第八章 日本橋の千疋屋オーダー制フルーツバイキング 6
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以上が「トゥ・オブ・アス」の脚本となる。
お読みになる場合は、作中の観客と同じく「デリリウム」と連続して読まれることを推奨する。
(URLで記された作中作の脚本はどれも最終版の決定稿である。だからリュウとハチが合流した港で赤子連れの婦人と出会っている。但し、吹雪中の小屋であきらが襲われるシーン等は実際の映像と違う、セリフが変わっている等、現場の演出で変更された箇所も散見されることはご承知おきください)
―ああ、これはグラン・マが好きそうな映画だ。
世界をまたにかけ活躍していた多忙な父母より、父方の祖母がエリスにはいちばんの影響力であった。
龍王院家に嫁いだにしては、今でいう町中華のうちの一人娘という階級の家で生まれ育った祖母であった。
神田にあったその店の常連がエリスの祖父であった。
「おじいさん、私に男性とのお付き合い経験がないと思っていたのよ。そりゃ、なかったけど。男性とはね」
ちなみにエリスとそのおばあちゃんが最後に劇場で観た映画は山田洋二の「小さいおうち」だ。
「80年代頃からシリーズものが増えて、今ではユニバースというの?続編とかスピンオフを見てないと判らない、あまつさえTVシリーズまで見させる、いいのかねぇ、そんなんで」
漫画原作だからと嫌っていたワケではない。
サム・ライミ版の「スパイダーマン」の2作めを二人で観ていた時に、怪人オクトパスの攻撃で通勤列車内に叩き込まれた時、マスクが取れて・気を失ったスパイダーマンを乗客たちが運んで助けるシーンに祖母が涙している姿を、エリスは忘れられない。
「映画ってのはさ、90から120分で観られて、その世界にひたり・登場人物に感情移入し・どんでん返しや謎解きでドキドキさせてくれる、映画館出たら、レストラン入って、感想を云い合って、ああ!良い休日だった!と思わせてくれるもの」
エリスが、家にあった、八ミリカメラを初めて回したのは4歳の頃、編集したのは6歳の頃、フィルムという手間がないビデオ撮影し、20分の劇映画を制作したのは7歳の頃だ。
―自分の孫娘だからというハシゴをかけない意見。確かにおばあちゃんは私の映画の師であった。
中学からの映画の学校がパリにあると聴いて、既に家庭の教育でマルチリンガルだったエリスは留学した。
充実したレクチャーとワークショップを受けて幸せだった。
祖母の死に目に会えなかった以外は。
エリスほどの女傑、祖母の思い出でライバルにまさにハシゴをかけることはしない。
だが、立ち上がり、一人になりたくて、カフェテラスでお茶していると、誰もがナノメリアの話をしている。
―観客は満足そうに劇場を後にしたのに「ボルトアクションライフルガール」の話をしている人間が誰もいない!こっちの方が観客動員数は多いのに!?
観客の素の反応を見たいがために、エリスは「ボルトアクションライフルガール」の2回分を観た。
自分が決まった!と覚えた演出やアクションが観客にダイレクトに皮膚感覚でうけていると知れるのは甘美だった。
そして2回めのナノメリアの連作を見に来た。
―あれは伊野監督と彩先輩!あの二人、仲悪かったハズじゃあ!?そして私が、近くにいるのに、ずっと気づかず、ナノメリアの話ばかりしているのがこの席からでも判る!
ナノメリアの三部作は語りたくなる映画だった。
このカフェテラスで、模擬店の前のイベント用集会テント内で、立ち話でみんな「デリリウム」や「トゥ・オブ・アス」の話で持ち切りだ。
決してエリスを擁護するワケではないが、この現象には亜美衣も加担していた。
かなり説明不足な映画なのでパンフレットはかなり売れた、理解のために。
しかし、今回の目玉は「トラフィクス」、つまり交通網と題された、「二人の失楽園」「デリリウム」「トゥ・オブ・アス」の番外編や外伝を描いたコミックアンソロジーであった。
青山ユキエはリュウとハチの幼年時代を描き、二人の見えづらい過去と絆の元を描いた。
しかもそれをユキエのデザイン調のクールな絵柄で描き、ファンからは「青山ユキエがあのタッチのまま、初BL、しかも幼なじみもの!」と既に絶賛されている。
黒図ミヤコはコガ博士、王ネロ、狂騒曲ら、帝国の結成当初を絵物語ふうに描き、いちばん判り辛い世界観に光を当てて、解説としてはかなり想像力をかきたてられ、これを基に人々は学内の多くの場所で考察や分析をしているのだ。
そして、古参の漫画マニアにも熱狂的なファンがいるふみちゃんはこのアンソロジーで久々に書き下ろしたのはヘドロとうさぎの馴れ初めから、ヘドロの死を描く家族三人の物語。
「デリリウム」の世界が「二人の失楽園」の世界と通じるものだと暗示し、赤子が成人してからのエピローグの素晴らしさから、後に商業誌に転載される。
しかもこの時点でネットでは「あの大宮山ふみの新作が今、映画大学の上映会で買えるゾ!」と大バズりし、来年そうそうにはそのレア度からプレ値がつく。
しかし安具楽ユラが描いたのはメタとルダの濃厚な百合で、しかも実際演技した菜乃と芽理亜は私生活でもそういう関係なのさ!と匂わせる唯一のうちわうけものだが、「いやいや、友人の同人誌に参加する時にはこのノリっしょ!」と開き直る。
編集と表紙画は亜美衣が担当した。
―そう!「デリリウム」と「トゥ・オブ・アス」に我々が参加したのは現場の空気をビビットに嗅ぐため!元ネタのライヴ感覚を知った二次創作ほど怖いものはこの世に二つとない!
「亜美衣さん、画コンテ集が残り300、パンフは残り100、『トラフィクス』は残り30です」と宗次郎くん。
「槇野さん、お願いしていい?」と亜美衣。
「はい、未だ倉庫にそれぞれ5000あるんですよね!」とこの会話は明後日の初回の後のこと、明日ではない。
―フフフ、実は一万づつ刷っておいたのだ。最初に投資もしたので、菜乃には商標権で一割渡しておけばよかろう。
亜美衣さん、女なのにねずみ男ポジション。
―そうか!メディアミックス展開か!なんで学園祭だからって40分とか勝手に思い込んだか!でも旧作「パーティーズ」と「ボルトアクションライフルガール」を併映してからといってあの相乗効果は得られない!
いや、違う、とエリスは思った。
―コミカライズや上映時間ではない!そんなことでおばあちゃんは思い出したのではない!そうか!私が観たのは確かに〈映画〉だったのだ!
昔、怪獣映画やまんが映画は昭和時代に上映されても、子どもが〈上映中〉に劇場内を駆けずり回ったものだ。
それを見とがめることは親も他の客も劇場関係者もしなかった。
―子どもは観る集中力がないから。
それが共通見解だった。
おそらく芝山努の劇場版ドラえもんも初期の頃はそうだった、これは実際藤子Fも証言している。
それを変えたのは宮崎駿で、彼はギミックや同時上映過多ではなく、演出で子どもを引き付けるようにして、それに成功した。
―そうか!ナノメリアは観客に90分見せる手法を随所に散りばめ、短篇やTVドラマではない〈映画〉を観させるという体験こそを目的にしていたのか!
「悔しい」とエリスはカフェテラスの一人席で、そう口にした。
「なんで40分の映画に女の子同士のキスシーンが4回もあるんだよ!おかしいんじゃあないのあの子!」と菜乃!
「いやぁ、完敗だなぁ、大画面で観ることをちゃんと意識していた。私らにその配慮は無かったよ」と芽理亜。
「相川、おまえ、プロの役者になるしかないよ。若い頃の渡部篤郎と足を引きずっている岸田森と悪人やる時の風間俊介をいっぺんに思い出したゾ!」と虎丸。
「僕はフツーにサラリーマンになって、好きな女の子と結婚して、子どもを大事に育てていきたいだけなのです」とあきら。
四人は「ボルトアクションライフルガール」を見終わりレコンキスタの模擬店の前で感想を云い合う。
そこに伊野と翔が参加して、おたく特有の早口感想をナノメリアの4人にまくしたてる。
野笛が笑う。
野笛だけではない、伊野と翔に気圧され、ぽかーんとした4人を皆が、岸間先輩が、簗木部長が、スクラムの綾川京が、高木彩佳が、星ヒカルが、千田先輩が、住田くんが、笑った。
ちゃんと、作中で名が出ていない先輩たちが上映会を運営していますよ。
そう、午後の初日3回目の上映が始まる。
その上映を目指して、校門を通る3人の若い女性。
「へー、すごいじゃん、立派なパンフに漫画の二次展開、ここまで盛況なのかよ」と眼鏡をかけたショートカットの女の子。
「素人はこういうプロのマネしたがりますわ。問題は作品の内容のみ!」と草履に袴姿の女の子。
「まずは、お手並み拝見といきましょうか、私たちの来訪の目的はそれだし」とゴスロリ姿でヘテロクロミアの瞳を持つ女の子。




