既存の部員が呼んでいた野笛先輩の愛称を云えた。
「あてはあるんですか?」
「実はあの後、二次会行ったんだよ」
「エッ!院生の先輩の男の人と焼肉屋のあとにもめたから行かれなくなったって言ってたでしょう」
菜乃はモスバーガー食べながら話したことを目ざとく覚えていた。
「いやぁ、翔ちゃんを止められるの、私だけだから。理論の翔ちゃん、技術のノブさんってね」
ということで、話はあの金曜夜の焼肉食べ放題解散直後に巻き戻す。